22 新しい服
ルウォンや、目の前のクロム商会の婦人が着ているような、襟にひらひらのついた服を渡されたハルトは、それを着なければならないらしかった。
女の子が服を手渡してくると、婦人がすかさず小部屋に案内してきた。言われるがままに入ると、カーテンがすっと閉められた。
カーテンの生地もやっぱり、厚手で上質なものだった。
正直、ルウォンや婦人には悪いが、このひらひらが襟についた服はハルトにはおかしく感じられた。
そして、自分がこれを着るのは、どうにも恥ずかしかった。
カーテンを少し開けて聞いてみる。
「これ着ないとだめなの?」
「減るもんじゃないし、一旦着てみてよ!」
ラヤに笑顔でそう言われて、顔を引っ込めて、服を広げる。
やっぱり、これを着るのは、とても勇気が必要だった。
渋々袖を通すも、案外、着心地は悪くなく、むしろ心地よかった。
襟のひらひらも、自分の視点からだとそんなに目立たない。
「……着てみたよ」
そう言った直後、ガバッとラヤによりカーテンが開けられる。
やっぱり少し恥ずかしくて、ハルトは背中を丸めて視線を逸らす。
「うんうん、似合ってるじゃん」
「うーん、ハルトは顔立ちがすっきりしてるから、あまりフリルみたいな装飾華美なのよりはシンプルなほうが似合うんじゃない?」
「あたしかに。次だハルト!」
ラヤとヴィータは楽しそうにあれここれ言って、ラヤが手に持っていた服を手渡して来る。
カーテンを引いて、手渡された黒い服に着替える。
この黒い服は、生地が柔らかくてよく伸びて、これまた着心地が良かった。
ただ、意味がありそうで意味のない金属の金具の付いた装飾が施された服で、動くと無駄にじゃらついて困惑した。
「こう言うのヴィータ好きでしょ?」
「悪くないね、パンクな感じでなかなかグッドよハルト」
「じゃあ次はこれね」
今度はシンプルな普通の長袖の白い服だったが、やっぱり着心地が良いし、どうやって縫われているのか、縫い目がよく伸びて体の動きに追従する。実に着心地が良かった。
「僕、これ気に入った……」
「うーん、ちょっと地味じゃない?」
「まぁいいんじゃない? 最初の一着は無難なのがいいでしょ」
ラヤが地味だと言うが、他が派手過ぎるだけじゃないかと、ハルトは悩んだ。
そうしてあれこれ上に着る服の着せ替えが終わったら、今度は街のみんなが着ている、獣の毛皮のフードがついた上着を手渡された。
「ファーを使ったアウターは今年の流行りなのよ。みんな着てるでしょう? ちなみに流行の発信元はいつもウチなのよ」
と婦人が自信満々にハルトに手渡した。
手渡す時、小指がピンと上がっていて、ちょっと面白かった。
羽織ってみると、これまたやっぱり、動きやすかった。
内側には短くかられた毛が貼り付けてあって、身体にピッタリ張り付くのに、左右に体を振っても突っ張ったりしない。
フードをかぶってみると、もこもこした毛皮が暖かかった。
これは、絶対に快適だと思えた。
「これ……これ欲しい!」
「かしこまりましたっ!」
「うんうん、ファーは鉄板だよね」
「じゃあこれ次! こっちはどう? それとも可愛い系がいいかな?」
「このステッチ、見て、この再現には染料と織機のチューニングが必要で──」
「ヴィータちゃんなんでそんな事まで知ってるの? ステッチの再現ね、染料のにじみと糸の太さを合わせるのに、織機の針数とテンション、全部調整し直したのよ」
コートを決めた後も、まだ違うコートを着させられるハルト。
もう決めたのに、なぜ他のを着るのか。
ハルトにはわからなかったが言われた通りにした。
そうして次はズボン選びに移り、ズボンは生地が丈夫そうで、縫製の美しいものが気に入った。
デニムと言うらしく、これを再現するのにも紆余曲折あったと婦人が語り出して、ヴィータと一緒に盛り上がる。
ラヤとヴィータにあれやこれやとこれを着ろ、あれを着ろと言われるままに着替えを繰り返して、若干疲れた頃にようやく解放され、着替え用の小部屋から出ることを許された。
こんなに着替えをしたのは生まれて初めてだった。
下着類は試着はしないで、ラヤ達が選んでくれていた。
「合計で……86000ミルになります。いつも通り、取引先商会割引で77000ミルね! ──おまけで端数引いたのはうちの旦那にはナイショよ?」
木の枠にたくさんの玉が付いた道具をパチパチと素早く弾き、婦人が甲高い声で嬉しそうにそう言った。
ラヤとヴィータがクスクスと笑う。
「いつもありがとうね」
「こちらこそ、ハレカゼの皆さんは大切なお得意様ですからね」
ハルトは足りるかな? とポケットから紙幣を取り出して数を数える。
「ハルト、今回はあたしたちからのプレゼントだよ」
「お金のことは気にしないでいいよ、ハルトには稼がせてもらったら、そのお返しだからね」
そう言って二人が前に出て、革のケースを上着のポケットから取り出す。
「でも……」
「子供は大人の好意を素直に受け取る!」
割引されても、77000ミルと言う金額は、おそらく相当な金額だろうと、ハルトにもそれくらいはわかった。
『人から物をもらうときは、理由を考えなさい』と母に教えられていた。
『価値があるものには、何か対価がつきまとう』という父の言葉も思い出す。
寝泊まりする場所も与えられて、その上服までと言うのは、ハルトには気が引けた。
しかし、結局ラヤに押し切られる。
ハルトは小さくうなずくしかできなかった。
デニムを二着、襟のあるシャツを三着、もこもこした毛皮の飾りのついたフードのあるコートを一着、それと、下着を数着、ハルトは買ってもらった。
「またのお越しをお待ちしておりますぅ!」
元々着ていた服と外套と、買った服を入れた紙袋を手に下げてハルトたちはクロム商会の店を出た。
ウィンドリム産の服は、着心地が素晴らしかった。
慣れない服装に恥じらいつつも、街行く人々と同じような服を着ている事が嬉しくて襟を引っ張って整えるハルトに、
「ウィンドリムに染まってきたじゃないか」
そうラヤが揶揄うと、ハルトは気恥ずかしそうに笑った。
ちょうどその時、風に乗ってふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
ここに来た時には聞こえなかった、どこかで肉を焼いている、じゅうじゅうと油のはねる音が、通りの向こうから微かに聞こえてくる気がした。
「……なんか、いい匂いしない?」
ハルトがそう言うと、ラヤとヴィータが顔を見合わせて、にんまりと笑った。
「ハルトお腹、空いたんだね。そういえば朝ごはん食べてないもんね?」
「じゃあ、せっかくだし──ウィンドリム名物でも食べてみよっか?」
ハルトは何かを期待するように、目を丸くした。




