6 新しい家族を迎えて
アルフレッドは、ベッドから起きるなり決意した。なかなか公言しづらい願望――引き取ったグレン兄妹を早々に追い出す――というものだ。
「マジでこれ以上、面倒を増やされたら堪んねぇっつうの」
真っ正面から仕掛けたりしない。本人の口から「出ていきます」と言わせるつもりだ。それが最も波風を立てず、そしてシルヴィアを説得させるのに理想的な展開だった。
もちろん大っぴらにはできず、水面下で進めるべきである。姑息と言われようが構わない。どうにかして身内に勘付かれることなく、グレンたちを穏便に追い出す。それが彼の目標となった。
「クックック。さぁてと、どんな難癖をつけてやろうか」
まずは朝食を求めて1階に降りた。
昨晩はグレンたちも遅くまで騒がしくしていたし、疲労も溜まってるはずだ。つまりは寝坊をする。まずはそこをチクチクつついてやろう――こんな時間まで寝てるなんて良いご身分ね――と言い放ってやるのだと。
しかし思惑は、一瞬のうちに霧散してしまう。
「魔王様、おはようございます!」
ダイニングで、グレンが真夏の朝より眩しい挨拶をした。彼は今、リタの手伝いに勤しんでおり、キッチンとテーブルを忙しなく往復していた。その働きぶりはリタも手放しで褒め称えるほどだ。
「あら、おはようアルフ。今日は早起きね」
「お、おう。これはどうしたんだ?」
「グレン君ったらね、私と同じくらいの時間に起きたのよ。ゆっくりしてて良いと言ったのだけど、薪割りを率先してやってくれたわ。しかも終わったら『手伝います!』って言うから、つい甘えちゃった」
リタからの評価は上々だ。思わずアルフレッドは舌打ちしてしまう。「やるじゃねぇか……」と忌々しげに呟く。
朝食が整ったところで、他の家族も集まった。
2階から3人が立て続けに降りてくる。ボサボサ頭に、背中の翼も毛羽立ったアシュリーが、ゆるゆるのローブの上から腹をかく。眠気のあまり犬耳を垂れ下げるシルヴィアと、それを支えるように歩くミレイアがやって来た。
そして外から帰宅したエレナも、ダイニングに集まった。小汗をかいた跡が素肌に残る。彼女は朝の稽古を終えたところだった。
「じゃあみんな、食べましょうね。実りに感謝を」
「実りに感謝を」
そうして食べ始めるのだが、テーブルは食器だらけで雑然としていた。パンのメープルシロップ掛け、キノコと青菜の酢漬け、それとオレンジピール入りのヨーグルトに輪切りのボイルドエッグ。食べ進めようにも、互いに手が触れて肘があたり、なかなか苦労させられた。
7人が集うには狭すぎる。テーブルのサイズからして6人が限界で、どうしても1人あぶれる。さらにそこへテーブルの下にペット――黒猫のモコ――がやって来てはエサにありつくので、もはや大混雑だった。
「ん〜〜狭いなぁ。何でかなぁ、この人数は無理じゃねぇの?」
アルフレッドが含みを持たせた言い方をする。全員が顔を見合わせたところ、シルヴィアが椅子から飛び降りた。スタスタと父の席に歩み寄るなり、膝の上に飛び乗った。
「これでみんな、すわって食べられるの」
「う、うん。そうだねぇ〜〜シルヴィは賢いなぁ!」
アルフレッドの嫌味は空振りだった。それどころか、愛娘と楽しくはしゃぎながら食べることに夢中で、グレン兄妹は視界に入らなかった。またもや失敗である。
「さてと、腹も膨れたし、本日のルーティンに行ってきますかねぇ」
そう言って立ち上がるアシュリーを、アルフレッドは呼び止めた。
「どうせなら、グレンかミレイアを連れて行け。雑用でも良いから仕事を覚えさせろ」
「ええ〜〜? 人カスさんと一緒に? 嫌な気持ちが山の如しなんですが。拒否権いいです?」
「文句言うな。とにかく言ったとおりにしろ」
「はぁ〜〜。だったらお兄ちゃんの方で。まだ使い物になりそうだし」
そこそこの言われようだが、グレンは全く気にした風ではない。2人は魔王の家から出ていった。少し間をおいて、アルフレッドもさり気なく外へ出た。2人の後をつける為だ。
目印は空を飛び回る天人の姿で、遠目からでも見失わずに済む。それは草原を自らの足で駆けるグレンにしても、同じことだった。
「人カスさん、この家まで来てくださいね。ほらほら急いで!」
アシュリーは薄情に言い放っては、地上に降りていった。そこには、カボチャのような形をした小屋があった。草原エリアの端に建つアシュリーの調合所だ。アルフレッドは許可していないが、ある日「もう建てました」と事後報告して、無理やり認めさせたものだった。
アルフレッドはラボの窓辺に潜み、中の様子を窺った。グレンは既にアシュリーとともに、さほど広くない室内で2人っきりだ。
「うわぁ〜〜すごいや!」
