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3 鉄格子ごしの再会

 青い月が優しく照らす中、帰らずの森を陰が飛ぶ。それは熱い血涙を流すアルフレッドと、女剣士のエレナだった。彼らは、踏みつけた枝をしならせて、その反動で素早く飛んでいた。


「ちくしょう……! 今日という日を心待ちにしてたのに……!」


 読み聞かせがキャンセルになったことは、アルフレッドにとって、慟哭どうこくするにふさわしい痛恨事だった。そして小脇に抱えたグレンに、大人気なくも喚く。


「ちゃんと案内しろよお前! 間違ったら承知しねぇぞ!」


「は、はい!」


 グレンは緊張した面持ちだが、同じくらい喜びに満ち溢れていた。何せ魔王の援軍だ。彼の知る中で、最も強力なものである。


 さらにもう1人の剣士も堂々としており、また冷静な口ぶりが、更なる安心感をもたらしてくれた。


「少年よ。目的地はレジスタリアの街で、犯人はヴィラド商会である。間違いないな?」


「はい、そうです。妹が連れ込まれる瞬間を見ました」


「ふむ、少し厄介かもな……」


 エレナも枝つたいに飛びながら考え込む。


「噂に聞いたことがある。そのヴィラドは、街を支配する男爵と裏で繋がっているそうだ」


「えっ、そうなんですか?」


「だから多少の強引さは、まかり通るのだろう。浮浪児を無理やり連れ去るとか、その程度の事はな」


「たしかに、奴らは横暴です。店先で暴れたり、我が物顔で歩いたりしてますもん」


「これは単なる救出作戦には収まらない。悪を懲らしめ、我らの正義を突きつける絶好の機会だ。そうだろうアルフ?」エレナは魔王に問いかけた。


「んな事ァどうでもいい! 行って、倒して、帰る! 早くしねぇとシルヴィに『おやすみなさい』が言えねぇだろうが!」


 憤慨するアルフレッドが先を飛ぶ。エレナは苦笑しながら後を追った。


 やがて森を抜けた。彼らの視界には、整えられた街道が平原を貫き、1つの街に繋がる光景が映った。城壁に覆われた堅牢な街――レジスタリア。かがり火は多く、城壁の上を甲冑姿の兵士が見回っていた。


