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7.ある傭兵団の青年

 5年前。

 ソコルワンド王国の東、マナロータ帝国領。

 数年前からこの帝国領内では貴族間の権力争いが大きくなり、日々領内では貴族達の私兵による小競り合いが頻繁に起きていた。


 レジスが所属する赤狼(せきろう)傭兵団はその帝国の一貴族に雇われ、傭兵としてある貴族同士の戦闘に参加していた。

 その日は日中からその貴族の私兵団と共に砦を攻めていた。そして昼頃にその砦を陥落させる事に成功する。

 

 そしてその夜、レジスは月明かりが照らす物見台で一人で見張りをしていた。

 物見台から下を見下ろすと、少し離れた所で赤狼傭兵団の団員と私兵団が一緒になって、酒宴を開いている。

 反対側の草原には昼間の戦闘の跡が残っているが、穏やかな風が草原の草を揺らしていた。


 ふと……レジスは物見台へ登ってくる気配に身構えた。レジスはその人物が誰か分かると、手に持った剣槍を床に置く。


「見張り……アタシが代わるぞ?レジス。お前も皆と楽しんできたらどうだ?」

「いや、俺はここでいい」


 物見台に登ってきたのは赤狼傭兵団のアリア団長だった。

 蒼い髪が穏やかな風に揺れ、美麗な(かお)が月明かりに照らされる。団員20人からなる赤狼傭兵団を仕切る美しき女団長。

 

 傭兵団というのは男世帯の所が多いが、赤狼傭兵団はこのアリアも含め、半分近くの団員が女性だった。

 先代団長の時代からいる者もいるが、女性団員のほとんどはアリアに憧れて入団してきた者達だった。


 レジスはアリアの顔をチラリと見るとすぐに草原の方に視線を戻した。アリアは構わずレジスの隣に腰を下ろす。


「いいのか?テオリオなんてかなりハメを外していて面白い事になってるぞ?」


 下を見ると、酒宴の中心で皆と豪快に笑う副団長のテオリオの姿が見えた。

 

「副団長はああいう人だからな。俺はここで静かにしている方が性に合っている」

「そうか……じゃあ、お前にアタシと酒を飲む権利を与えてやろう」

「は?」


 アリアはそう言って懐から一本の酒瓶とコップを取り出し、コップをレジスの前に置いた。


「まさかアタシの酒が飲めないとは言わないだろう?」

「見張りの人間に酒を勧めるなんて正気か?」

「なぁに、昼間あれだけ派手に打ち負かしたんだ。奴らも今晩ぐらいは大人しくしてるさ」


 そう言いながらアリアはレジスの前に置いたコップに酒を注ぐ。自分のコップにも注ぐと、


「じゃあ、今日の勝利に……」

「ああ」


 二人は軽くコップをぶつけた。


 レジスは十代前半頃に赤狼傭兵団に加入した。身長は高かったが、戦闘経験のないレジスに付けられた指導担当がこのアリアだった。

 レジスより5歳ほど歳上のアリアは赤狼傭兵団の中で既に若手のホープだった。それから10年ほどが経ち、今ではアリアが赤狼傭兵団の団長を引き継ぎ、レジスは若手を率いるリーダー的な役割を任されている。


