26 ラーメン
三人で大通りを歩いて帰り道。
夕陽に雲が赤く染まって、今朝見た光景に勝るとも劣らない、美しい夕暮れだった。
目の前みえる巨大な風の塔も、夕陽を受けて赤銅色に染まっていた。
高くそびえるその姿は、暮れゆく空に静かに溶け込んでいくようだった。
「最後はここで食事して帰ろうね!」
「とっても美味しいんだ、ハルト。ここは羊から出汁を取ってる、ラーメンって麺料理屋なんだ」
「麺料理……!」
ラヤが紙袋を持つハルトの手を引き、ヴィータが背中を押して、大通りに面した建物の一階の引戸へ向かう。
焼きそばに続いて、今度はラーメンという食べ物らしい。
「大将! 約束通り来てあげたよ!」
「ラヤちゃんいらっしゃい! 奥のテーブル席空けておいたから」
店内の長いテーブルの前の椅子は全て人が座っていて、奥のテーブルだけが空いていた。
狭い店内、紙袋をぶつけないように横ばいになりながらテーブル席に座る。
ラヤの対面に座り、紙袋を隣の席に置いて、ラヤとヴィータの真似をして、コートを椅子の背もたれに掛けた。
今日はずっと歩いていたから、座ると少しホッとした。
店内にはハルトには嗅ぎ慣れない獣の匂いが充満していて、熱気があった。
ラヤがテーブルに置かれていたコップに大きな透明の容器から水を注いで、ハルトとヴィータに配った。
透明な容器の中には、氷の塊が入っているようで、水を入れる時にがらがらと音がした。
コップに注がれた水のなかで、氷のかけらがからんと音を立てて揺れていた。
ひと口含めば、喉の奥がきゅうっと引き締まるような冷たさが、心地よく喉を潤してくれた。
「なんで、真冬じゃ無いのに氷があるの?」
「製氷機って言う氷を作る機械があるんだよ。アップドラフトタワーの発電した電力で、水を凍らせてるんだ」
「まぁ、割り当てられる電力が多い人気のある繁盛店じゃないと、製氷機なんて置いてないけどね」
「じゃあ、飲み物に氷が入ってるお店っていうのは……」
「そ、一流店ってことだよ!」
そう言ってラヤは大人の笑顔を見せた。
しばらく冷たい水や氷のかけらを楽しんでいると、湯気の経つ濁った白いスープに具材の入った器が三つ置かれた。
「あいよ、ラムラーメンお待たせ!」
「ありがと大将! 今日は一段と良い出汁出てそうだね!」
「ラヤちゃんが来るから気合い入れちまったよ、なんてな、がはははは!」
その香りは独特で、白濁したスープに、脂でてらてらとした火の通った肉の薄切りが三切れと、半分に割られた卵が浮いていた。
卵の色は茶色っぽかった。
ラヤに箸を渡されて、まずは卵を口に運ぶ。
味が付いていて、黄身はまろやかで、白身はぷりぷりしていて、これだけで売っていても買ってしまうだろうと思えるほど、美味だった。
「あはは、ラーメンはまず初めにスープを楽しむのが基本だよ」
そう言って、ラヤは器に付いてきた変わった形のスプーンでスープを掬って口に運んだ。
幸せそうに、んー! と目を細める。
あまりにも幸せそうなので、釣られてヴィータも、ハルトも微笑んでしまう。
ハルトもワクワクしながらスプーンでスープを掬って一口──。濃厚な香りと、旨味。
ハルトはこの街にきて、色々美味しいものを食べてきたけれど、きっとこれが一番美味しいものだろうと思った。
──まだ肝心の麺を口にしていないのに。
「どう? 美味しいでしょ?」
「うん……すっごく美味しい」
ラヤはにっこりして、またスープを掬って口に運んだ。
スープに麺が浸かっていて、見えないので、まずは箸で麺を探してみた。
直ぐに、焼きそばの麺よりも細い麺をつまむことができた。
口に運ぶ前に、目の前の二人を盗み見る。
ヴィータは先ほどのスプーンを器用に左手で使って、麺を口に運んでいた。
ラヤは一度麺を器から引っ張り出して、スプーンの上に乗せてから口に運んでいた。
──特に食べ方にコツがいる様子もないので、ハルトもそのまま麺を口にした。
濃厚なスープが、麺に絡みついてきた。
細いのにコシがあって、かみごたえのしっかりある麺だった。
それが、濃厚な香りと絶妙にマッチしていた。
今度は、肉のスライスを、スープに浸してから、口に運ぶ。
どうしたら、こんな食感になるのか、肉はものすごく柔らかくって、ほろっとくちの中に溶けていった。
ハルトは夢中で初めて食べるラーメンを啜った。
程よい満腹感と美味しいものを食べた満足感で、心の底からあたたかくて、幸せな気持ちになった。
食べ終わってから、ふと気がつく。
自分の前だけ、テーブルにスープが沢山跳ねていた。
ラヤが笑って、ヴィータも苦笑して、テーブルに備え付けられていた紙を渡してくれた。
ハルトは顔が熱くなるのを感じながら、そっと拭いた。




