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15 争乱のレジスタリア

 なんの前触れもなくレジスタリアは襲われた。街のど真ん中に現れた魔獣に、住民はパニックに陥り、城門から外へ逃げ出した。しかし、郊外まで落ち延びたのは僅かなもので、大半は街に取り残された。


 往来を這いずる無数のツルに逃げ道を塞がれてしまい、屋内に立て籠もるしかなかったのだ。それは自宅、集会所、そして教会――。大勢で身を寄せ合いながら、突然すぎる戦乱に嘆き悲しんだ。


「扉を塞ぐぞ! 重たいもん持って来い!」


 街の教会で防衛の音頭をとるのは自警団だ。短く切りそろえた茶髪頭に、角張った体つきの青年――名をブランドーと言う。住民からの信頼も厚く、この場でも頼りになる存在だった。


「何でも良い、とにかくドアの前に!」


 テーブルに椅子、麻袋と、手当たり次第に並べてバリケードにした。ドアを施錠しただけでは破られかねない。


「来たぞ! 防げ防げ!」


 ドアを激しく叩く音が鳴り響く。同時にミシミシと嫌な音も重なる。そこへブランドーを始めとした、避難民の男たちがバリケードを押し返す。必死の形相だ。破られれば命はないと、全員が理解している。


 やがて扉から圧力が消える。向こう側でズルリズルリと、重たいものを引きずる音が聞こえだす。するとブランドーたちは大きく息をついた。「助かった……」疲労の窺える顔に汗が流れていく。


 避難民たちも胸を撫で下ろした。すると、これまで辛抱を重ねてきた少年が、不満を強く口にした。


「ママ、お腹すいたよぅ」母親は困り顔になりながらも叱った。「我慢しなさい。ここには何も無いのよ」「お腹すいたもん! もうガマンできないよ〜〜!」


 少年が声をあげて泣き喚いた。他の避難民は、その親子を冷たく睨みつける――泣きたいのはみんな同じだよ――と言いたげな目つきだ。


 するとブランドーが少年に歩み寄った。胸元から小さな小袋を取り出し、渡した。


「ボウズ、これでも食ってろ。塩辛いから一気に食うなよ」


 袋を開けば、干し肉の板が数枚だけ入っていた。


「くれるの? ありがとう、おじちゃん!」


「これが終わったら美味いもん食わせてやるよ。だからあとちょ〜〜っとだけ、大人しくしてくれよな」


 あと少しで終わるだなんて、何の根拠もない。ブランドーは笑顔の裏で大人の嘘を噛み締めた。胸の中に苦いものがジワリと広がった。


 今のレジスタリアに魔獣と対抗するだけの力はない。主戦力の正規兵や、トルキンの私兵は既に逃げたあとだった。街に残された戦力は自警団くらいで、それも散り散りになって連携がとれない。


(いや、たとえ全員で戦ったとしても、オレたちの力じゃ……)


 街をうろつくツルの魔獣だけでも厄介なのに、街中央に居座る巨大な植物、あれだけはどうにも出来ない。もはや人の手に負える相手ではなかった。


 とにかく堪えるばかり。嵐が過ぎ去って、状況が変わることを祈りつつ。


「ブランドー! 来るぞ!」


 誰かが叫んでは、バリケードを押さえつけた。若い男たちで再び抑え込む。すると、ドアが激しく叩かれた。ドンドン、ミシリ。今度は執拗だ。しかも叩く回数が多い。複数のツルが攻めかけてきたせいだった。


「はやく行っちまえ、諦めやがれ」


 念を込めながら押し込む。だがついにドアは破られた。木片が辺りに飛び散り、かんぬきもへし折られた。


 ツルの魔獣による攻勢は続いた。太い身体を持ち上げては叩きつけた。それは屋根を貫き、バリケードを真上から押しつぶす。たったの一撃でテーブルは砕かれて、破砕した袋も中身の肥料を床にばらまいてしまう。


 蹂躙の道が開いた――正面で蠢く2匹、その背後には夜闇と星あかりがあった。


「窓から逃げろ! 急げ!」


 片手剣を引き抜いたブランドーが敵を睨んだ。ツルの先端は探るように宙をまさぐる。来る――そう感じた瞬間、彼は伏せる動作とともに剣を振った。


 そこへツルの身体が飛び込んだ。刃は見事に敵影をとらえ、腹を深く切り裂いた。透明な樹液が飛び散る。斬られたツルは床をのたうち回り、やがて動かなくなった。


「よし、まずは1匹!」


 息を大きく吸って構える。ツルも先端を蠢かせるが、向きに違和感を覚えた。「まさか……!」先端が止まる。狙いはブランドーから逸れて、窓の方。そこにはまだ、逃げ惑う住民の大勢が取り残されていた。