 蒼白い月明かりが照らす物見台で二人はコップに口をつける。二人とも視線は草原に向けたままだ。アリアがチラリとレジスに視線を向けて話し出す。


「お前がここに来てもう10年か……早いものだな」

「そうだな……」

「あんなにヒョロくて可愛かったお前が今ではすっかり……」

「悪かったな、ゴツく育って。アンタの指導の賜物だ」

「ふっ……でもまあ、よく今日まで生きてくれたよ」

「アンタもな」


 ふっと微笑んだアリアがレジスの頭を小突いた。レジスは何も言わずもう一口、コップの酒を流し込む。


「なあ、レジス。こんな争いや戦いばかりの毎日、嫌になっていないか?」

「戦いがあるから俺達はメシが食えるんだろ?無くなったら……それは困るだろ」

「まあそうなんだがな……。時々アタシは逃げ出したくなるんだよ。また誰か仲間が死ぬかもしれないっていう日々からね」

「まあ、それは……確かに。だが今アンタに逃げられたら困る」

「そんな事はないだろう?テオリオは上手く皆をまとめてくれているし、お前もいる。アタシがいなくなってもこの赤狼傭兵団は問題ない」

「いや、そんな事はない」


 いつの間にかレジスはアリアの方に体を向けていた。酒が入って頬を少し朱に染めたアリアが、キョトンとした顔でレジスを見つめる。


「アンタが……居なくなるのは……困る」

「そう? お前達なら大丈夫だと思うんだけど……」


 真剣な眼差しのレジスに対して、薄く笑みを浮かべたアリアが再び草原の方に視線を移す。


「お前にそう言われるのは……悪くないな。ところでレジス」

「何だ?」

「”最果ての地”っていうのを聞いたことはないか?」

「”最果ての地”? いや、初めて聞いたな」

「この大陸の何処かにあるらしい。そこでは大陸の全てを見渡す事が出来るらしいんだ」

「そんな場所はないだろ。物理的に不可能だ」

「はぁー……夢のないヤツになっちゃったな、お前は。そんなんだから団の若い奴らに怖がられるんだぞ」

「……俺は怖がられてるのか?」

「ふっ、まあ見た目がそんなんだから仕方ないか」

「ほっとけ!で、その”最果ての地”がどうかしたのか?」

「一度見てみたいなと思ってな。全てを見渡せる場所から見たら、この世界はどういうふうに見えるんだろうなって」

「ふんっ。馬鹿馬鹿しい。今ここから見えてる景色とさほど変わらんさ」

「そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない」

「で、それが?」

「アタシもいつか傭兵を辞める時が来る。だから引退したらその”最果ての地”というのを見つけに旅をしようと思ってるんだ」


 遠くを見つめていたアリアが、可憐な乙女の表情を浮かべてレジスに向き直る。虚を突かれたレジスは思わず顔を赤らめ、草原に視線を向ける。


「ま、まあ……いいんじゃないか。引退した後は別に自由にすればいいし、ま、まだ先の話だろ?」

「ふふっ……そうだな」

「まあ、それまでしっかり団長の仕事をこなしてくれれば、俺は文句は言わない」

「ああ、そのつもりだ。あ、そうだ!お前も一緒にどうだ?”最果ての地”を一緒に目指さないか? 今ならアタシと一緒に旅をする権利も与えるぞ?」

「遠慮しておく。でもまあ……その時が来たら、考える」


 その答えに、弾けるような笑顔を向けたアリアが、何かを思い出したように腰袋を弄り、一丁の拳銃を取り出した。そしてそれをレジスに向かって投げる。


「これは?」

「アタシが使ってた拳銃だ。知っているだろう? もう使わなくなったからお前にやるよ」

「使ってなかったのか?」

「うーん、前に撃ったのかいつだったか思い出せないくらい使ってない。ああ、でも心配するな。ちゃんと手入れはしてあるからいつでも使えるぞ」

「いいのか?」

「ああ。可愛い後輩へのプレゼントだ。大事にしろよ?」

「……ああ」


 レジスは大事そうにその拳銃を検めると、アリアがすくっと立ち上がった。


「じゃあ、アタシは寝る!別の奴を代わりの見張りに立てるから、お前はしっかり休むんだぞ」

「お、おい!別に俺は……」


 レジスが慌ててアリアの方に振り向くと、アリアは両手で優しくレジスの両頬を包む。

 至近距離でアリアに見つめられたレジスの顔が燃えるように赤くなった。


「これは団長命令だ。ちゃんと休め」

「……わ、分かったから……。離れろ」

「ふふふっ……やっぱりお前は可愛い奴だ」


 小悪魔のような笑みを浮かべてアリアは物見台から下りていった。一人になったレジスは手の上に残った拳銃に目を向ける。


 ……可愛い後輩ね。あの人にとっては俺はまだそういう存在か……。


 レジスは物見台を抜けるひんやりとした夜風に吹かれながら、遠くの草原に目を向けた。



 それから二日後、赤狼傭兵団からアリア団長が姿を消した……。

 その数ヶ月後、レジスは赤狼傭兵団を抜け、魔獣ハンターになり、旅に出たのだ。

 ”最果ての地”を見つける為…………アリアにもう一度会う為に……。

 


 

 くそっ……アリア団長……一緒に旅をする権利をくれたんじゃなかったのかよ……

 

 ◇◇


「レジス〜? どうしました?」

「ん? いや、別に」

「その拳銃をくれた人の事でも思い出していましたか?」


 この魔女は心の中も読めるのか?

 テーブルに突っ伏して空になったコップを弄んでいるラミーナに疑念の目を向ける。

 レジスと目が合ったラミーナが首を傾げる。


「図星でしたか?」

「違うな」

「ありゃら……残念」

「そろそろ出るか」

「はぁーい」


 二人は立ち上がりかけると、急にラミーナがレジスの袖を掴んでもう一度座らせた。


「どうした? 酔っぱらって立てないか?」

「いいえ、私は大丈夫です。レジス。今、店に入って来た二人組……今朝の兵隊さんです」

「何!?」


 レジスは身を隠すようにして、店の入り口の方へ目をやった。

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