16 戦時下ショッピング
締め切られたドアを叩く。看板を見上げると雑貨屋で、子供向けの商品も多く扱う店だった。
「まぁ、閉店してるよな。遅い時間だし」
訪れたのは魔王アルフレッド――人肉を求めてさまよう魔獣ではなかった。辺りを跋扈していたツルの獣は、道々に倒れて動かなくなった。力任せに引きちぎられた跡が生々しい。吹き出した樹液が、辺りを雨後のように濡らしていた。
「じゃあ、窓から失礼しますよっと」
雑貨屋に侵入したアルフレッドは、床に散乱する商品を次々と手に取った。衣類、食器、仕掛け細工。「これはシルヴィに」「このサイズならグレンが着られる」と呟きながら、一抱えの量を選り分けた。
そこでアルフレッドは、人の気配を察知した。店の片隅に積み上がるテーブルと、その中に潜む2人。まだ若い。アルフレッドが歩み寄ると、小さな悲鳴が響いた。
「お前ら、ここの店のやつらか?」
問いかけに反応がなく、苛立つ。「聞こえねぇのか」すると男のほうが「そうです!」と声を絞り出すように叫んだ。
アルフレッドは鼻息を鳴らすと、両腕に抱えた品物をカウンターに置いた。そして当然のように言う。「取り置きしておけ。明日買いに来るから」
雑貨屋を営む2人は唖然とするしかなかった。生き死にを分ける瀬戸際に、何を言っているのかと――。
無反応のままでいる2人を、アルフレッドは誤解してしまう。
「あ? もしかして定休日とか?」
あまりのノンキさに、店主の方がしびれを切らした。
「そうじゃなくて、アンタはいったい何を言ってるんだ! もう店がどうのって状況じゃないだろう?」
「ん、あぁ〜〜。なんかスゲェ散らかってるしな」
「そこじゃない! 店どころか、明日まで生きてられるかも分からないのに!」
店主の喚き声は強く響いた。それが魔獣を呼び寄せてしまった。窓がけたたましい音とともに割れて、1体のツルが侵入した。
「ひぃぃ! き、来たぁ!?」
お手製の槍を握りしめる店主は、腰を抜かした。ツルに食われた者の運命なら既に何度も見てきた。生気を吸われて枯れ木のようになって死ぬ。その末路が見えてしまい、避けられぬ未来に恐れおののいた。
ツルは蠢いては先端を彷徨わせた。室内に3人、誰を襲うか悩んだらしい。そうして標的に選んだのは、最も魔力を持つ魔王アルフレッドだった。
目にも止まらぬ早さで飛んだツル。本能のおもむくまま、相手の身体に巻き付こうとする――が、容易く魔王によって掴み取られてしまう。
「うぜぇなオイ、殺すぞ」
アルフレッドはツルを両手で掴み、無造作に引きちぎった。甲高い奇声とともに樹液が撒き散らされる。濡れた商品を前に「やべっ、これ買い取りじゃねぇよな?」とノンキな事を口走った。
そこへ更にツルの魔獣が、立て続けに3匹現れては、アルフレッドは目に見えて苛立った。
「アシュリーの奴。何が『陽動ならおまかせ〜〜』だよ。失敗してんじゃねぇか!」
言い終える前にツルが飛びかかってくる。魔王は掴み、引きちぎろうとしてやめた。同時に3匹を相手取り、それらを固結びでひと繋ぎにしては、窓から放り投げた。
そして気だるい声で付け加えた。
「明日、頼むぞ。トンボ返りなんて面倒すぎる。この騒ぎも今夜のうちに終わるから」
「アンタは……何者なんだ?」
「アルフレッドだ。森の中で魔王とかやってる」
「ま、魔王!?」
店主の心はグチャグチャだ。突然、植物に襲われて死地に陥ったかと思えば、魔王に救われるなど。怖がるのか、すがりつくのか、何が正解だろうか――頭の中は大混乱で、何か喋ろうにも言語のていを為していない。
ダメ押しにアルフレッドは「頼んだからな」と言って、店から出ていった。
「さてと。あのでっけぇ奴を始末しねぇとな」
顔を夜空の方に向けては、大きなため息を吐いた。街をうろつくツルの魔獣は、巨大な魔獣オーガプラントから生まれては戻っていく。集めた養分を本体に持ち運ぶためだった。
「こんなバケモノ、誰が呼び出しやがった。オレの手を煩わせやがって。見つけたらブッ殺してやる」
静かに憤るアルフレッドのもとへ、1人の天人が舞い降りた。白い翼に麗しい容貌をもつ『完璧美少女』ことアシュリーである。
「アルフ、お仕事完了しましたぁ〜〜。もう入れ食い状態で、我ながら完璧な仕事ぶりが恐ろしいですよ」
額に浮かぶ爽やかな汗を、アシュリーは指先で拭った。だがその顔はアルフレッドの手によって摘まれてしまう。ご自慢の美しい顔は、唇を無理やり尖らせて、タコのようになる。
「何するんれすか〜〜。やめへぇ〜〜」
「完璧だと? メチャクチャ取りこぼしてたぞ、勝手に達成感に酔いしれてんじゃねぇ」
「数が多すぎるんですよぅ。だってほら、あんなに集めたんですから」
アシュリーが建物の向こうを指さした。屋根の上に登ったアルフレッドは、大通りの噴水広場を見た。
そこでは、土のうのように積み上がるツルの身体と、獅子奮迅に暴れまわる女剣士の姿があった。
「ハーーッハッハ! お前たちの力はそんなものか! それでは傷1つつけられんぞ!」
狂乱状態のエレナだ。四方から押し寄せるツルの猛攻を華麗にかわし、立て続けに斬撃を浴びせている。凶暴な笑みは、頭が脳汁であふれている証拠だった。
「見ての通りです。もう百匹は屠ってますから、あのゴリラ女」
「つうことは、やっぱり本体をブチのめさないとダメだよな?」
「そうですねぇ。ツルは延々と生み出されてますから。こっちに誘導するにしても、薬に限度がありますし。今のうちに大ボスを殺さないと滅亡じゃないです?」
アシュリーが腰にさげた小袋を叩いた。出掛けに見たときよりだいぶ細くなっている。
アルフレッドは鼻から長い息を吐いた。
「分かった分かった。シメはオレがやるから。お前らはツルを相手にしてろ」
アルフレッドは屋根を飛び、夜空を舞った。オーガプラントの姿がみるみるうちに大きくなる。
そしてレンガ造りの屋敷――領主館の屋根――に降り立った時には、すでに至近距離だ。オーガプラントが無数のツルを掲げては、アルフレッドを見た。
「よぉ。随分と好き勝手に遊んでるようだな。まぁ、強いやつの特権だよ。気ままに振る舞うってのは」
アルフレッドはにやりと笑った。
「白黒つけようか、どっちが強いか」
1人の青年と巨大生物が、闇夜で睨み合う。その体格差は測るまでもないほど、天と地の開きがある。それでもアルフレッドは、仕草のひとつひとつに、気怠さと傲慢さを滲ませた。