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〈短編〉蜂蜜色の復讐

作者: はま


「きゃあああ!!!」


 私は、突然の悲鳴と轟音で目を覚ました。

 

 寮で寝泊まりしていた私は、既にもぬけの殻となった同居人のベッドを横目に、部屋のドアを開け放つ。


 ドアの向こうには、沢山の同僚が逃げ惑い、悲痛な叫び声が飛び交う地獄絵図が広がっていた。


 一体、何が。

 

 私は、通りすがった一人の女性を群衆から引き抜いて声をかける。


「ねえ、一体何が起こったの!?」

「襲撃よ!もうすぐ最終防衛ライン(ここ)も突破されてしまうわ!!」


 私は、その言葉を聞いて全てを悟った。


 ついに、来てしまったか。


 皆が恐れていた、「襲撃」が。


 それは、私たちには到底争うことすらも許されないような強大な力の権化「巨人」の襲来。


 私も、母から一度聞いたことがある。


 「巨人」と、奴らの起こす「襲撃」を受けた一国の末路について。


 「巨人」は、私たちの国が一定以上栄えると、それを見つけて破壊のために襲来する。


 奴らの「襲撃」が始まった瞬間、轟音と共に国中が暗闇に包まれ、何処からか発生した白い煙と共に次々と同胞達が倒れていくのだという。


 巨人の纏っている装衣は、勇敢な戦士達の攻撃を完全に防いでしまい、煙と物理攻撃による一方的な蹂躙を、何もなかったように継続する。


 それはまさに、理不尽極まりない暴力の権化。


 その最中(さなか)、私たち戦士は「王族」を守り、その種を絶やすまいとその命を散らせていく。


 その光景はまさに「地獄絵図」。


 母はなんとか生き延び、私を産み育ててきたと言っていた。


 私たち「戦士」は、最終防衛ラインこと、ここ「城塞都市ヘキサム」で、敵国戦士との戦い方、そして、如何にして「巨人」を足止めし、討伐するかの訓練を受け、来たるその時まで命を散らす覚悟を強要される。


 正直、そんなもの意味がないとわかっている。


 しかし、王族主権のこの国では、抗えない運命なのだ。

 受け入れなければ殺される、そういう世の中なのだ。


 さて、私もそろそろ出撃だ。


 ……やりたいことがたくさん残っている。


 その中でも、最も心残りがあるとすれば、もう一度、一口だけでもいいから「蜂蜜」というものを食べてみたかった。


 子どもの頃に、一度だけ食べたことがある、あの美しく、情熱的な甘味を、感動を、もう一度味わってみたかったものだ。


 もちろん、一兵士である私たちにそんなことが許されるはずがない。


 しかし、あの感動は、未来永劫、天国に行っても忘れることはないだろう。


 既に巨人に特攻を仕掛ける同胞達が、次々と空へ飛び立っていく。


 私も、特攻のための準備を整えて覚悟を決めた。


 ……どうせ死ぬんだ、せめて一矢報いてやる。


「……あなた、もしかして……」


 私に話しかけているのか?そう思いながら、私は声の方向へ振り向く。


「やっぱり……あなたも、もう行ってしまうの……」


 そこには、昨日まで共に衣食住を共にしていた、かつての同居人の姿があった。

 

 こいつも、もうじき戦士としての使命をまっとうするために特攻をするのだろう。


「私……いやだ、あんなのに勝てっこない!」


 ……やめろ、そんなこと言うな。覚悟が揺らぐじゃないか。


 そんなことを思っていると、突然彼女は私に近づいて話し始める。


「ねえ……最後に、私の話、聞いてくれる?」

「なんだ?」


 最期に、親しい奴と話すのは良いかもしれないな。


「私……ここから逃げようと思うの」

「……は?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 逃げるだと?何を言っているんだこいつは。


「私、あなたのことが好きなの」


 ……待て待て、嘘だろ?


「……私と一緒に、逃げない?」

「……」


 ちょっと考えさせ……いや、いい。


「分かった……逃げよう、一緒に」

「ほんとに!?」


 そう言いながら彼女は、半泣きで私に抱きついてくる。


 生き延びるか、自ら死にに行くか。

 私が選ぶなら、もちろん前者だ。


 泣いている彼女の肩を掴み、私は話しかける。


「ほら、そうと決まったら急ぐぞ」


 私は立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。


「……うん!」


 彼女は涙を拭い、私の手を取った。


 さあ、脱出開始だ。


 「こっちが手薄じゃないか?」

 「うん……そうだね……」


 特攻に見せかけて命を落とさない方法——


 「これしか、手段はない」

 

 「王族」、子ども、そしてその護衛以外は、「巨人」の足止めのための特攻に消費される。


 裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。


 「じゃあ、行くぞ」


 私たちは都市から飛び立つ。


 煙は、吸わなければどうということはない、すぐに空気中で濃度が薄くなる。一番の問題は——


 ブンッ!


