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18 魔王様リザルト

 魔王の自宅に招かざる客が訪れた。それは2人組の男で、レジスタリアからやって来た。ダイニングで魔王と向き合うのだが、1人は恐縮しきりで、その片割れはふてぶてしかった。


 リタが紅茶と菓子を並べる。客の1人ブランドーがゴツい身体を縮めては「おかまいなく」と小さく言う。すると隣のクライスが「ならば私が」と言い、2人分のクッキーを抱え込んだ。


 それを対面から眺めるアルフレッドは、苛立ちを隠そうとしない。


「何の用だ、オイ」


 魔王の怒気を前にしても、クライスの態度は変わらなかった――青ざめて気絶しかけるブランドーとは異なり。


「今日は重要なお話がありまして」


「さっさとしろ。オレたちは雑貨屋に買い物にいくという用事があるんだ」


「はい。そう仰るだろうと思いまして――」


「思いまして……!?」


 クライスがブランドーの手を借りつつ、木箱を室内に持ち込んだ。


「例の雑貨屋から買い取ってまいりました。取り置き分の全てです。費用は豚男爵の遺産で支払いましたので、ご笑納ということで」中を見れば間違いない。子供用の衣服に玩具、その他めぼしいもの全てが梱包されていた。


「お前……。どうして取り置きの件を知った!?」


「諜報は得意ですから。これにて本日のご用件は消滅した――と考えてよろしいですね?」


 クライスの左目にかけたモノクルがきらりと光る。それが心を見透かすように見えて、アルフレッドは横を向いた。


 その不機嫌さなど意に介さないクライスは、ブランドーを伴っては席につく。そして仏頂面を震わせては、こう呟いた。


「あぁ、今日はラムレーズン乗せですか。この深い酸味が、焼き立ての香ばしさと相まって絶妙ですね」


「さっさと本題に入れ。ひねりつぶすぞ」


「失礼、魔王様。いえ、我が領主様」


「はぁ?」アルフレッドは思わず間の抜けた声が出た。


「単刀直入に申し上げます。レジスタリアを支配していただけませんか?」


「フザけんなバカ野郎!」


 拳を振り上げたアルフレッドは、怒り任せにテーブルに叩きつけようとして――やめた。壊せば手間が増える。だから自分の太ももに振り下ろした。


「なんでオレがそんな事しなきゃならねぇ。面倒に巻き込むな。帰れ帰れ!」


「ここは請けるべきかと。さもなくば、より一層状況が悪くなります」


「どういう事だよ」


「順を追って説明致します」


 まずはレジスタリアの現状。領主トルキンは地下室のガレキに消え、駐留軍も逃げ去った。今は数千もの住民と僅かな自警団だけが残るという、空白地帯となっていた。


 それを本国のプリニシア王国が許す訳がない。新たな領主に側近、そして多くの騎士団を派遣することは確実だ。それは魔王と戦う前提の軍であり、トルキンの私兵とは比較にならない精鋭を相手取る事になる。


 そうなる前にレジスタリアを支配して、本国を牽制してしまえ――というのがクライスの意見だった。


「次にレジスタリアを支配するのは、恐らく王家に連なる重鎮です。国の威信を賭けた戦いになりますので、泥沼の様相を呈するやもしれませんな」


「人間ごときが100万人来ようとも、一瞬で皆殺しにしてやる」


「頼もしいですな。しかし敵兵は森を焼き払い、原野を踏み荒らすでしょう。この美しい景色が焼け野原になり、無数の亡骸に埋め尽くされる。それを望まれますか? その惨状を果たして、娘御が堪えきれるでしょうか」


 痛いところを突く――と魔王は唸る。クライスの眼力はなかなかのもので、数度の観察だけで関係性を理解していた。魔王の泣き所も把握し、くすぐり方まで心得ていた。


「この森を戦火に焼かれないために、レジスタリアを前線基地にしろと言いたいわけだな?」


「まさしく。幸いなことに、レジスタリアは大陸南部の魔獣と対抗するために建てられた軍都です。防衛力は高いと思います。それに優秀な兵もおります」クライスが隣のブランドーの肩を叩いた。


「彼は義にあつき男。住民から信頼され、剣も使えます。重役を任せたなら良い働きをするでしょう」


「は、はは、頑張りますよ魔王様……!」


 ブランドーは声を震わせて言う。頼りになるようには見えないが、悪人でないことは、瞳を覗き込めば理解できた。


「どうしてそこまで?」魔王は問いかけると「何がでしょうか」とクライス。


「お前が奔走してまでレジスタリアを守る理由だよ。なぜ他の兵士みたいにプリニシアへ逃げないんだ」


「私はレジスタリアの生まれですので、故郷を捨てられません。それに――」


「それに?」


「魔王様とお近づきになれば、このような褒美にあずかれます。いやはや、なんとも、素晴らしいじゃありませんか」


 クライスが宝石でも愛でるように、クッキーを指先で撫でた。その光景がアルフレッドの琴線に触れ、不協和音を心にかき鳴らした。


「シルヴィ、ミレイア、お菓子が余ってるぞ。片付かないから食べてくれ」


「えっ、そんな!?」驚愕するクライスは、奥から足音を聞いた。跳ねるようなものが2人分。子供たちはクッキーで満たされた皿を2枚とも手にしては、階段の上を駆け上っていった。最後にグレンが「お騒がせしました」と頭を下げて立ち去っていく。


 クライスの手がわなわなと震えた。テーブルには、ぬるくなった紅茶が残るのみだ。


「お前らの言いたいことは分かった。考えるから、今日はもう帰れ」


「あぁ、ああぁ! 私の至宝が、喜びがぁ……!」


 クライスがテーブルに突っ伏して泣くので、ブランドーが抱えて帰ろうとする。しかしクライスは溶接でもされたように、その場からビタリと動かなくなった。


 アルフレッドは構っていられないと、横を向いた。


(レジスタリアを支配しろって。それは実質、人間どもをプリニシアから解放しろってことか?)


 眉を潜める。正直なところ、人間たちがどうなろうと構わない。特に南部人は獣人に対して不寛容だ。


(でもなぁ。シルヴィに大きな街でも遊ばせてやりたいし)


 育児だけを考えたなら、この家と森だけで十分だ。大自然から教わる事も多い。しかしそれはあくまでもアルフレッドの意見であり、本人の意志ではない。シルヴィアの気持ちも尊重すべきで、彼女は街の散策を心から楽しみにしていた。


(頭ごなしに拒否、というのは良くないか)


 シルヴィアたちが2階から駆け下りてくる。そしてクマのぬいぐるみを片手に庭へと出ていった。子供たちは今日も元気そのものだった。


「リタさん。追加のクッキーはありませんか? 不運にも取り上げられてしまいまして」


 人間は守るに値するか、それとも――。それを審判するべきとも魔王は感じていた。


「材料が無いのですか。では私が調達してきます。何が必要ですか?」


 長寿のアルフレッドは、それだけ多くの確執を抱いている。心の奥深くに突き刺さる過去が、人間嫌いの根っこである事を、明確に自覚していた。


「大丈夫です。今日はもう予定がないので、いつまでも待てます。それこそ夜中まで――」


「お前らいつまで居座る気だ! 今すぐ出ていけ!」


 菓子が欲しいとゴネ続けるクライスを、ブランドーとともに追い出した。もし仮に人間を助ける事があったとしてもクライスは滅ぼすべきだ――と、この時に魔王は思ったとか、そうでないとか。


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