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第10話 トルキンの謀略

 レジスタリアの貴族街に、一際大きな屋敷がある。大理石や赤レンガのきらびやかな家屋――街を治める領主館だ。


 その執務室で、トルキン・バロン・レジスタリアは憤りを顕にした。首元を震わせ――贅肉のカーテンが隠して首は見えない――使用人たちを怒鳴りつける。ヴィラドが魔王一派に打ち倒されて以来、彼の機嫌はすこぶる悪い。


「偵察は戻らんのか! クライスの小僧め、いつまでノンビリしておるのか!」


 グラスに注いだワインを一息で飲み干すと、腹の奥底からゲップを鳴らした。酔いはむしろ不機嫌さを助長して、空になったグラスを床に叩きつけた。


 使用人たちがすっかり怯える中、屋敷の通路に足音が響く。敷き詰められた絨毯の上を、明確な意志の力が踏みつけていた。


 それは執務室の前で止まる。


「トルキン閣下、クライスです」


「やっと戻ってきおったか、このノロマめ! さっさと報告しろ!」


 入室したクライスは、リクライニングソファで吠えるトルキンを見た。怒るたびに首の肉がプルンと震える。クライスは笑い飛ばしたい衝動を覚え、どうにか堪えた。


「魔王軍の全てを網羅したものを記録しております」


「ならばさっさと見せよ!」


 使用人がカーテンを締め切った。すると、執務室は薄暗くなる。クライスは魔道具をまさぐり、白い壁の方に向けた。


 帰らずの森の光景が映し出された。


 まず、高い木の枝から1人が飛び降りた。赤髪をなびかせ、曇りなき刀身の長剣を携えし女剣士エレナだ。


『止まれ! ここは魔王アルフレッドの治める神聖なる森だ! 無闇に踏み荒らせば天誅がくだるぞ、このようにな!』


 エレナの指し示す方には、哀れにも木々にぶら下げられた男たちの姿が。記憶球もそちらに歩み寄り、その凄惨な処刑を足元から映していく。


 足首は革紐の靴。くるぶし、ふくらはぎは白く、肌もつややかだ。美しい弧を描くふくらはぎ、そして質感の良さそうな太ももが見えて、やがて形の良い尻肉が――。


「お、おい! 何だこれは!?」トルキンは椅子から転げ落ちそうになっていた。


「失礼、編集漏れです」


 尻はさておき、光景は処刑に戻る。吊るされた男たち、意識はあるものの、憔悴していることは明らかだ。小さく開かれた口から「許して」「助けて」と漏れている。


 記憶球の映像は、縛られた男たちを潜って、森のさらなる奥へ。それはさながら、仲間たちの死体を乗り越えて進軍するかのようだ。


「間もなく森を抜けて、魔王の本拠へたどり着きます」クライスが言う。


 すると確かに光景は変わる。抜けるような青空に豊かな草原が広がった。さらに記憶球は、木造の建物にフォーカスした。立方体の木材を積み上げ、霊峰のごとく姿形をした施設。それは作成途中で、仕上げとして頂点に最後の木材が置かれる。それと同時にチリンという音が鳴ったのは、木材の中に仕込まれた鈴が揺れたからだ。


 続けて童女の声も聞こえだす。


「見て見てミレイアちゃん! お城ができたの!」


「わぁすごい! さすがはシルヴィちゃんですね、お上手です!」


 何のことはない、魔王の居城として紹介されたのは積み木だった。若干引いて見れば、大草原でノビノビと遊ぶ少女たちの光景でしかない。


 それが分かるなり、巨漢の領主は苛立ちを募らせた。


「おいクライス! これは何なんだ!」


「お待ち下さい、いよいよ魔王の姿が――」


 クライスが告げるので、トルキンも不承不承、顔を映像に戻した。


 するとそこには、暗闇の中で椅子にふんぞり返る男の姿を見た。威圧感は強烈で、画面越しとは言え、睨まれるだけで背筋が凍った。


(この一見して平凡な男が……)