グレンが両目を輝かせては喜んだ。壁に並ぶ本棚には大量の古文書、積み上がる箱から飛び出すトゲだらけのツルになめし革。さらに部屋のど真ん中には、巨大な釜がドンと置いてあり、紫色の液体が茹だって泡を弾けさせた。
どれもこれも少年心を惹きつけるものだが、アシュリーは取り合わない。
「勝手に触ったらブチのめすんで。乙女の鉄拳が唸るんで、マジ気をつけて」
釘を刺したかと思えば、今度はすり鉢を壁際のテーブルに置いた。素材をすり潰せとグレンに命じた。それはゴマ粒のような種で、赤に茶色にと色味はまちまちだった。
「ちゃんとキレイに潰すんだぁよ? 手を抜いたら罰をくれてやるよ、ケーーッケッケ!」
アシュリーが突然、芝居がかったように笑ったが、グレンの反応は薄い。「わかりました!」と爽やかな返事ののち、すぐに作業へ入った。ツッコミ待ちだったアシュリーは手持ち無沙汰そうな顔をして、ため息を吐いた。
その様子を覗き見るアルフレッドは、珍しくもアシュリー褒めたくなった。
(いいぞ、その調子だ。面倒な仕事をふって失敗させて、難癖つけてやれば……)
だが、そこへ邪魔が入ってしまう。アシュリーがいきなり悲鳴を響かせた。「キャアア! ネズミーー!」
アシュリーは転がるように壁際へ逃げて、ガタガタと全身を震わせた。
「どうしたの、アシュリーさん?」とグレンが尋ねる。
「そ、そこ、本棚のとこ! フクラネズミが!」
震える指の示す先には、確かにでっぷり太ったネズミが居座っていた。両手持ちに小さなパンを抱えている。殺鼠剤を混ぜたものだが、耐性持ちのようで、ネズミにすればご馳走でしかない。
「あ、あ、アルフを呼んでこなきゃ!」
腰の抜けたアシュリーは這いつくばって出口に向かおうとする。その間に、グレンは本棚に歩み寄った。そして「おいで、怖くないよ」と呟いては、フクラネズミを両手の中に包みこんだ。あとはドアを開いて外に逃がしてやる、それで終いだった。
「もう大丈夫だよ。森の方に逃げてったから」グレンは辺りを見回しつつ続けた。「もしかすると、どこかに侵入経路があるのかな。水回りは無いから……本棚の裏とか、箱の裏側に小さな穴が空いてるかも。そこを塞げば良いと思うよ」
アシュリーは飛び跳ねてまで喜んだ。
「凄いですね人カスさん! 何その行動力、それと的確なアドバイス!」
「いやぁ、レジスタリアでは色んな雑用やってたから。そこで学んだんだよ」
「素晴らしい! 名前はええと、ク゚レミア? グレミオ?」
「グレンだよ」
「そうそうグレン、知ってましたよ。ところで助手になりません? 君みたいな子は大歓迎ですよ!」
アシュリーがすり鉢をチラリと見てスカウトし始める。「これだけ出来れば十二分」と言い、抱きつかんほどに褒め称えた。
こうして2人は、和気あいあいとした様子で作業を続けた。アルフレッドにすれば計算外で、窓越しに呪いでも送りたい気分だ。
(どいつもこいつも、どうしてアッサリ受け入れるんだ!)
するとそこで、木々の枝が大きく軋んだ。飛ぶように現れた人影が、ラボのドアを開いた。アシュリーたちを訪れたのは剣士エレナだった。
「作業中にすまない。アルフを見なかったか?」
「いんや、見てねえっすけど。また侵入者でも?」
「あぁ、そっちじゃない。昨晩に街で大暴れしたのが効いたらしくて、むしろ大人しいくらいだ。今日は1人も見ていないぞ」
「まぁ夜になったら変わるかもしれませんがね。そんで、アルフを探す理由は?」
「思いがけずヒマになったから、剣の稽古に付き合ってもらおうかと」
アルフレッドは半ば、むせてしまった。エレナとは、たまに訓練をともにするのだが、彼は苦手だった。とにかく型にこだわるエレナの小言が、重たく感じられるからだ。
今日はエレナに近寄らないようにしよう。そう思いつつ眺めていると、グレンが表情を変えた事に気づく。
「どうしたグレン? さっきから私を見ているな」
「あっ、ごめんなさい! やましい気持ちじゃなくて!」
「不快に感じたわけじゃない。ただ理由を訊きたかった」
「剣が使えて羨ましいと思ったんだ。もし僕が強かったら、ミレイアを守ってやれたのに……って」
「なるほど。そういう事か」
エレナはグレンに歩み寄ると、彼の身体を無造作に触りだした。肩に胸、太ももと、一切の遠慮がない。
「えっ、何、どうしたのエレナさん!?」
「悪くない体つきだ。働き者だから、筋肉が自然と備わっているのかもしれない。どうだ、お前が望むなら剣を教えてやるが」
「本当に? ありがとう! 僕、頑張るよ!」
「では仕事が終わった頃に」
そう言い残してエレナは立ち去ったのだが、その横顔は微笑みに満ちていたのを、アルフレッドは見逃さなかった。
彼にすれば大誤算だ。リタもアシュリーも、そしてエレナまでもがグレンという新顔を認めかけていた。これでは追い出そうとすれば、大いに揉める事だろう。
(ちくしょう、あの野郎! 着々と馴染んでやがる!)
