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13 勧誘

 ハルトは、一人で来た道を戻っていく。

 行きとは違い、今は向かい風だった。

 塔から少し離れると、轟音は鳴りを潜め、風の音が心地よかった。

 セレスとの会話を思い返しながらゆっくりと歩いていたのに、気づけばもう柵のところまで来ていた。

 柵を乗り越えて、街に着く頃には朝陽はすでに高く、屋根の上を柔らかな光が照らしていた。

 人々が行き交い、街はもうすっかり目を覚ましている様子だった。


 行き交う人々に、チラチラと見られている気がして、まるで余所者だと突きつけられているみたいで、ハルトはじわりと居心地の悪さを感じた。

 街ゆく人々は丈が長く、毛皮で作られた飾りのついた綺麗な厚手の服を着ていた。

 外套を羽織っているのはハルトだけで、それが少し恥ずかしかった。

 だから、街に入ってからはそれまでとは違い、少し早歩きで、ハレカゼ商会の店へ向かう。

 しかし、綺麗に区画が作られた街並みは、ハルトにはどこも似たように感じられて、どこを曲がったらハレカゼ商会の店のある通りに出るのかわからなかった。

 確かここだったと曲がった先には、見覚えのある建物はなく、仕方なく大通りに戻る。

 誰に尋ねようかと視線を巡らせても、皆どこか急いでいて、話しかける隙はなさそうだった。

 つまるところ、ハルトは道に迷っていた。


「異国の装いに黒髪の少年、君は昨夜の旅人だね。いやあ、昨日の携帯端末……あれはなかなか派手だったね」


 途方にでも暮れようかと、そう思った矢先に、後ろから男に声をかけられ、ハルトは振り向いた。

 シワのない綺麗なズボンに、茶色の上質なコートを着た、中年くらいの品のいい男性が、左手に手提げのケースを持ち、くるりと巻いて整えられた口ひげを右手の指先で捻りながら立っていた。


「──ああ、失礼。うちは“リグノ商会”って言ってね、発掘物の流通ではそれなりに名が通ってるよ」

「私はそのリグノ商会のマッカネンだ。昨日のオークションにも参加させてもらっていたよ」


 そう言ってにっこりと微笑みながら、左手の手提げを地面に下ろし、マッカネンが右手をすっと差し出した。

 ハルトはおしゃれな髭の似合うその笑顔を見上げ、静かに手を握り返して応える。

 マッカネンは左手でその手を包んで応えた。


「君は本当にあの北の峠を越えてきたのかい?」

「ああ、いやいや、あれだけの品々は未踏破の遺跡からの発掘じゃなければ説明がつかないから、疑うわけじゃないんだ」


 人の良さそうな笑みを絶やさず、マッカネンは続ける。


「その若さで北の峠を一人で越えられる。アーティファクトを見る目も持ち合わせている。君ほどの才能があれば、いい環境をうちの商会は提供できると思うんだ……」

「もしよければだけれど、リグノ商会に来ないかい?」


 そう言って、両手を軽く広げる。

 ハルトは少しの間考えて、答えた。


「えっと、あの、マッカネンさん、僕は……ハレカゼ商会で、大丈夫です」

「──君は“義理”を大事にする子なんだね」


 マッカネンは少し残念そうにしながらも笑って応えてくれた。

 マッカネンは地面に置いていたケースを左手で拾い上げる。


 その姿を眺めながらハルトは思い返す。

 ラヤたち、ハレカゼ商会のみんなに優しくしてもらった、昨日のことを。

 この街で、最初に手を取ってくれたのは、ラヤだった。

 ただ、それだけの理由なのかもしれない。

 でも、ハルトにとっては、それは大事にする理由として十分だった。


「……だけどそれはもったいないよ。才能は、育てる環境を間違えると腐る。何人も、そう言う人を見てきたからわかるんだ」

「悪く言うつもりはないんだけれど、あそこは“ラヤ・ハレカゼの人気”だけで持ってる、歴史の浅い商会だ」

「裏じゃ、“泡沫商会”なんて呼ばれてるのを知ってるかい? 膨らんで大きく見えても、中は空っぽ──だから弾けるのも早いって、皮肉だね」


 マッカネンは、続ける。


「ラヤ嬢は確かに目を引く。人を惹きつける。だが、それが通用するのは今のうちだよ」

「君のような若くて未来のある本物の“発掘者”には、それにふさわしい後ろ盾が必要なんだ」


 マッカネンは、まるで答えを知っているかのように、じっとハルトの瞳を覗き込んだ。


「……うちなら、君の取り分は五割。ただしオークションみたいな価格が流動的で安くなるような仕組みではなく、うちの商会が買い取り技術系商会に卸す形式だから、収入は確実に安定する。腕ひとつでどこまでも行ける」

「リグノ商会の発掘者支援制度はウィンドリム1だと評判も高い。市民権の獲得の支援制度もある。君ならもし、リグノ発掘隊に所属しても、すぐにでも活躍できるだろうし……」


 笑顔で喋り続けるマッカネンに、ハルトは軽く頭を下げて、足早にその場を通り過ぎた。

 ハルトは言い返せなかった。

 ラヤの商会を馬鹿にされて、悔しくなかったわけじゃない。

 でも──それ以上に、自分でも、言い返せるほど“知っていない”ということが、歯がゆかった。

 あの塔の仕組みも、紙幣の意味も、ウィンドリムのことさえも──自分は、まだ何も知らなかった。

 次の通りを曲がった先に、ようやく見覚えのある建物があるのが見えた。

 ほんの少し、胸が軽くなるのを感じた。

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