「あそこだな。どうやって侵入する?」


「壁なんてよじ登ればいいだろ」


 投げやりに言うアルフレッドだが、仕事ぶりは上々だった。警備の隙を見つけては城壁を駆け上がり、街なかに降り立った――そこは廃屋が散見される路地裏だった。


「グレン、場所は?」


「ええと、ここは北地区の端だから、近いよ。付いてきて!」


 グレンは庭のように路地裏を走った。そして、廃屋の中に潜り込み、風化したタンスに身を潜めた。


「あそこだよ、魔王様!」


 廃屋から道を1つ挟んだ先に、ヴィラド商会はあった。広大な敷地は高い塀に囲まれ、かがり火が煌々と照らす。


「ふぅん。庭も建物もバカに立派だな。よっぽど儲かってるんだろ」


「見張りもたくさん居るんだ。門番の2人だけじゃない、たぶん中にも大勢が。下手に騒ぎを起こしたら手下が飛んでくるよ」


「あっそ。どうでもいいが」


 アルフレッドは廃屋の窓から出て、ふらりと歩き出した。向かうはヴィラド商会の正門だった。まさかの中央突破に、グレンは思わずむせてしまう。


「なんだお前、客か? 今日は店じまいだ。奴隷が欲しけりゃ、また明日にでも」


「うるせぇ」


 アルフレッドは、門番の頬をひっぱたいた。その身体はコマのように回り、泡を吹いて倒れた。2人の門番はいずれも同じ末路をたどった。


「早く来い。妹の顔はお前にしか分からねぇだろ」


 アルフレッドが怒鳴ると、グレンを伴ったエレナが廃屋から飛び出した。


「アルフ、中央突破とは雑すぎではないか? もっと観察してだな」


「やってられっか。真正面から踏み潰すぞ」


 すかさずアルフレッドは門を蹴破った。耳をつんざく音と、騒がしさが辺りに響く。「襲撃だ!」「応戦しろ!」


 広い中庭に、男たちが駆け寄っては集結した。剣に斧と、得物に統一感はないものの、皆が武装していた。


「ぞろぞろ集まったな。蚊柱かよ」


 小バエでも振り払う仕草で、アルフレッドは応戦した。身の毛も凍る斬撃の音は、彼の手によってアッサリ受け止められる。そこから繰り出された魔王の反撃は強烈で、荒くれ者たちも吹き飛ぶか、地面に転がされた。


 戦闘は短かった。水路や御影石で彩られた庭は、今やへし折れた武器と気絶した男たちで溢れかえった。


 そして最後の1人は、エレナが鉄甲を叩きつけることで気絶。辺りから戦いの機運が消えていった。


「すごい……強いなんてもんじゃないや……」


 どこを見ても倒れ伏す人、人、人。街の大人たちも恐れる荒くれ者たちが、まるで相手にならない。魔王たちの強さは圧倒的だった。


 しかしグレンは1つ気づき、口に出した。


「殺さないんですね……」


「何がだ?」アルフレッドが怪訝な顔で答えた。


「いえ、見た所、大体生きてるみたいだから。殺したりしないんだなぁと思って」


「あぁ、そんな事か。殺さない理由はだな――」


 ここでアルフレッドだけでなく、エレナも同時に口を開いた。


「生き地獄を味わってもらうためだ」


「更生の余地を考えてのことだ」


 2人はお互いの顔を見た。


「なんだアルフ、生き地獄とは?」


「そのまんまの意味だよ。死んだら口をきけねぇが、生きてりゃオレの恐ろしさを喋る機会があるだろ。それが広まれば、誰も森を侵さなくなる」


「更生のチャンスを与えているのではないと?」


「くだらねぇ。仮にそいつらが更生したとして、オレに何のメリットがあるんだよ」


「それは、なんというか、住みよい世界になる?」言い淀むエレナに、アルフレッドはかぶりを振っては歩き出した。


「悪党に夢なんて見るなよ。さっさと行くぞ」


 すかさず店内部に足を踏み入れる。敵は粗方倒していたので、静かなものだった。カウンターにお品書きとして、細かい文字で料金表が貼ってある。


「奴隷に値段がつけられてるな。技術の有無に、性別、年齢でだいぶ違うようだ」


 エレナが読み上げるが、アルフレッドは聞いていなかった。従業員用のエリアに足を踏み込むと、何人かの男女とすれ違った。彼らは店員なのだが、すっかり怯えている。「下手な真似するなよ」とアルフレッドが睨むだけで、彼らは震えるだけになった。


