5 おとさんがおとさん
出かけると何故か荷物が増えて帰路につく――そんなジンクスが存在するが、語弊を恐れずに言えば、今のアルフレッドにも当てはまる。
「クソッ! クソがよぉーーッ! なんでこんな目にあわされんだ!」
怒鳴り散らしながら帰らずの森を飛ぶ。右脇にはグレン、加えて左脇にミレイアを抱えていた。当初は妹を救出してお終い――のはずが、こうして1人増やしてしまった。
「アルフ、追手は来てないようだぞ」
後ろから追随するエレナが伝える。しかしアルフレッドの耳には入ってこない。「返せよオレの時間を! 幸福のひとときをよぉ!」
彼は徹頭徹尾、わめきっぱなしだ。青い月が優しく照らしはするが、何の慰めにもならなかった。
「帰ったぞオラァ!」
乱暴にドアを押し開けての帰宅だ。そこには、ダイニングテーブルで待つ、シルヴィアとリタの姿があった。
「あっ! おかえんなさい!」
シルヴィアが少し眠たげな顔で、父の苦労をねぎらった。
「ただいまシルヴィ。おとさんは大変だった――」
愛娘を抱きしめようとして、その腕は空を切った。シルヴィアは父と抱き合う代わりに、隣のミレイアに歩み寄り、そっと抱きしめた。
「あ、あの……」ミレイアは困惑しきりだ。そこへシルヴィアが、満面の笑みで言う。歓迎の証なのか、クリーム色の犬耳が楽しげに揺れた。
「ようこそ妹ちゃん! 今日からおとさんが、お兄ちゃんと、妹ちゃんのおとさんになるの!」
まるで呪文にも似た不可解なフレーズだ。グレン兄妹も、これには首をひねってしまう。
だがアルフレッドはそんな程度ではない。衝撃のあまり硬直し、意識まで吹き飛ばされそうになった。
(今のセリフはもしかして……いやまさかな)
アルフレッドは、シルヴィアの顔を覗き込んだ。そして尋ねるのだが、声は裏返っていた。
「なぁシルヴィ。今のはどういう意味かな? もう少し分かりやすく、教えてほしいなぁ」
「お兄ちゃんと妹ちゃんは、ここでねるの。朝はいっしょにゴハンで、お外であそんで、夜もいっしょ」
「んん〜〜、それはちょっと難しいかなぁ。よその子を、そこまで構うのはねぇ。ちゃんとお家に帰してあげないと」
「おウチはここなの」
「ええっと、それは、う〜〜ん……」
アルフレッドは頭をひねりにひねった。決定的な言葉が飛び出す前に、どうにかして最悪の未来を回避せねばと、必死に頭をフル回転させた。
(それだけはダメだ、やめてくれ……!)
彼の頭によぎるのは、もはや論理というより祈りだった。
するとリタが口を挟んだ。ピシャリとした口調だった。
「あなたに養えって意味よ、アルフ。言わずもがなでしょうに」
「リタこの野郎! ハッキリ言うんじゃねぇよお前!」
その言葉に飛び跳ねてまでシルヴィアが反応した。そしてグレンとミレイアの手を引いて奥へ駆け出した。
「お部屋はこっちだよ!」
「ダメよシルヴィ。それはさすがに見過ごせないわ」
意外にも助け舟が――アルフレッドは微かに期待する。大人の配慮、責任の限界を諭してくれるに違いない。
そんな想いは瞬く間に踏みにじられてしまう。
「まずは身体をキレイにしないと。お風呂が先よ」
「はぁ〜〜い、こっちにおいで〜〜!」
足音を響かせて子どもたち、それをいそいそと追いかけるリタ。その場に残されたアルフレッドの肩を、労うように叩いたのは、忠義者のエレナだった。
「賑やかなのは良いことだ。私もサポートするから、父親として精を出してくれる事を願う」
そう言い残して、外へ出ていった。アルフレッドは声なき声で身悶えた。悪党を一夜で殲滅した魔王の威厳など、一欠片分の名残すらなかった。
それからもはしゃぎ回る声が響き、やがて静になる。すると大草原にポツリとただずむ一軒家は静寂に包まれた。
そんな最中に、ダイニングで囁く声が2つ。1つは押し殺したように低く、もう1つは甲高い。
「さぁ見てごらん。クロアリ公爵の大行進だ。その後ろには、アカアリやシロアリが、たくさん続いてるね」
