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11 新しい朝

 ラヤは会計を済ませ、起きそうにないハルトをルウォンがおんぶして階段を降りた。

 空の手提げケースとハルトの脱いだマントとブーツは、ジノーが代わりに持った。

 五人で賑わいのある南区の繁華街を抜けて、静かな北側のメインストリートへ、ハレカゼ商会の拠点、元々ラヤの実家だった店へと向かう。

 店に着くと、ルウォンが背負ったハルトをジノーが受けとって、ソファに寝かせる。

 ラヤが上の階から毛布とクッションを持ってきて、頭の下にクッションを入れてやり、毛布を掛けてあげる。

 ハルトは、結局、一度も目を覚ますことはなかった。


 酔いを覚ます為、ラヤが淹れたコーヒーをみんなで飲み、香りを愉しむ。

 コーヒーは、西側から伝わってくる特産品だ。

 ウィンドミルの南南東にある港町が、物々交換で手に入れてくるという。

 今日の昼過ぎ、ラヤは牧場で売っている、お気に入りのチーズケーキが急に食べたくなった。

 このコーヒーと、そこのチーズケーキがとてもよく合うのだ。

 それを買いに行く途中で、人集りに気づいたラヤは、何とはなしに近づいて──そこでハルトを見つけた。

 気がつけば、割って入って声をかけていた。


 予想外の大儲けに、今夜はみんなが機嫌が良かった。

 やがてみんなが解散して、ラヤとハルトだけが店に残った。

 時刻はもう深夜だったが、ラヤは今日のオークションの余韻に浸ったまま、仕事机のライトだけを灯して、今日の本来の業務を淡々とこなした。

 その次に、ジノーたちが買い付けに成功したアーティファクトの件をクライアントに報告するための書類作成に取り掛かった。




 ハルトは、いつもの習慣で陽の出前に目を覚ました。

 そこはハレカゼ商会の店の中で、彼がここに来たとき最初に腰掛けた、あのふかふかの椅子だった。

 ゆっくりと起き上がりながら、昨夜のことを思い返す。

 打ち上げ──という宴会の途中で、眠ってしまったのだと気づいたハルトは、恥ずかしさに駆られて、急いでブーツを履いた。


 立ち上がって部屋を見渡すと、ラヤが机に向かって突っ伏していて、そこだけ明るく光が灯っていた。

 背中が微かに上下していて、眠っているのがわかった。

 夜明け前の室内は、外よりは暖かいとはいえ、少し肌寒かった。

 ハルトは、自分にかかっていた毛布をそっと取り、ラヤの背中に掛けてあげた。

 寝息は静かで、まるで子どものようだった。

 寝顔を見ても、とても自分より年上だとは思えなかった。


 だからなのか、不意に、ふわふわした金色の髪を、そっと撫でてみたい衝動が胸をよぎった。

 しかしハルトにはそんな勇気はなかった。

 窓から外を眺める。この街の朝は遅いらしい。昨日とはうって変わって静寂に包まれていた。

 打ち上げの時にもらった紙幣の入った紙袋をポケットから取り出そうとした拍子に、金色のライターがことりと床に転がった。

 拾い上げて見てみるが、幸い、目立つ傷は見当たらなかった。

 ラヤの方に振り向くが、起きる様子はなかった。

 軽く自分を叱責してから、紙の包みをリュックにしまい、ライターはポケットに戻した。

 それから、壁のハンガーに掛けられていた外套を手に取り、肩に羽織る。

 そっとドアを開けて、静かに外に出る。


 秋も終わりを迎え、外はひんやりとした空気に満ちていて、冷たい風が頬を撫でた。

 それでも、嫌な寒さではなかった。

 ハルトは深呼吸してから、見慣れない薄暗い街並みを歩き始めた。

 セレスには──あの塔のところへ行けば、会えるのだろうか。

 昨日見た、少し寂しげな横顔が浮かぶ。

 彼女のことを考えると、胸の奥が少しだけざわつく。

 それがなんなのか、ハルトにはまだわからなかった。

 機械人形──そう呼ばれていた銀髪の少女、セレス。

 ハルトは、彼女のことが気になっていた。

 どうしても、もっと、知りたいと思ってしまう。

 まだ寝静まった街を抜けて、一人でアップドラフトタワーへと向かう。


 相変わらず、透明の天井の下はほんのりと暖かかった。

 風は変わらず、中心にある塔へ向かって吹いている。

 点滅を繰り返す赤い光は、朝霧に滲んでぼんやりと揺れていた。

 柵の向こうに広がる草原へ、そっと足を踏み入れる。そしてしばらく歩き続けて、いよいよ塔の真下までハルトは来た。

 真下から見上げると、その巨大さに改めて息を呑んだ。

 渦巻く暴風が、塔に開けられた大きなアーチ状の通路へと吸い込まれていく。

 その轟音が辺り一帯を震わせていた。

耳をつんざくような風圧に、立っているだけで体が煽られた。


 風が通路へと吸い込まれる様子を眺めていると、不意に、肩を叩かれた。

 振り向いた先にいたのは、風に靡く銀髪を片手で押さえながら、静かに立っている少女──セレスだった。

  風に吹かれたその髪は、朝陽を透かして虹のように輝き、まるで現実の隙間に、ふと差し込まれた夢のようだった。

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