「奴隷はどこにいるんだ? 見当たらねぇな」


 端から端まで回ったものの、大量の羊皮紙やら、従業員の控室などが見つかるばかり。肝心のミレイアがどこにも居なかった。


「グレン。何か知ってることは?」


「ごめんなさい、そこまでは……」


 グレンには焦りが見え始めた。四方を見渡して手がかりを探る――が、収穫はなかった。


 だがそこへエレナが叫んだ。「こっちに来てくれ!」


 呼び出されたのは食堂で、テーブルは動かされた形跡がある。エレナはタイルの一角を見ていた。


「剥がせるぞ。しかも1枚じゃない」


「やってみろ。どうせこの店は潰れるんだ」


 タイルを剥がしていくと、鉄の板が見えた。さらに穴を広げると、それは鉄扉だと気づく。


「おっ。これはいかにもだな、もしかすると、ここに囚われの――」エレナが言い終える前に、魔王が鉄扉を踏み抜いた。「時間が惜しいんだ。さっさとやるぞ」


 扉の先は下り階段で、カビの匂いが鼻をついた。そして薄暗い。壁掛けのランプが点在するものの、広い地下室を照らすには足りていない。


「牢獄ってやつだな」


 下り終えると、その先は一本道。左右に牢屋が並び、陰鬱としていた。そこを3人が固まって探し回るのだが――。


「いねぇな、誰も」アルフレッドが舌打ちとともに言う。


「上を調べた時に知ったことだが、今日は大きな商談があったらしい。取引相手はレジスタリアから遠い街だったな」


「じゃあ売り飛ばされた後か? 一足遅かったようだな」


 一行がきびすを返そうとした、その時だ。グレンが指さして叫ぶ。「待って、あそこに!」そして彼1人で牢屋に駆け寄った。


「ミレイア!」


 鉄格子を掴みながら叫ぶ。すると、闇の中で何かが蠢き、白い瞳が動いた。間もなく震えだし、止まらなくなり、上ずった声まで聞こえた。


「お兄ちゃん……?」


 小さな体がグレンのもとに駆け寄った。そして鉄格子を挟んで指を絡め、泣き叫んだ。今すぐ抱きしめたい、頬を寄せたい、そんな衝動が腹の底から吹き出していた。


「良かった、無事だった! 遠くへ売られてしまったと思った!」


「知らないおじさんが来たんだよ。私は嫌だって思って、手に噛みついたの。そしたら『お前は売り物にならん、処分してやる』って、閉じこめられてたんだ」


 ミレイアの頬は赤く腫れていた。撫でてやろうとしたグレンだが、忌々しい格子に阻まれて触れられない。手をすぼめて突っ込もうとした矢先、背後で気だるそうな声がした。


「どけ、お前ら」


 グレンが飛び退くと、ミレイアも、おずおずと引いた。


 乱雑に手を伸ばしたアルフレッドは、鉄格子を掴み、鼻息とともにへし折ってゆく。こすれる金属音はまるで悲鳴だった。耳をつんざく音が数度響くと、人が1人通れる歪みができていた。


「お兄ちゃん!」


 よろよろと駆け寄るミレイアに、グレンは両手を差し伸べた。抱きしめる。強く、そして温めるように。


「良かった、二度と会えないかと!」

 

「こわかったよ……怖い人に殺されると思ったよ!」


「よく我慢したね、偉いよ。でももう大丈夫だ」 


 牢屋の前で抱き合う兄妹を、アルフレッドの鼻息が邪魔をした。


「感動のご対面だが、まだ敵地だぞ」


「そうだった。ごめんなさい、魔王様」


「忘れんな。無事に逃げきるまでが、大冒険だぞ」


 そして、エレナを先頭にして、脱出を開始した。グレンは、ミレイアの手を強く握りしめた――決して離さないようにと。


 しかしミレイア自身は気もそぞろだった。


「お兄ちゃん、魔王様って……?」


「ほら、帰らずの森に住むって言われてる。男の人がそうだよ」


「えぇっ!? そんなスゴイ人が来てくれたの?」


「うん。頼もしいでしょ。敵も全部やっつけちゃったし、帰りも問題ないと思うよ」


 楽観するグレンだが、突如として辺りに緊張が走る。


 まずアルフレッドが「止まれ」と合図をして、階段を睨んだ。続けてエレナが音もなく駆け上がり、地上階の様子を窺った。


「アルフ、親分のお出ましだ。手下もゾロゾロ引き連れてる。戦闘は避けられないぞ」


 そう聞いたグレンは、ミレイアの肩を強く抱き寄せた。妹は激しく震えている。赤く腫れた頬に手を添えて。


「お前らはここにいろよ。邪魔だからな」


 そう言い残して、アルフレッドは階段を登っていった。その背中は、世界の誰よりも頼もしい。見送るグレンは、心のなかでそう感じた。 

 

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