ろくな収穫もなしにアルフレッドは帰宅した。そして意味もなく、リビングを左に右にとウロついた。どうにか秘策を閃かないか――と。
「クソッ。そもそも、どうしてオレんちに人が増えてくんだ。これ以上責任を増やすんじゃねぇよ!」
閃くものは何もなく、ただ歩き回るばかりだ。するとシルヴィアがミレイアを伴っては、アルフレッドのもとへ駆け寄ってきた。
「おとさんもあそぼ、つみきだよ!」シルヴィアは木箱を抱えていた。隣のミレイアも、熱い期待の眼差しを魔王に向けた。
「もっちろんだよ! おとさん、暇すぎて破裂しそうだったんだ!」
アハハ、うふふ――。積み上げては崩し、並べて転がしての大騒ぎだ。シルヴィアが何かアクションをみせると、ミレイアも動きを真似て賑やかさを倍加させた。それをアルフレッドも手放しで褒め称えた。彼の顔からは、あらゆる苦悩が消えた――至福のひととき、楽園のど真ん中で遊び呆けるのだった。
魔王が再び目的を思い出したのは夕暮れ前だ。ようやく1人の時間を取り戻したところで、同時に焦りも覚えた。
「違う違う、積み木スゴイね〜〜じゃねえんだわ。一刻も早く作戦を練らないと」
彼がこの期に及んで追放にこだわるのは、切実な理由があった。それは新作絵本がいまだに陽の目を浴びず、彼の手元でくすぶっていたからだ。
シルヴィアは夜になると、グレン兄妹たちとはしゃぎまわる。それ自体は容認できるが、遊び疲れて寝落ちされるのには閉口した。
「あいつらが居る限り、この力作は闇に埋もれたままなんだ!」
クロアリ公爵の大冒険――心血を注いだ作品が、装丁までこだわりぬいた逸品が、忘れ去られようとしている。その不遇がアルフレッドには勘弁ならなかった。
すると玄関のドアが開いた。戻ってきたのはグレンだった。
「あっ、魔王様! 剣の稽古も終わりました!」
はきはきとした言葉に、アルフレッドは顔をしかめた。そして生返事だけして、そっぽを向いてしまう。「早くどこかへ行け」と呟きもした。
しかし当のグレンは立ち去らない。アルフレッドが持つ絵本に関心を抱いていた。
「何だよ、ジロジロ見るな」
「あっごめんなさい!」萎縮するグレンだが、彼は訊いた。「それ、魔王様が書いたって、本当ですか?」
「……誰から訊いた」
「アシュリーさんが言ってました。夜な夜な、頭を引っ掻きながら仕上げたって」
「口の軽い奴め……。そうだよ、文句あるかよ!」
「いやいや凄いですよ! イラストもカワイイし、立派に仕上げてるし。魔王様は強いだけじゃない、文才もあるんですね!」
その言葉はアルフレッドの胸を貫いた。だがグレンの攻勢は終わらない。とどめの一撃は――最高の笑顔とともに、ステキなプランを提案したのだ。
「2人が騒がしくする前に絵本の話をしますから。その時はぜひ読み聞かせてください!」
とたんにアルフレッドは汁を吹き出した。目から、鼻から、口からも意図せず、何らかの液体が弾け飛ぶ。
(やばい、いい子だ……!)
あわてて顔を拭うのを、グレンが怪訝そうに見つめた。
「あの、魔王様? 何か……?」
「アルフだ」
「えっ?」
「見知った連中は、オレをそう呼ぶ。あと敬語もやめろ、うっとうしい」
その言葉に、グレンは眼を見開いて驚き、やがて破顔した。
「うん、ありがとうアルフさん!」
心に突き刺さったら負けである。この時にアルフレッドは、ようやくグレン兄妹を受け入れる気持ちを固めたのだ。
(まぁ、この際変わらねぇよ。1人育てるのも、3人育てるのも)
それはあまりにも素早い掌返しだったが、グレン兄妹にとっては幸運な結末だと言えた。