27 ラヤの部屋
「じゃあまた明日ね、おやすみ二人とも」
「おやすみヴィータ! 明日もよろしくね」
「おやすみなさい、ヴィータさん」
ヴィータは左手を軽くあげて、大通りをそれていった。
その後ろ姿を見送って──。
「じゃあ、帰ろっか!」
ラヤの声に頷いて、彼女の後ろを着いて歩く。
今日、観光だから、ゆっくり歩いてくれているのだと思っていたけれど、もしかすると、歩幅の関係でこれがラヤの普段の歩く速さなのかもしれないなどと、そんな事をぼんやり考えていた。
外はすっかり夜の気配に包まれていて、塔は赤く点滅を繰り返して、その存在を主張していた。
二人はやがて大通りを曲がり、ハレカゼのお店に着いた。
ラヤが扉の前でごそごそとなにかしてから、扉を開いて二人で店に入った。
ラヤがぱちぱちと壁のボタンを押すと、一階の照明が灯り、部屋に暖かな光が広がる。
「ねぇ、コーヒー、飲んでみる?」
「コーヒー?」
「まだハルトには早いかなー? 苦ぁい、大人の飲み物なんだよ?」
「…‥飲めるよ」
ラヤが、ハルトを揶揄う時に見せるあの顔をしている。
だからこそ、ハルトは少しむきになった。
ラヤは手慣れた様子で、おそらくアーティファクトであろう、見るからに古い道具を取り出すと、ハンドルを回して黒い豆を粉砕して、それを紙のようなものに移し替え、そこへ沸かした湯を注ぐ。
ポタポタと、下の透明の容器に黒い液体が溜まっていく。
胡桃を煎ったみたいな芳ばしい香りがふわりと広がる。
「子供が飲むと寝れなくなっちゃうかもよー?」
「子供じゃ……ない」
そう言いながら、ハルトは手渡された湯気立つコップを受け取った。
今まで嗅いだことのない香りだった。
でも、ラーメンだって、焼きそばだって、初めて食べた時は美味しかった。
きっとこれも──そう思って一口飲んでみる。
舌先がびりっと痺れるような熱さが広がる。そして何より──。
「に、苦……」
「あはは、それがね、コーヒーの醍醐味なんだよ」
「砂糖入れよっか、甘くて美味しくなるんだ、ちょっとそれとって」
そう言ってラヤが厨房の棚を指差す。
指差す先にある、透明の容器を手に取りラヤに渡すと、中に入っている白い粉を、中の匙をつかって二人のカップに同じように3杯づつ入れた。
香りと甘さが絶妙にマッチして途端に美味しい飲み物になる。
二人で微笑む。
おそらく砂糖というのを入れた状態が本来の飲み物で、さっきのは揶揄われたんだとハルトは思った。
コーヒーを二人で飲み終え、二人で歯磨きを終えて、ラヤが階段の照明をつけて、ハルトがラヤに言われた通りに、一階の照明を消した。
「あ! そうそう、鍵、かけてね!」
「カギ? カギって何?」
「そこからか……えっとね」
そう言って階段のある奥の廊下からハルトのいる広間の方へ戻ってきて、扉につけられている器具を回す。
「これで、内側からはノブを回すと解除されて開くんだけど、外からだと開けられなくなるんだ」
「朝、出かける時は私はまだ眠ってるだろうから、鍵かけてって欲しいんだ。今鍵を渡すから、着いてきて」
そう言うラヤの後ろについていくが、鍵は今、回した扉の器具の事じゃないのかと、少し混乱する。
ラヤは廊下を抜けて二階へと上がる。
三階とは違って、扉は二つだけだった。
その、奥側の扉を開く。
「ここが、あたしの部屋だよ。入って」
ラヤが扉を開き、手前の壁を手探りでぱちりと音を鳴らすと、照明が点く。
ハルトは息を呑んだ。
壁には、何に使うのかはさっぱりわからないが、人工的に作られた複雑な、金属や木材の美しい品々、アーティファクトがずらりと額縁に入れられて飾られていた。
天井の照明も、一階や三階のただの丸いものではなく、色のついたガラスが複雑な金属の枠に嵌められた工芸品のようなもので、部屋の中を色鮮やかに照らしていた。
「“ヴィンテージ”って呼ばれてたんだって。前文明の時代にね。とっても古くて、でもすごく、大事なもの」
ハルトがまるで博物館のような広い部屋に見惚れていると、ラヤはそれぞれの品たちを愛おしそうに眺めながらつぶやいた。
それからラヤは机の方へ歩き、机の引き出しから、金属でできた何かを取り出して、ハルトに手渡した。
「これが、鍵だよ。これを外から扉にある鍵穴に差し込んで、左に回してから引き抜くんだ。がちゃんって音がして、扉を開けようとしても開かなくなったら、鍵かかったってことね」
「わかった」
「鍵が閉まってて外から開けられない時は、鍵穴にこれを差し込んで右に回すと開くようになる、大丈夫そ?」
「大丈夫。わかったよ」
ハルトはしっかりと仕組みは理解できた。
鍵と鍵穴、この二つで“鍵”なんだと言うことも。
理解はできたけれど、なんでそんな事をしなければいけないのかが、わからなかった。
わからないけれど、そう言われたからには、ちゃんと守ろう。そう、心に決めた。




