25.ラミーナという魔女
こちらの話で、完結となります。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!
ガラティア夫人の寝室に案内されるレジスとラミーナ。
考えてみれば昨夜この屋敷を襲撃した当事者二人が、その屋敷の主の寝室に案内されているなど奇妙なことだなと、レジスが心の中で自嘲する。
通された寝室の豪奢なベッドにガラティア夫人は眠っていた。
髪は櫛を入れて艷やかになっており、静かに寝息を立てている。
オロゴエイプを操っていた時の老婆と同一人物にはとても見えない、とても穏やかな貴婦人の寝顔をしていた。
ベッドの傍らに立ったベリンダがガラティア夫人の手を握るが、夫人は全く微動だにしない。ベリンダは心配そうな視線をガラティア夫人からラミーナに移す。
「いいですか?」
「ええ。じゃあ、早速始めるわね」
ベリンダと入れ替わったラミーナがガラティア夫人の額の上に手をかざす。静かに詠唱を始め、その手がわずかに光を帯びる。
忘却の魔法はものの数十秒で終わった。
ガラティアの見た目には何の変化もない。
これで『魔法は上手くいきました。じゃあ、報酬をください』はさすがに無理があるのでは? と、レジスは思ったが、
「終わったわよ。これで夫人は復活させた禁呪は一切忘れているわ」
「あぁ、ありがとうございます」
レジスの心配とは裏腹に、二人は驚くほど素直にラミーナに礼を言う。その二人にラミーナが続ける。
「でも目覚めた後、禁呪は覚えていないけど、また何かのきっかけで禁呪を復活させようとするかもしれないわよ。そこまで私は知らないからね」
「分かりました。そうならないよう、皆で努力します」
「あと……昨日使っていた魔道具とか、復活させるのに使用した魔道具が何処かにあるはず。それらはさっさと処分した方がいいわね」
「魔石とか、魔道具ですか?」
「そう。あの仮面とかもね。彼女が目を覚ます前に処分することをオススメするわ」
「承知しました。すぐに集めて処分致します」
「よろしい。これで良くて?」
ラミーナは振り返って、静かに見守っていた悪徳商人顔の黒幕レジスに確認する。
「うむ……問題ない」
「では、これで私達は失礼するわね」
ベリンダとシャノンの二人は、屋敷の玄関まで見送りにきた。もちろん追加分の報酬も忘れずに受け取った。
レジスとラミーナが立ち去ろうとした時、ラミーナが何かを思い出して、ベリンダに話しかける。
「そうそう。貴女に一つ言い忘れていたわ」
「何でしょうか?」
「夫人が使った禁呪は全てこの手鏡に集められたのだけど、貴女からは集められなかったのよ」
「え? じゃあ、私にはまだ禁呪が……」
「いいえ。最初から貴女には禁呪が一切使われていなかったということよ」
「私には……使われていない……」
ラミーナがベリンダに向かって初めて優しく微笑みかける。
「禁呪というのは禁じられた呪い。本当に愛する者にはその呪いをかける事が出来ない……とも言われているの。ま、私は使った事がないから真相は知らないけどね」
「愛する者……お、お母様が……」
「目を覚ましたら、自分でもう一度確かめてごらんなさい。じゃあ、私達はこれで……」
ベリンダはその場で両手で顔を覆い、泣き崩れてしまった。
昨晩、自分の母親から産まなければ良かったと言われたのだ。母親に愛されていたと信じていたこの年若い娘には、どれほど傷付いた言葉だったろうか。
だが今、目の前の魔女から告げられたのはそれに矛盾する事実。
座り込んでむせび泣くベリンダの隣で、彼女をそっと慰めているシャノンが、ラミーナとレジスに頭を下げた。
レジスとラミーナは振り返ると、アルビッグス侯爵邸を後にしたのだった。
◇◇
街へと向かう道中、レジスが隣を歩くラミーナに声をかける。
「優しいんだな」
「え? 私が、ですか?」
「ああ。あの娘に禁呪の事を教えた事だ」
「ああ〜、その事ですか。別に私はあの小娘は禁呪の被害にあっていなかったって教えただけですよ」
「ふっ……まあ、そういう事にしておこう」
頬を膨らませたラミーナが、歩くレジスの前に顔を覗かせる。
「ん〜何ですか? その大人ポジションの言い方は? 言っておきますけど、レジスよりも私の方が歳上ですからね?」
「あぁ、そうだったな。あのガラティア夫人よりも歳上と言ってたな。一体、何歳なんだ」
「女性に年齢を聞くのは失礼なんですよ、レジス。二度と聞いちゃ駄目ですよ?」
「そうか……ケチだな」
「ケチではありません。礼儀の問題です。抱きつきますよ?」
「……それは断る」
高く昇った陽光に照らされて、ラミーナが楽しそうな笑顔を弾けさせた。