「避けろッ!」


 咄嗟に急降下する私たち。


 鈍い音と共に、巨人の拳が左側から恐ろしい勢いで頭上を通過する。一撃でも喰らえば即死だろう。


「危ない、右!」


 その言葉で私は再び急上昇する。先の言葉がなければ私はどうなっていたか、考えただけで怖気がする。


「あとちょっと……!」


 私たちはそのまま巨人に向かって一直線に飛翔する。


 よし、このまま……!


 私たちは、巨人の首元あたりを沿うようにして通過、次の瞬間には、巨人の白い背中が見えた。


「……やったの?私たち」

「……ああ」

「やった……!これで……」


 そう彼女が言いかけた、その時だった。


 ビュン!


 先ほどとは違う、鋭い風切音。

 その音に気づいた時にはもう遅かった。


「何……これ……」

「くそぉ……」


 ()()()()()()()()()()()()()


 都市を蹂躙していた巨人の後ろに、もう一人がスタンバイしていたのだ。


 そいつが、巨大な網状の何かを手に持ち、私たちに覆い被せたのだった。


「なに……これ……重……!」


 網はとても重く頑丈で、到底、強行突破は無理だということがすぐに分かった。


 少しして、巨人が近くに寄ってくる。


 また、別の道具だ。

 

 パイプ状の何かの向こうには、捕獲されたであろう仲間達の亡骸が大量に、うずたかく積み上げられている。


 せっかく、ここまで来たのにな。


 初めて、「告白」とやらを受けたのにな。


 初めて……外の世界を見れたのにな。


 パイプの先端には穴が空いており、そこから死んだ同胞達が次々と吸い込まれていく。

 

 ……これが、最期か。


 もっと、良い景色を見たかったもんだ。


 せめて、彼女と一緒に……


「逃げて!!!」


 その声は、とても切ない泣き声にも聞こえた。


 彼女は、泣いていた。

 

 その横を見ると、私一人が入れるかどうかという隙間が網にできていた。


 「私は、あなたが幸せならそれで良いから……だからッ!」


 そう言っている間にも、パイプは私たちの元に近づいてくる。


 彼女は、いつもの無邪気な笑みを私に見せた。


「ばいばい」


 私は、彼女によって無理矢理その穴から網の外へと脱出させられる。


 私は、逃げた。


 胸が、苦しい。


 ふと、後ろを振り返った。


 しっかり、見えたよ。


 パイプの向こう側で、こちらを見ながら笑っている、彼女の亡骸が。


 私は、涙を流しながら飛び去った。



 その後は、巨人狩りに全ての生涯を費やした。


 王族が生きているか?

 そんなのは私に関係ない。


 私は、復讐するんだ。

 彼女を殺した、憎いこいつらに。


 驚いたことに、白い装衣を来ていない巨人の頭は黒かった。

 

 そして、復讐を初めて暫くして気づいたことだが、通常より一回りほど小さい巨人の頭を刺すとすぐに倒れて死んでいくことが分かった。


 私は、正しかったのだろうか?


 今、復讐に全てを注いでいる自分と、あの時の自分、彼女と一緒にいた自分。


 どっちが良いか?


 ……いや、そんなこと、考えてはダメだ。


 私は、必ずやり遂げなければ……ん?


 ふと、甘い匂いがした。


 この香りには、覚えがある。

 そうだ、あの時だ。

 子供の頃に一度だけ食べた、あの黄色い液体……


「……蜂蜜?」


 私は匂いに釣られて、とある場所にたどり着いた。


 違う国?いや、整然としすぎているし、門が低すぎる。こんなの、誰も入ることが——


 そう思いながら、私は門の前に降り立つ。


 次の瞬間、門から、私よりも小さい同胞達がぞろぞろと出てきた。


 彼らからは、蜂蜜の匂いがした。むせかえるような、甘い匂い……


 なあ、一口だけ……


 私は、小さく同胞達に身体中を埋め尽くされた。

 暑い。甘い。これが、てんご——


「ん?こりゃあスズメバチか、よくやったな、お前ら」


 そう言って私は巨人に摘み上げられて地面に投げ捨てられる。


 

 私は、自分の最期を悟った。

 私は、天国に行けるのだろうか。

 また、彼女に会えるかな——


 沢山の思い出が走馬灯のように蘇ってくる。

 その中でも、一番手の届く距離にあって、届かない夢——


「……はちみつ、もう一度……食べて……みたかったな……」


 こうして、駆除から逃げ延びた一匹のスズメバチは、その過酷な一生を終えたのである。






 

 



巨人は人間で、主人公と「彼女」はスズメバチだった……というオチです。楽しんでもらえたなら幸いです!では、またどこかで。

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