表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

17 戦火に落ちる流星群

 オーガプラントが巨大な茎を、野太いツルを蠢かせた。それは魔王を怯えているようでも、あるいは武者震いのようにも見える。アルフレッドにとって、どちらでも良かった。


「おい、遅滞行為やめろ。さっさと終わらせんぞ。オレは早く家に帰って風呂に入り、シルヴィとお馬さんごっこをやる予定がある」


 挑発はオーガプラントに刺さった。巨大な魔獣には、いつの間にか自我が萌芽のごとく目覚め始めていた。レジスタリア人の魔力を粗方吸い取った事が大きかったようだ。


 瞳のない顔の大口を開いては、夜空に向かって奇声を発した。そして無数のツルを掲げては、魔王に向けて叩きつけた。まるで投網のようで、抜け出る隙間はどこにもない。攻撃に巻き込まれた街路樹が、枯れ枝のようにアッサリとへし折られていった。


「つまんねぇ事すんな」


 アルフレッドは蚊を追い払う仕草で、そのツル全てをはたき落とした。弾かれたツルは、それだけの事で粉々に弾けて、辺りに汁を撒き散らした。


「どうしたバケモノ。これで終わりか?」


 一歩ずつ踏みしめながら歩み寄るアルフレッド。そして、うろたえるオーガプラントに右手を掲げた。


「さて、雑草を根絶やしにするには、焼くのが良いのかな」


 その手のひらに青白い光が宿る。高純度の魔力が集約され、放たれる時を待った――が、その時だ。突然アルフレッドの背後を何かが襲った。それは本体から離れたツルで、瞬く間に拘束することを成功した。


「へぇ。オレの魔力を吸うつもりか? やってみろ」


 アルフレッドは抵抗するどころか、されるがままになった。同時に腹から力を放出してゆく。するとツルは瞬間的に大きく膨らんだかと思うと、内側から破裂し、背中がズタズタになって倒れた。辺りには湿った外皮が花粉のように舞い散った。


「おいバケモノ、良いことを教えてやる。お勉強の時間だぞ」


 全くもって無傷のアルフレッドは、講釈を始めた。オーガプラントに向かって一歩ずつ踏みしめて、距離を詰めながら。


「魔力ってのは、どういう理屈か、生存期間に依存するんだよ。子供は小さく、大人は大きい。さらに言えば長命の種族はだいたい、人間より強くなる傾向にある。お前が無敵の強さを誇ったのも、長生きした魔獣だからだ」


 アルフレッドはなおも歩を進めていく。迎撃のためのツルは全て粉々だ。


「お前は何歳だ。400か? それとも500? まぁそんだけ生きたら、人間にとって畏怖されるくらい強くはなるだろう。オレに比べたら、ガキみてぇなもんだがな」


 石畳に横たわるツル、先端が裂けている。それをアルフレッドが踏みにじった。


「オレはこの星で最初に生まれた『原初の生物』だ。お前とは桁が違うんだよ、桁が」


 アルフレッドは、かざした右手をオーガプラントに向けた。「はい勉強終わり。じゃあな」右掌に青い光が煌めく。輝きは増していき、臨界点を迎えると、闇夜に眩い光がほとばしった。


「穿て! 炎龍!」


 魔王の右手から解き放たれた龍は、燃え盛りながら虚空を駆け抜けた。そしてオーガプラントの身体を容易く食い破り、そのまま夜空に登っていった。


 まさに一瞬の出来事だった。レジスタリアを恐怖のるつぼに落とし込んだ巨大な魔獣は、たったの一撃で討ち果たされたのだ。残されたツルや茎も静かに燃えて、石畳を黒く焦がした。


「うん、やっぱり弱い。準備運動にもならねぇわ」


 そのまま帰ろうとしたアルフレッドは、1つだけ仕事が残っている事を思い出す。魔獣の亡骸の上で漂う光球こうきゅうを見たからだ。それは七色を帯びたもので、全体が赤に青にと色味が移り変わり、ひと時さえも定まらない。


「こいつの処理をしねぇと。また何か別のモンが生まれちまうか」


 光球に手をかざす。これを還すのか、それとも――。アルフレッドの眼差しは遠くを見た。彼の脳裏に浮かぶ記憶。血を流し続けた歴史。終わらない負の連鎖。この星での出来事を知る彼は、苦々しい過去を振り返っていた。

 

 命を還そう――と思った瞬間、なぜか子どもたちの事を思い出してしまった。はつらつと働くグレンに、シルヴィアと手を取り合うミレイア。不思議と決意が大きく揺らいだ。


「チッ……。今回だけだぞ」


 アルフレッドは握りつぶす仕草をした。すると光球はつぶれて弾け跳んだ。白い粒子が空に舞い、長い尾を引きながら落ちてくる。レジスタリアに流星群でも降り注ぐかのようだ。


 すると街のあちこちから歓喜の声が響いた。「パパ、生きてたんだね!」「あぁ神よ! なんという奇跡!」という声が鳴り止まなくなる。


 全て聞き流しては帰ろうとするアルフレッドを、ネコの鳴く声が呼び止めた。聞き慣れたもの、彼のペットである黒猫のモコだった。


 モコは機嫌良く笑うと、魔王の肩に飛び乗った。


「珍しいね。まさか君が人間に慈悲を与えるだなんてさ。心境に大きな変化があったようだね」


「うるせぇな。文句あんのかよ」


「僕としては嬉しいよ。君は人間を酷く恨んでたから。そろそろ許す気になってくれたかな?」


「んなわけあるか」


「でも、グレンたちは受け入れたよね?」


「あいつらは良いやつだ。でも嫌な野郎は腐るほどいる」


「まぁ、そこは否定しないけども」


「もういい。帰るぞ」


 一息で屋根に飛び乗ったアルフレッドは、ホウキに乗って飛ぶリタを、それから他の仲間たちと合流した。


 そして夜空を飛んで帰還する。


(人間を許すだって? そんな事できるかよ。利用する事はあっても、共存なんてな……)


 アルフレッドは夜空を舞いながら、足元を見た。レジスタリアの住民が抱き合って喜ぶ姿がいくつもある。今回だけだぞ――もう一度つぶやいた。


「ただいまシルヴィ!」


 帰宅して、魔王が勢い良くドアを開いた。するとダイニングテーブルから犬耳の笑顔がひょっこり現れた。


 そして駆け寄る。その拍子に、テーブルに高く積み上がった積み木が崩れてしまうのだが、シルヴィアは意に介さない。そして父の胸に飛びつく。


「おとさん、おかえりなさい!」


 熱烈な歓迎を、両腕で受け止めたアルフレッドは静かに思う。この子が元気でいてくれたら十分で、それだけは何があっても成し遂げる――と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔獣を全く意に介さず倒す圧倒的な力に加えて、つんd……気まぐれなところはさすが魔王様。 でもこういった植物系モンスターは超が付くほどしぶといのがお約束。 例え一片残さず灰にしても、その灰から不死鳥の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