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8.運命の人

 身を屈めたレジスが酒場の入り口近くにいる二人の男に目を向ける。軍服は着ていないが、二人は店内を見回すようにキョロキョロしていた。

 ラミーナの言う通り、今朝の王国兵が自分達を探しに来たと見て間違いなさそうだ。

 しかし何故、この店にいるとバレた?


「レジス。見てください。男が手元で何か見ているの、分かりますか?」


 ラミーナに言われて、その男の方に目をやると確かに手の中の小さな丸い石のような物に何度も視線を落としていた。


「あれは恐らく魔力を感知する魔道具です。このままここに居たら多分見つかります」

「それはマズいな……。何か策はあるか?」

「ええ。もちろんです。その為にこの店を選んだんですから」


 ラミーナはそう言って、指で小さく前を指差す。

 すると入り口近くのテーブルにいた客が突然怒号を上げて立ち上がった。店内の客の視線がその客に向かう。

 更に別のテーブルでも怒号が上がり、客同士の掴み合いの喧嘩が始まった。更に別のテーブルでも……。

 店の中は怒号が飛びかい、複数の客同士が暴れ出し、あっという間に店内は大混乱とも言える状態になっていった。

 店の店員達は急に暴れだした客をなだめに行くが、とても数が足りない。周りの客も慌てて仲裁に入っていく。


 入り口の近くにいた王国軍の兵士は混乱しながらも、その状況に対処する方を選ぶ。


「王国軍だ!静まれ!静かにしろ!」


 二人の王国軍兵士は名乗り出て、暴れる客を取り押さえに行った。ラミーナがレジスの袖を引っ張る。


「レジス!今のうちです。裏口から出ましょう」

「あ、ああ。あれはお前が?」

「まあ、そんなところです。ほらほら急ぎましょう」


 二人が座っていたテーブルから程近い位置に従業員用の裏口があった。ラミーナはレジスの腕を引いてそちらに向かうが、


「ちょっと待て!」

「え?え?何ですか?」


 レジスはラミーナに抵抗して立ち止まると、すぐ近くにいた女の店員に声をかける。


「あそこのテーブルで食事したんだが、急いでいるんで裏口から出させてもらうぞ。これは勘定だ」


 レジスはそう言って、怒号飛び交う店内を呆然と眺めていた女性店員の手に、無理やりお金を握らせる。


「え?あ、ありがとうございました」

「美味かった。また来る」

「え?あ、毎度ありー」


 戸惑う店員を尻目に二人は裏口へと駆けていった。


 ◇◇


 完全に夜の帳が下りて、月明かりだけが夜道を照らす。街の通りは人もまばらになっていた。

 軽やかな足取りのラミーナがレジスの少し前を歩き、くるりと振り返る。月光に照らされる赤みがかった黒髪がふわりと弧を描く。


「いやー、なかなかスリリングな食事でしたね」

「さっきの酒場で何をしたんだ?お前は」


 うふふと微笑んだラミーナがレジスの方を向きながら指を立てる。


「"見せた"んですよ。あの場にいた何人かの客に」

「見せた?何を?」

「ちょっと不愉快になる物を……です。具体的に何を見たのか私には分かりませんが、隣の人間に怒りが湧くような、そんな幻です」

「つまりお前の魔法ってことか?」

「そうです。私は幻や夢を見せる魔法が得意なんですよ」

「今朝の兵士達もそうなのか?」

「ええ。そうです。彼らには極上の癒しを与える夢を見せたんです。だから皆、ぐっすりと眠ったんですよ」

「なるほどな……」


 考えてみれば恐ろしい魔法だ。相手に自分の意のままの幻を見せる……。いつでも相手を傷つけずに無力化させる事が可能で、さっきの酒場のように同士討ちを誘発させる事も出来るのであればこの魔女に武器などは必要ないだろう。

 もし自分がそんな相手と対峙したらどう戦う?

