24 ライター
街の一角で、ハルトはライターがずらりと並べられた棚を展示している店を見つけた。
急に立ち止まったハルトに、ラヤとヴィータが振り向いて不思議そうにする。
棚の後ろに座っていた店員が、こちらに気づいて立ち上がった。
「ハレカゼ商会の娘っ子たちと……あ! 黒髪の坊やはこの前のオークションの旅人さんだね!」
「ハークラーさん、お久しぶりだね。商売は上手くいってる?」
「ぼちぼちだねぇ。坊やは、ライターに興味があるのかい?」
「……うん、火を、見せてもらうことってできますか?」
「お安い御用だよ」
そう言って、痩せた老人はニヤリと笑ってライターを一つ手に取ると、蓋を開けて火打石を弾く。
ぼっと音がして、懐かしい──まっすぐな青白い炎が静かに灯った。
ハルトは思わずポケットから、あの古びたジッポを取り出した。
「これでも、その青い火、出せないかな」
老人はそれを受け取り、ジッポの蓋を開けて──おそらく老眼なのだろう、少し顎を引いて距離をとりながら目を細め、驚いた表情をした。
「ほほぅ、グリーンナフサ専用の古いやつだねぇ。残念だけどノクティルカセルじゃ、火はつかないよ」
そう言って老人が棚にあった透明の瓶を振る。中の液体は水よりとろみがあり、キラキラと光を反射して輝いた。
「いやぁそれにしてもさすが“北の峠越え”の品だね、いいもの見せてもらったよ」
まじまじとジッポを観察した後、ハルトに丁寧に返した。
「触媒っていうのがね。蓋を開けたとき、芯に接触するの。そのとき、吸い上げられたナノカプセルが化学的に崩壊して──閉じ込められてた燃料が揮発して、火がつくの」
横からヴィータがノクティルカセルライターの仕組みを説明してくれる。
しかし、ハルトにはまだよくわからなかった。
「おぉ! さすが詳しいね!」
と老人が感心して言うと、ヴィータは得意げに片目を閉じてみせた。
たしかラヤも前にそんなことをしていた気がする。
ハルトの育った村には、片目を閉じる習慣なんてなかった。
けれどなんとなく、場の流れで、自分も真似して片目を閉じようとした。
両目が閉じてしまった。
「グリーンナフサは夏なんか一週間も持たずに揮発しちゃうし、煤もこまめに落とさないと。でもこのライターなら、火をつけない限り燃料は減らないし、炎も安定してるしノーメンテで使い続けられる」
「おまけにノクティルカセルは、発掘で遺跡からごろごろ出てくる。旅人なら実用品としてどう?」
老人の推しは強かった。
老人は別のライターを手に取って、蓋を開けて再び火を灯した。
ハルトは青い火にしばらく目を奪われたが──やがてゆっくりジッポをポケットに戻した。
「……これが、いいんだ」
小さくそうつぶやいて、笑った。




