ヒュミーカ
「まず、私は地球の人間ではありません」
藤原日美子は、そう言った。
「……」
梅田小鳥はどうリアクションしたものか迷い、目を瞬かせながら日美子の顔を覗くばかりだった。
「まあ。いきなりそんな事を言われても、信じられないですよね」
日美子は苦笑し
「ですが、今この空間が地球上のものでは無い事はご理解頂けますね?」
小鳥は頷く。この空間は、間違い無く地球上では有り得ない。
「私の本当の名はヒュミーカと申します」
「……」
地球の人間では無いのだから、まあ当たり前かも知れないが……
“何、その名前?”
ヒミコの捩りにしても、ちょっと酷過ぎないだろうか?
「順を追ってご説明致します」
日美子改めヒュミーカは真面目な表情で説明に入る。
「……」
小鳥は何が何だか分からなかったが……ここでゴチャゴチャ騒いでも先に進まないので、取り敢えずヒュミーカ女史の話を大人しく聞くことにした。
「私が地球の人間では無い、という事はお話しました。では、何処から来たのかと言いますと……」
ヒュミーカは呼吸を整え
「大ヤーマという世界から来ました」
「はあ」
小鳥は気の抜けた返事を返した。
「大ヤーマ、って事は……小ヤーマもあるって事?」
小鳥は思わず上げ足取りのような事を問うた。
「小ヤーマと言いますか……大ヤーマとは数あるヤーマ国の総称です」
「へえ」
「要するに、ヤーマと冠する国が幾つもあり、それを一纏めに総称したのが大ヤーマです」
「ふうん。つまり、ヤーマ=◯◯って国が幾つもあって、それを全部ひっくるめた呼び方が大ヤーマって事?」
「その通りです。貴女は理解が早くて助かります」
何やらしみじみとヒュミーカは呟いた。
「ん? 貴女は?」
その表現が引っかかり首を傾げる小鳥。
「おやおや。本当に察しの良い事」
ヒュミーカは苦笑いを浮かべる。
「は?」
小鳥は何やら嫌な予感がした。
「貴女が考えている通りですよ」
ヒュミーカは困ったような笑みを浮かべて肯定した。
「……」
小鳥は開いた口が塞がらなかった。と、いうことは……
「え、何? もしかしてクラスの子、全員にこんな風に異世界に行けって、やったの?」
小鳥は恐る恐る問うた。
「ええ。あのクラス、一年三組の皆さん揃って異世界、つまりは大ヤーマに行って頂きました」
「……」
予想を遥かに超える規模のヒュミーカの行為に、小鳥は絶句した。
「それで……ヒュミーカ、さんは何でまたこんな事をしたの?」
はっきり言ってヒュミーカの行為には疑問しか無いが……まずはそれを知らない事には始まらない、気がする。
「……」
ここに来てヒュミーカは話すのを躊躇っているらしく、押し黙ってしまった。
「んじゃあ、私……私たち? を大ヤーマに送り込んで何をして欲しい訳?」
そこで質問を変えてみた。しかし……
「……」
またもやヒュミーカは黙りである。
“おいおい”
小鳥は呆れ、内心で盛大に突っ込んだ。
“それが分からなきゃ、何にも判断出来ないじゃん!”
小鳥は溜め息を吐いた。
「あのさ……それを話してくれなきゃ、貴女に協力しかねるんだけど?」
小鳥は呆れ顔でそう告げた。
「……」
ヒュミーカは困ったという顔で小鳥を見つめてくるが……こっちはいきなり訳分からん空間に連れ込まれた挙げ句に異世界に行け、と言われているのだ。ある程度の事情くらい明かして貰わなければ協力なんて出来る訳が無いっての!
そんな訳で、小鳥は決して引かずにヒュミーカを睨みつける。するとヒュミーカは
「そうですね……貴女の仰る通りです」
と観念したように溜め息を吐いた。
「大ヤーマは現在、未曾有の危機に陥っているのです」
ヒュミーカは静かに語り始めた。
「その危機に立ち向かうには異世界の方々、即ち貴女方のお力が必要不可欠なのです」
「……」
小鳥はポカンとなった。この話、ごくごく最近何処かで聞いた(読んだ)ばかりの話だったからだ。
“え!? それって……?”
小鳥の脳裏に、とある物が思い浮かんだ。
しかし、具体的な事はまだ何も話されていない。そうだと断言するのは早過ぎる。
必死にそう思い、小鳥はヒュミーカの話に耳を傾ける。
「大ヤーマとは、先ほどもお話した通りヤーマという名を冠する国々を一纏めにした、いわば連合国です。私はその中の一国・ヤーマ=ティークという国の大巫女を務めております」
「……」
それを聞いた小鳥はポカンと呆気に取られた。何故ならば
“ヤーマ=ティークって……昨日私がやっていたゲームの名前じゃん!!”
昨夜、小鳥が夢中でプレイしていたゲームのタイトルはズバリ【ヤーマ=ティーク】であった。
“大ヤーマって聞いた時点で気づくべきだった……”
何となくしてやられた気分である。
“さっき、ヤーマ=◯◯の国が幾つもあるって聞いたばかりなのに”
そこに気づけなかったのは何か悔しい。
“ん?”
ここで、小鳥はふと思った。
”……と、いう事は、異世界って……つまりはゲームの世界に行けって事!?”
何ともWeb小説でよく見かけるような展開に、小鳥は頭が痛くなった。
“何か、他の連中が余り話を聞かなかった、みたいな理由が分かったかも……”
他の連中がどういう状況で呼び出され、ヒュミーカと話をしたのかは分からないが……
“この場合。Web小説だと、勇者だか聖女だかとして召喚、もしくは異世界転移するって、パターンなのか……”
だとしたら、クラスの連中はさぞかし希望と期待に満ちあふれていた事だろう。
だがしかし
“ヒュミーカさんの口ぶりから察するに、必ずしも予定どおりにさ進んでいない、って事かな?”
何がどう上手く行っていないのかは知らないが。
“多分だけど……クラスの連中、異世界転移に浮かれてヒュミーカさんの話を碌に聞かずに問題ばかり起こしてるとか、そんな感じ?”
一応クラスメイトとして、そんな事は無いと思いたいが……
“何かそういう、お約束をやらかしてる気がする……”
一度そんな考えが脳裏に浮かぶと、そうとしか思えなくなってきた小鳥であった。
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