 そんなことを思考していたが、さっきの酒場の事を思い出したので、前を歩くラミーナに声をかける。


「もう一つ聞きたいが、いいか?」

「ええ。何でもどうぞ」

「奴らは魔力を感知する魔道具を使っていると言っていたな。だが奴らはすぐにお前を見つけられなかったみたいだが……」

「恐らくそれほど精度が高くないんでしょう。近くにいる、ぐらいの情報しか分からないんじゃないでしょうか?」

「だが奴らがそんな魔道具を持っているんなら、またすぐに見つかるんじゃないか?」

「ええ。確かにそうです。近くにいるというのが分かる程度の精度ですけど、いずれ見つかるでしょうね」

「その割にはずいぶん余裕だな」

「ええ。対抗策がありますから。兵隊さんがこういう魔道具を使ってきたのは想定内です」

「ほう……」

「何故想定していたか、理由を聞きたいですか?」

「そうだな……一応聞いておくか」


 二人は人通りのない裏路地の方へと進んでいく。ニコリと微笑んだラミーナがレジスを振り返る。


「レジスのおかげなんですよ」

「俺のおかげ?」

「ええ。レジスは街に着いてすぐに兵隊さんに声をかけられたって言ってましたよね?兵隊さんはその時点で魔道具を使っていたんですよ」

「俺に魔女のような魔力はないぞ?」

「いいえ。彼らは魔力の大きさを見ていたんじゃないです。魔力の因子を見ていたんです」

「魔力の因子?」


 ほとんどの人間の体には魔力が宿っている。魔力には因子というものがあり、それは人それぞれ違う。つまり因子が分かれば、その因子を持つ魔力の持ち主を探すということが可能となる。

 そこでレジスにまた一つの疑問が生まれる。


「だとしたら奴らは何故俺の因子が分かった?俺はこの街に初めて来たんだぞ?」

「それは兵隊さんの目当てがこれだからですよ」


 ラミーナはそう言ってレジスの左腕を掴む。布が巻かれて見えないが、この下にはメルトスピアの刻印が刻まれている。


「兵隊さんがどこで私の魔力因子を知ったか分かりませんが、このメルトスピアは私が作った魔法です」

「このメルトスピアが……面倒な話だ」

「そんなイヤそうな顔しないでください!かなり苦労して作った魔法なんですから!」


 眉をしかめて不機嫌な顔になったラミーナがレジスをジト目で見上げる。レジスは面倒くさそうに自分の左腕を眺める。


「じゃあこのメルトスピアが他の人間に定着したら、奴らはそっちに引き付けられるのか?」

「残念ながらそれは無いと思います」

「何故だ?奴らの魔道具はこれ(メルトスピア)を感知してるんじゃないのか?」


 ラミーナはレジスの方を向いて立ち止まり、自分の胸の辺りに軽く手を当てる。


「私とレジスが持つ魔力因子は極めて似ているんです。だからそのメルトスピアはレジスの体に定着したんです。この魔法はお互いの魔力因子が似ていないと定着しないようになっているんです」

「何でそんな面倒なこと……」

「それが私の限界だったんですよ……。ホントはもっと誰の魔力因子でも定着するようにしたかったんですけど……出来なかったんです」

「それでまわり回ってあの魔術書が俺の手元に来たというわけか……」

「そういうわけです!だから私にとってレジスは魔力因子が似ているだけじゃなく、あの忌々しい結界という鳥籠から救い出してくれた運命の人でもあるんですよ!」

「まあ……その運命のせいで今は俺も王国兵士に追われているわけだが……」

「それは……とても遺憾に思っております……」


 体を傾けて落ち込んだように見せているが、その顔はうっすらと微笑んでいる。ラミーナはすぐに体を直立させると、


「話が逸れてしまいましたが、兵隊さん達のあの魔道具に対する対抗策ですよ!」

「ああ。そうだな。向こうがこちらを一方的に感知出来るんなら、夜もおちおち眠れん」

「大丈夫です!対抗策を使えば安心して眠れますよ!」

「任せていいんだな?」

「ええ!どんとお任せください」


 ラミーナが形の良い胸を突き出して、レジスに向かって最高のドヤ顔を見せた。

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