 街ですれ違うだけなら、一般人に見えたろう。しかし瞳に宿す獰猛な闘気、そして所作から微かにただよう凶暴さが、直感的に怖気を誘うのだ。


「逆らうやつは、皆殺しだ〜〜」


 魔王が平たい口調で言った。居住まいと比べてセリフは迫力に欠けていた。すかさず、ミレイアが傍らで平伏する。


「魔王様、こちらは愚かにも手向かった者の生き血と、臓物にございます」


「うむ、よきにはからえ〜〜」


「ははぁ! 我らが魔王様万歳!」


 ミレイアが2枚の小皿を捧げ持ちながら、頭をさげた。迫真の演技だった。やる気の欠如したアルフレッドと並べると、少女の仕草やセリフはとても自然だった。まるで普段から言い慣れてるかのように見える。


 するとそこへ、横から別の声が聞こえた。それは水を流す音も微かに混じっていた。


「ミレイアちゃん、それ終わったら小皿持ってきてちょうだい」


「はぁいリタ姉さま」


 態度をコロッと変えたミレイアが、画面の端にはけていく。小皿はグレンが受け取り「一旦洗わなきゃ」と言った。


「今日は鶏ソテーだからね。色々あったから、時間かかっちゃったわ」


 リタの日常あふれる言葉までもが、ナレーションのように響く。そして魔王は椅子に腰掛けたまま、不機嫌そうな顔を晒している。


 そこで暗闇に光が差し込んだ。風に煽られては視界が明滅する。演出用の暗幕が揺さぶられての事だ。そんな風に種明かしさせると、魔王の威厳も薄らいでしまう。


 極めつけに子供のはしゃぐ声――ぎゃおお食べちゃうぞ!――などと聞こえるので、もはや恐怖を感じ取る方が難しかった。


 そこで映像は途切れた。


「これにて魔王軍の調査報告を終わります、トルキン様」


「今のは何だったんだクソ馬鹿が!」


 トルキンの怒りももっともだと、クライスは思う。しかし気持ちで負けては悪い結果をもたらすとも感じて、持ち前のふてぶてしさで受け止めた。


「信じられないお気持ちは察します。ですが紛れもなく、今のが魔王の一派となります」


「そんな訳あるか! 今までオレの私兵が何度やられたと思ってる! こんなほのぼの一家が魔王の訳があるか! どうせ怖気づいて、帰らずの森から逃げ帰ったんだろう?」


 トルキンの配下に、幾度となく帰らずの森の調査を命じていた。素材の採集も兼ねての命令だったのだが、ことごとくが失敗した。配下は一応は帰還した。しかし全てが憔悴しきっており、何か聞き出そうとしても、恐怖心から喚くばかり。魔王への畏怖を語りはするが、それだけだった。


 魔王軍の実態も、風貌すらも分かっていないのが現状だ。だから諜報を重視してクライスを送り出したのだが――。


「貴様なんぞに任せたのが過ちだった。消えろ。2度と顔を見せるな!」


 怒気を膨らませたトルキンは、顔を赤黒くして震えた。しかし、それしきの事で怯えるクライスではない。


「はい、承知しました。それでは、おすこやかに」


 クライスは流れるような仕草でお辞儀をして、執務室を後にした。そして帰りの通路はスキップをきめる。


「やった、やった、これでもう豚男爵から解放されるぞ」


 その喜びに満ちた声は、執務室のトルキンにも聞こえた。グラスを叩き割る音がもう一度響く。


「クライスのやつを見張れ、いや、牢屋にブチこんでおけ!」


 使用人に喚き散らすと、今度は熟考した。横目に見た書斎の机には、本国プリニシアより届いた叱責の手紙がある。プリニシア王直筆で、レジスタリア地方の平定が遅れていることに憤激している様子が文から読み取れた。


「あの魔王さえ居なければ、冷や飯を食わされることもないのに……!」


 もはや調査などまどろっこしい。不意を打って攻め込み、魔王の首を取ってしまおう。それには大軍ではなく、少数精鋭が望ましい――そこまで考えた。


 結果、口にしたのは、とある冒険者の名前だった。


「狂犬の牙を呼べ、そして魔王討伐を命じろ!」


 大陸中を渡り歩き、数々の怪物と連戦した猛者たちである。実績も実力も、魔王を討ち倒すのに申し分ないはずだ。


 トルキンはここでようやく気持ちを落ち着けた。


(ふん、クライスの奴め、覚悟しておけ。処刑台送りにして、魔王の首と並べてくれるわ)


 トルキンは記憶球を手にとり、起動させた。そしてシーンを飛ばし、アシュリーのふとももの映像を堪能し続けるのだった。


 

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