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2 娘の願いとあらば

 アルフレッドはドカリとダイニングで腰掛けては「大急ぎでメシを頼む」と言った。グレンと斜向かいに座る形だが、そちらには目もくれない。


「シルヴィは?」魔王の関心はいつでも愛娘に向けられており、この時も変わりはなかった。


「お風呂に入ってるわ。今日は突然『1人でできるの!』だなんて張り切って。だから、本人の望み通りにさせてるわ」


「シルヴィが、1人で……そうかぁ……!」


 アルフレッドは声を滲ませたかと思うと、指先で目元を拭った。子供はいつまでも幼い訳ではない。毎日のようにべったりだったシルヴィアも、出来ることを少しずつ増やしては、いつの日か巣立っていく――。


 感慨深さで涙腺はゆるみ、鼻もすすった。が、その余韻に浸る間もなく、リタが釘を差した。


「それよりホラ、そこのグレン君。話くらい聞いてあげて」忠告とセットで、ベーコンチーズパンの乗った皿が手渡される。


 アルフレッドは手早くかじりつつ『招かざる客』を睨みつけた。


「小僧、何しに来たんだ」


 飛び跳ねたグレンは、全身を硬直させつつも、どうにか言葉をひりだした。


「いっ、妹がさらわれまして! 街の商人たちに! 助けてくれませんか!」


 グレンは、首に下げた袋を慌ただしい仕草で手に取り、差し出した。それは薄汚れた皮財布で、数枚の赤錆た銅貨があるのみだった。貢物として相応しくない。粗末を飛び越して冒涜的でさえあった。


 しかしアルフレッドは、そっと目を細めた。これまで撒き散らした怒気が、嘘のようにすっぱりと消えていた。


「グレンと言ったな、お前……」


 アルフレッドの向ける視線は真っ直ぐだ。


 腰が引けたグレンだが、腹に全力の気合を込めて、その目と向き合った。彼の全身には、今も並々ならぬ決意が宿っている。多少の脅しでは屈しない。身体は小さくとも、覚悟だけは歴戦の兵と引けを取らないだろう。


 重たい無言の時が流れる――。1つの静寂を挟んだ後、アルフレッドはゆっくりと口を開いた。


「もう一度言うぞ、帰れ」


 返答は無慈悲そのもので、少年相手にも容赦なかった。グレンは大きく肩を落として俯いてしまう。


「アルフ、それはないんじゃない? せっかく頼ってくれたのに」リタがテーブルに皿を並べる傍ら、口を挟んだ。


「忙しいんだよオレは。メシ食ったら風呂で身を清めて、シルヴィのお休みタイムに間に合わせなきゃならねぇの。そうでなくても、誰が見知らぬガキのために働くかよ」


 アルフレッドは、犬を追い払う仕草をグレンに向けた。早く行けと、言葉でも急かした。


 興味薄な態度を貫く魔王だが、実のところ、内心は焦りに満ちていた。


(シルヴィにバレないうちに追い払わねぇと、面倒になりかねんぞ……)


 早くしろサッサと帰れ――と念を込める。しかし彼の思惑に反して、家の奥から廊下を走る音が響いた。


 軽やかで幼い足音、底抜けに明るい声とともに、1人の幼女が踊りでた。


「おとさん、おかえりなさ〜〜い!」


 ウェーブのかかった柔らかな茶髪に、クリーム色の犬耳は、湯上がりでフンワリしていた。同じ色味の尻尾も激しく揺さぶられる。宝石のように真ん丸な瞳も喜びで輝いていた。


 この犬人の幼女が、魔王の愛娘シルヴィアである。

 

 シルヴィアは、石鹸の香りを身にまとったまま、父の肩に飛びついた。そんな全身全霊のお出迎えは、抱きしめて頬を寄せることで応じられる。


「ただいまシルヴィ、いい子にしてたかな?」


「うん! おフロもね、ひとりで入ったの!」


「えぇ!? シルヴィだけで? もう立派なお姉さんじゃないか!」


 驚きの声を響かせたアルフレッドは、大げさな身振り手振りも付け加えた。そのおどけた仕草で、シルヴィアも満足げに笑った。


 すると愛娘は、見慣れない少年を見つけた。


「このお兄ちゃん、だあれ?」


「ちょっと尋ねに来た子供だよ。用も終わったからすぐに帰ってもらうんだ〜〜」


 アルフレッドは、鋭い視線をグレンに向けた。「はよ帰れ」と伝えたつもりだが、処世術に乏しい少年には響かない。


 舌打ちしたアルフレッドは、リタを見た。そして「なんとかしろ」という想いを念じた。


 するとリタは小さく唸りつつ、自分の頬に指先を添えた。やがて納得したように頷いては、シルヴィアに語りかけた。


「シルヴィ、このお兄ちゃんはね。大切な妹を悪い大人に誘拐されちゃったのよ」


「ええーー!?」


 絶叫したのはシルヴィアだけではない。この、虚飾の欠片もないド直球の言いように、アルフレッドも驚愕させられたのだ。


(このバカ! ストレートに伝える奴があるか!)


 どうにか取り繕おうと、アルフレッドは口を挟もうとした――が、シルヴィアの問いかけが早かった。


「でも、この子には、おとさんがいるでしょ? 助けてくれるんでしょ?」


「このお兄ちゃんはね、親御さんがいないらしいの。だから、妹ちゃんが助かるかは……わからないわね」


「ええーーッ!?」


 シルヴィアは白目を向いた。さながら雷にでも打たれて気絶したかのようだ。間もなく、かすかな嗚咽が聞こえるようになる。「かわいそう……」声は泣き声となり、みるみるうちに大きくなる。


「かわいそう! どうして助けてくれないのーー!?」


 泣きじゃくるシルヴィアは、速やかに抱き上げられた。父アルフレッドが、まるで綿毛でもすくい取るかのように、優しく鮮やかな手つきで。


「どうしたシルヴィ。泣かないでおくれ、何も怖いことは無いんだよ?」


「この子には、おとさんがいないの! だから、妹ちゃんも助けられないぃぃ! そんなのかわいそうだよーー!」


「うんうんそうだね。悪いやつはやっつけて、攫われた子を助けてあげないとね! おとさんも同じ事を考えてたんだよ〜〜?」


 アルフレッドは、愛娘を抱きしめながら、リタを睨みつけた。「何てことしやがる」と、口パクでもその怒り様を顕にした。


 対するリタは肩をすくめて、そっとウィンクした。爽やかな回避法だった。


 ともあれ、もう引き返せない。アルフレッドは食事もそこそこに、降って湧いた救出作戦に身を投じるのだった。


 絵本イベントがキャンセルになった心痛は、血涙を流すことで癒やしつつ――。




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