「わぁすごい! たくさん来てくれたね!」
「そうだろう? これから皆で、悪い王様をやっつけに――」
声は2人分、しかしそこに居るのは1人きり。アルフレッドの一人芝居だ。彼は真新しい絵本を片手に、本来ならば享受できた幸福を、こうして補おうとしていた。
幻の愛娘を前に、想定された称賛を自らの口で語る。
「おとさん、すごいすごい! こんな本を書けるなんて天才だね!」
「いやいやアッハッハ。これくらいお安い御用――」
その時、ランプの光がアルフレッドを照らした。そして、炎がダイニングのランプに移されて、辺りは真昼のように明るくなった。
「子どもたちは寝たわよ。本当の兄妹みたいに睦まじくね」
「エフっ! エフン! そうか」
「お茶を淹れるわね」
リタは指先に火の玉を灯すと、コンロの薪を燃やした。湯を沸かし、琥珀色の紅茶を2人分用意した。香ばしい香りが湯気とともに、ダイニングにただよった。
「リタ、お前わざとだろ」
「なんのこと?」アルフレッドから問われても、彼女は表情を崩さない。いつものように柔和な笑みを浮かべつつ、温かな紅茶で喉を潤していた。
「とぼけんなよ。お前、こうなる事を予見して、シルヴィを口説き落としたな?」
「違うわ。一緒に暮らしたいって言い始めたのはあの子から。私としては、同じ年頃の友達が出来たらな――くらいにしか考えてなかったし」
「そもそも、グレンを追い払う時からおかしかった。あんな言い方したらシルヴィが泣くに決まってんだろ。さすがに『想定しなかった』とは言わねぇよな?」
「そっちはそう。狙い通りね」
「なんでまた」
アルフレッドは苛立ちを隠さずに、テーブルを指先で小突いた。
すると、リタが瞳を歪ませた。微笑みを崩していなかったものの、その目の奥には鋭い闘気が感じられる。それは魔王の肌に寒気をもたらすほど、重く、激しい情念だった。
「だって腹立たしいじゃない」
「子供が人買いにさらわれたことが?」
「違うわよ。人間どもは今になってもアナタを崇拝しない。むしろ小競り合いを繰り返す毎日。そんなのもう――ありえないわ!」
気持ちを語るほどにリタはヒートアップしていく。彼女の瞳は闘気どころか、光を発しかねないほどの怒りを宿していた。
「あぁ、本当に腹立たしい。なぜ人間どもは未だに反抗するのかしら? アルフの実力を前にしたら武器を捨てて、城を明け渡して全面降伏するのが当然でしょう? 腹を見せて寝転がって『命だけはお助けモフ』とか無様に泣き叫ぶのが相応しいっていうのに、アルフの優しさにつけこんで好き放題! あぁもう許せない。いっそ私が乗り込んで攻め滅ぼしてやろうかしら!」
「わかった、わかったから勘弁してくれ。お前の熱意で胸焼けしそうだ」
「それで、ええと……何の話だったかしら?」
「もういい。全部忘れて寝てしまえ」
「そうね、今日はバタバタして疲れちゃった。お先に寝させてもらうわ」
去り際、リタはアルフレッドに投げキッスを送った。しかしアルフレッドは、首を傾げて回避する。
彼らにとってはありふれた光景だった。新たな火種になることもなく、2人は離れた。
「びっくりした……リタのやつ、たまに妙な発作を起こすからな」
紅茶の温かみを感じつつ、リタの暴走で受けた心理ダメージを癒やしていく。そして、ひと心地ついたとき、アルフレッドは冷静さを取り戻すとともに思いだす。
去り際にリタがほくそ笑んでいたことを。
(なんでアイツ笑ってたんだ。そんな流れじゃなかった……)
考え込み、何かに気づいた。「あっ!」そして立ち上がるが既に遅い。リタはすでに2階の自室に戻っている。
「逃した……ガキどもを追い出すタイミングを!」
グレンたちを拒絶するとしたら、先程のティータイムが最後のチャンスだったろう。「話は終わりだ」と告げた手前、引き取る件についても容認したことになる。
やられた――と悔やんでも後の祭り。こうしてアルフレッドはなし崩し的に、浮浪児の兄妹を受け入れるのだった。