17 戦火に落ちる流星群
オーガプラントが巨大な茎を、野太いツルを蠢かせた。それは魔王を怯えているようでも、あるいは武者震いのようにも見える。アルフレッドにとって、どちらでも良かった。
「おい、遅滞行為やめろ。さっさと終わらせんぞ。オレは早く家に帰って風呂に入り、シルヴィとお馬さんごっこをやる予定がある」
挑発はオーガプラントに刺さった。巨大な魔獣には、いつの間にか自我が萌芽のごとく目覚め始めていた。レジスタリア人の魔力を粗方吸い取った事が大きかったようだ。
瞳のない顔の大口を開いては、夜空に向かって奇声を発した。そして無数のツルを掲げては、魔王に向けて叩きつけた。まるで投網のようで、抜け出る隙間はどこにもない。攻撃に巻き込まれた街路樹が、枯れ枝のようにアッサリとへし折られていった。
「つまんねぇ事すんな」
アルフレッドは蚊を追い払う仕草で、そのツル全てをはたき落とした。弾かれたツルは、それだけの事で粉々に弾けて、辺りに汁を撒き散らした。
「どうしたバケモノ。これで終わりか?」
一歩ずつ踏みしめながら歩み寄るアルフレッド。そして、うろたえるオーガプラントに右手を掲げた。
「さて、雑草を根絶やしにするには、焼くのが良いのかな」
その手のひらに青白い光が宿る。高純度の魔力が集約され、放たれる時を待った――が、その時だ。突然アルフレッドの背後を何かが襲った。それは本体から離れたツルで、瞬く間に拘束することを成功した。
「へぇ。オレの魔力を吸うつもりか? やってみろ」
アルフレッドは抵抗するどころか、されるがままになった。同時に腹から力を放出してゆく。するとツルは瞬間的に大きく膨らんだかと思うと、内側から破裂し、背中がズタズタになって倒れた。辺りには湿った外皮が花粉のように舞い散った。
「おいバケモノ、良いことを教えてやる。お勉強の時間だぞ」
全くもって無傷のアルフレッドは、講釈を始めた。オーガプラントに向かって一歩ずつ踏みしめて、距離を詰めながら。
「魔力ってのは、どういう理屈か、生存期間に依存するんだよ。子供は小さく、大人は大きい。さらに言えば長命の種族はだいたい、人間より強くなる傾向にある。お前が無敵の強さを誇ったのも、長生きした魔獣だからだ」
アルフレッドはなおも歩を進めていく。迎撃のためのツルは全て粉々だ。
「お前は何歳だ。400か? それとも500? まぁそんだけ生きたら、人間にとって畏怖されるくらい強くはなるだろう。オレに比べたら、ガキみてぇなもんだがな」
石畳に横たわるツル、先端が裂けている。それをアルフレッドが踏みにじった。
「オレはこの星で最初に生まれた『原初の生物』だ。お前とは桁が違うんだよ、桁が」
アルフレッドは、かざした右手をオーガプラントに向けた。「はい勉強終わり。じゃあな」右掌に青い光が煌めく。輝きは増していき、臨界点を迎えると、闇夜に眩い光がほとばしった。
「穿て! 炎龍!」
魔王の右手から解き放たれた龍は、燃え盛りながら虚空を駆け抜けた。そしてオーガプラントの身体を容易く食い破り、そのまま夜空に登っていった。
まさに一瞬の出来事だった。レジスタリアを恐怖のるつぼに落とし込んだ巨大な魔獣は、たったの一撃で討ち果たされたのだ。残されたツルや茎も静かに燃えて、石畳を黒く焦がした。
「うん、やっぱり弱い。準備運動にもならねぇわ」
そのまま帰ろうとしたアルフレッドは、1つだけ仕事が残っている事を思い出す。魔獣の亡骸の上で漂う光球を見たからだ。それは七色を帯びたもので、全体が赤に青にと色味が移り変わり、ひと時さえも定まらない。
「こいつの処理をしねぇと。また何か別のモンが生まれちまうか」
光球に手をかざす。これを還すのか、それとも――。アルフレッドの眼差しは遠くを見た。彼の脳裏に浮かぶ記憶。血を流し続けた歴史。終わらない負の連鎖。この星での出来事を知る彼は、苦々しい過去を振り返っていた。
命を還そう――と思った瞬間、なぜか子どもたちの事を思い出してしまった。はつらつと働くグレンに、シルヴィアと手を取り合うミレイア。不思議と決意が大きく揺らいだ。
「チッ……。今回だけだぞ」
アルフレッドは握りつぶす仕草をした。すると光球はつぶれて弾け跳んだ。白い粒子が空に舞い、長い尾を引きながら落ちてくる。レジスタリアに流星群でも降り注ぐかのようだ。
すると街のあちこちから歓喜の声が響いた。「パパ、生きてたんだね!」「あぁ神よ! なんという奇跡!」という声が鳴り止まなくなる。
全て聞き流しては帰ろうとするアルフレッドを、ネコの鳴く声が呼び止めた。聞き慣れたもの、彼のペットである黒猫のモコだった。
モコは機嫌良く笑うと、魔王の肩に飛び乗った。
「珍しいね。まさか君が人間に慈悲を与えるだなんてさ。心境に大きな変化があったようだね」
「うるせぇな。文句あんのかよ」
「僕としては嬉しいよ。君は人間を酷く恨んでたから。そろそろ許す気になってくれたかな?」
「んなわけあるか」
「でも、グレンたちは受け入れたよね?」
「あいつらは良いやつだ。でも嫌な野郎は腐るほどいる」
「まぁ、そこは否定しないけども」
「もういい。帰るぞ」
一息で屋根に飛び乗ったアルフレッドは、ホウキに乗って飛ぶリタを、それから他の仲間たちと合流した。
そして夜空を飛んで帰還する。
(人間を許すだって? そんな事できるかよ。利用する事はあっても、共存なんてな……)
アルフレッドは夜空を舞いながら、足元を見た。レジスタリアの住民が抱き合って喜ぶ姿がいくつもある。今回だけだぞ――もう一度つぶやいた。
「ただいまシルヴィ!」
帰宅して、魔王が勢い良くドアを開いた。するとダイニングテーブルから犬耳の笑顔がひょっこり現れた。
そして駆け寄る。その拍子に、テーブルに高く積み上がった積み木が崩れてしまうのだが、シルヴィアは意に介さない。そして父の胸に飛びつく。
「おとさん、おかえりなさい!」
熱烈な歓迎を、両腕で受け止めたアルフレッドは静かに思う。この子が元気でいてくれたら十分で、それだけは何があっても成し遂げる――と。