◇◇
バディオンのとあるレストラン。
個室も何室かある、なかなか高級なレストラン。その個室の一室にレジスとラミーナはいた。
これからの旅の打ち合わせをする為なのだが、懐も温かくなったし、人には聞かれたく話もするので奮発して入った店だ。
昼食には少し早いが、豪華な食事を終えて食後のお茶を飲みながら、二人はこれからの予定を話し合う。
テーブルに広げられた地図を見ながら、
「この方角だな?」
「はい。その方角で間違いないです」
ラミーナに確認して地図に線を書き込むレジス。その引いた線を見ながら、うーんと唸る。
線はこのバディオンの街から北北東の方角に引かれていた。
「前に聞いた時に距離は分からないと言ってたな?」
「はい。方角だけですね。ある程度近付けば、距離も感じるかもしれませんが……」
初めてラミーナに会った時も、何もない状態でこの方角を指していた。ということはエビラバエを感じるというのは、本当だと思っていいだろう。
問題は距離……だな。
「えと……レジスは何を悩んでいるんですか?」
「どの方角に進むか、悩んでいる」
「この線に沿って進むのは駄目なんですか?」
「駄目じゃないが、距離が分からん。この線上に村でもあればいいが、何もなければずっと野宿だぞ?」
「それはさすがにイヤですね」
「それにゴールが分からないままだと、どのくらいの準備が必要なのか分からない」
「ありゃら……確かにそれは途中で気が滅入るかもしれませんね」
「なので、最初はあえて北東よりやや東に向かって、まずエビラバエまでの距離を知ることを優先した方がいいかと思ってな」
「それで距離が分かるんですか?」
「例えばここまで移動して、もう一度エビラバエの方角を調べる。そうすれば観測地点が二つになり、その二本の線はどこかでぶつかる」
レジスがそう説明しながら、バディオンから東の地点から真北に向けて線を引くと、さっき引いた線と大陸の北端で交わった。
「おおっ!つまりこの北端がエビラバエということですね」
「そういう事だ。これでエビラバエの位置が特定出来る」
「なるほど〜、レジスは賢いですね」
「見張りをしている時の基本だ。複数の観測地点から敵までの正確な距離を測る技術の応用だ」
地図を見ながらラミーナが感心する。魔女には無縁の知識だったらしく、地図上の線をなぞりながらうんうんと唸る。
「まずここから東の位置にある街を目指す。そこを次の観測地点にする。そうなると、もう一つの観測地点にするには……」
レジスが地図の上を指差した。位置はバディオンから東に離れた場所。そこに小さく街の名前が書かれている。
「ポドギアだ」
二人の目的地はポドギアに決まった。
◇◇◇
翌朝、二人はバディオンの馬車乗り場に来ていた。
「おおー!これですよ、レジス!この馬車がポドギア行きだそうです」
「分かったから、はしゃぐな」
「はしゃいでません!ちょっとテンションが上がってるだけです」
「それをはしゃいでいると言うんだ。世間では」
初めて乗る馬車にラミーナははしゃいでいた。荷台に乗り込んで幌の中から景色を見るラミーナ。
「ん~、なかなか快適そうですね」
「果たしてそうかな? 数時間後にはケツが痛くて悶絶してるかもな」
「むぅ……その時はレジスを下に敷きますから大丈夫です」
「……敷くな」
動き出した馬車の荷台が小さく振動しだす。赤みがかった黒髪を揺らし、朝日に照らされたラミーナの笑顔が輝く。
これが魔女だとは……誰も思わんだろうな。
伝え聞く魔女の陰鬱なイメージと、今のラミーナの印象はかなりかけ離れている。
そういえばラミーナはエビラバエは”魔女が生まれ、魔女が死にゆく場所”とか言っていたな。
だから場所を常に感じる事が出来るのだと……。
初めて乗った馬車にご満悦なラミーナがレジスの方に振り返る。
だがレジスは知らず知らずの内に腰のホルスターに収まる拳銃を見つめていた。
何故アリア団長はそんな所に行ってみたいと思ったんだ……?
ふとそう考えていると、突然視界の中にラミーナの顔が割り込んできた。お互いの顔を数センチの所まで近付けて、
「またその人の事、考えてましたね?」
「別にいいだろう?」
頬を膨らませたラミーナがそっぽを向いて離れた。
面倒くさい奴だ……。
すぐにラミーナはレジスの方に振り返った。そしてレジスに向かってにっこりと微笑むと、
「会えると……いいですね」
「……ああ。そうだな」
朝の爽やかな風が二人の間を吹き抜けていった。
お読みいただき、ありがとうございました!
一旦完結致します。
☆評価の方、ぜひよろしくお願いします!
続編は今のところ未定ですが、また時間に余裕が出来れば書きたいと思います。