「フザけんなよバケモノ野郎!」


 ブランドーは咄嗟に跳んだ。ツルも身体を縮めてから、放たれた矢のように飛ぶ。


 どちらも狙いは1人の少年で、その小さな手には干し肉入りの袋があった。


「伏せろ!」


 ブランドーが少年に体当たりを浴びせる――次の瞬間。身代わりになる形で、ツルに全身を囚われてしまった。


「おじさん!」少年が駆け寄ろうとするのを怒鳴りつけた。「来るな、とっとと逃げろガキが! 足手まといなんだよ!」「でもおじちゃんが!」「オレなら大丈夫だから、早く……!」


 逃げて欲しい一心で出した怒声も、気力を振り絞っての事だ。ツルの内側に現れた吸盤が肌に吸い付き、力を急速に奪われていく。抜け出すどころか、剣を握る力すらも失ってしまった。


「オレも、ここまでか……」


 ブランドーの脳裏には、幼少期の光景が甦る。身寄りのない浮浪児だった。朝も夜もなく路地裏をウロついて回り、何か口にできるものを探す日々。常に腹を減らしていたし、明日には飢えて死んでるかもしれないと、何度考えたことだろう。


 困窮する彼を助けようとする手は、1つとしてなかった。そんな世界を、彼は憤慨して見ていた。


(オレは見捨てない! 皆を助けてやれる大人になってみせる!)


 幸運にも幼少期を生き延びて、剣を我流で学んでからは『強い大人』になることができた。だが、あくまでも井の中の蛙だった。伝説級の魔獣など現れてしまえば、このとおりだ。苦難の続く生涯が今ここに終わろうとしていた。


 それでもブランドーは小さく微笑んでいた。 


(ガキをかばって死ぬだなんて、上出来も良いところだ。あのまま、野垂れ死んでおかしくなかったオレが、随分と立派になったもんだぜ……)

 

 剣が手のひらを離れて床を打った。視界も明滅を繰り返し、反転するたびに闇が濃くなる。


 それと同時に、割れた屋根から人の声がした。妙にノンビリとした口調だった。


「大丈夫? 今助けてあげる」


 ブランドーは聞き慣れない声に反応した。幻聴かと思う矢先、肌を風がかすめていった。そして彼の身体は宙に放り投げられて、床に倒れ伏した。


 樹液に濡れながらも、ブランドーは辺りの様子を見た。ツルの身体は巨大な刃で斬られたように真っ二つだ。ブランドーの剣よりも鋭い切り口だった。


「あら、動く元気があるのね。立てる?」


「今はまだ……つうかアンタは誰……?」


 現れた女は、ありふれた麻のローブ姿だが、狐耳がついていた。獣人だ――そう見て取ると、思わず後ずさりたくなる。


 女は微笑みを浮かべたままで名乗った。


「私は狐人のリタ。魔王の奥さん候補の筆頭格よ。事情があって、あなたたちに手を貸してあげるわ」


「狐人……魔王の奥さん……?」


「候補といっても実質的には正妻よね。信頼されてるし、色々と手をつくしてるしねぇ〜〜」


 リタが両手を頬にそえながら、身体をくねらせた。それは何の照れだろうか。事情を知らないブランドーは理解できず、唖然とするしかなかった。しかしすぐに現実に戻ってきた。 


「なぁアンタ、魔術士なのか? だったら逃げた連中を守ってやってくれ! 今も街はバケモノだらけなんだ!」


「その心配は要らないかしら。私の仲間が陽動してるらしくて、例のバケモノを1箇所に集めようと――」


 リタが言い切る前に、新手のツルが教会に押し寄せた。崩れた入口に3匹。


「クソッ、次から次へと!」


「あら? アシュリーったら失敗したのかしら? あとで話を聞かせてもらわないと」


「つ、剣を……!」ブランドーは満足に動かない腕を伸ばそうとする。それは静かにたしなめられた。


「じっとしてなさい。その方が回復が早いもの」 


 リタは指先を青白く光らせた。そして虚空を叩くと、同じく青い波紋が宙でうねる。そのうねりに合わせて空間が歪み、突如として白刃が出現した。


 それは風の刃で、眼にも止まらなぬ速さで駆け抜けた。ツルの真ん中に直撃。避ける予備動作すら許さず、文字通り真っ二つに斬り裂いてしまった。


「つ……強ぇ……」


 瞠目するブランドーは、へたり込んだままでリタを見上げた。涼しげに微笑む横顔は、頼もしく、そして何よりも眩しく感じられた。


 彼は胸が熱くなるとともに思う。オレたちは助かったのだ――と。 

 

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せっかくの触手ものなのに、前々回捕まえたのは肥え太った醜い豚男で今回はおっさん剣士…… おまけに狙い定めてたのはお母さんじゃなく少年って…… これじゃぁ酒と女が大好物な鬼(オーガ)の名が泣くじゃない…
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