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17 灰の使徒

 ハルトが寝静まったあと、ハレカゼ商会の面々は北区にある、いつもの居酒屋へと足を運んでいた。

 顔馴染みの店員に、空いてるテーブル席へと通される。

 店内は夜の喧騒に包まれ、酒と、焼き台で炙られる魚の香ばしい匂いが混ざり合っていた。


「とりあえずいつもの!」

「ビアを四人分ですね!」


 店員は元気よくラヤに返事を返して、厨房へ向かう。

 両手にジョッキを抱えて戻ってくると、泡立つ冷えたビアを丁寧にテーブルに滑らせ、店員はまたすぐ厨房へと戻っていった。


「ハルトが一緒だったら、あの子の話で盛り上がるつもりだったんだけどね」


 ラヤがそう言いながらジョッキを軽く掲げ、みんなも掲げてから口をつける。


「仕方ないよ、旅人で、ましてや子供だしね。昨日も遅くまで連れ回したし、今頃きっと夢の中」


 一口ビアを飲んでから、ヴィータが苦笑した。


「たった一人で、数十人規模の発掘隊も返り討ちにする、“北の峠越え”を果たしたとは言え、まだまだ子供だからなぁ」


 ジノーがそう言って一息ついた。

 その横で、ジョッキを傾けていたルウォンが、ふと穏やかな声で続ける。


「でも、掃除ひとつ取っても丁寧だったよ。ハルトくんは思ったより几帳面だね」

「うん、真面目だよね。……ちょっと真面目すぎる。ああいう子は、ちゃんと見ててあげなきゃだね」


 ルウォンとラヤはハルトの印象を語り、みんながそれぞれ大人としてハルトを見守っていこうと頷きあった。


「……ところで、さっき入った話なんだけど」


 ジノーは表情を引き締め、珍しく真剣な顔をする。


「今度はブレイシュ村が襲われたらしい。やったのは“灰の使徒”って奴らで間違いないみたいだ」


 その名に、一瞬場の空気が重くなり、誰もがジョッキを持つ手を止めた。

 空気が一気に冷え込んだような沈黙が、テーブルを包む。


「またウィンドリム経済圏の西側か……ヒガナ村以来、音沙汰なかったのに」


 と、ルウォンが低くつぶやいた。


「生き残った人の話じゃ、今回は数十人規模で襲ってきたらしい……」

「神の意志に従えとか言って、武器を振り回して村に火を放ったって話だ。奴らは科学を否定してる。こっちにもそのうち来るぞ」


 とジノーが深刻な顔で言う。


「かつての“大崩壊”を“人間の傲慢な科学の報い”と断じて、火と祈りで文明を焼き尽くす……だっけ? まったく、ようやるわ」


 ヴィータが露骨に顔をしかめて眉をひそめ、グラスを睨みつけるようにしながら早口で続けた。


「くだらない。大崩壊はクラウド量子ノードの崩壊による連鎖的な経済破綻が原因なのは明らかでしょうに。あれは超新星のガンマ線バーストが引き金だったんだよ? 科学じゃなくて、ただの天災。祈ってりゃ助かったとでも思ってるのかって話だね」


 言い切って、ジョッキを傾けて勢いよくビアをあおった。


「でも、現実としてうちらのシマが一つ燃えたのは問題だよ」


 ラヤがジョッキを置き、肘をつきながら言う。


「上層部が進めてる、港経由の西側への復興支援が仇になった形だね。どうしたって外から目をつけられる」

「灰の使徒……何が“神の意志”だ。まず人の命を尊重してから言えってんだ」


 ジノーが苦々しく吐き捨て、黙ってジョッキを傾ける。

 会話はしばし途切れた。

 その重い空気を、店員の元気な声がかき消していく。


「お待たせ! いつものチキンスープね」


 四人の前に、湯気を立てたスープが静かにテーブルに置かれた。

 鶏出汁の食欲をそそる香りが立ち上り鼻腔をくすぐった。

 しっとり柔らかく煮込まれた肉と、とろみのあるスープが、器の中で湯気とともに揺れていた。


「──なにはともあれ、この街には自警団も居るし、数十人規模の集団じゃそんなに速くも移動はできないでしょう」


 沈黙を嫌うように、ラヤがそう言って、みんなでスプーンを手に取った。

 口に運べば、鶏の旨みが濃厚に広がっていく。

 緊張の続いた空気の中でも、その優しい味わいは、いつもと変わらない美味しさだった。

 どんな夜でも、変わらない味は人の心をほっとさせる。

 お酒は蒸留酒に切り替えて、みんなで酔いを愉しむことにした。

 色の濃い琥珀色の液体が、小ぶりのグラスに注がれていた。

 杯を交わすたび、苦味が熱さに変わり、少しずつ笑みが戻ってくる。

 一抹の不安を、火照った喉の奥に押し流すようにみんなで酒を煽った──。

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