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2.封印された魔女の屋敷

ファルノア山の山頂付近。

 シャノン率いる兵士達の一団はその山頂近くにある屋敷の側まで来ていた。


 石造りの立派な屋敷は外から見ても中は相当大きいことが窺い知れる。その正面扉を取り囲むように王国軍の50人の兵士達が控えていた。

 兵士全員が盾を前にジリジリと正面扉に近付いていく。その兵士達の手にはそれぞれ剣や拳銃などの武器が抜かれ、屋敷に向けて警戒を強めている。

 その全体が見渡せる殿の位置にシャノン大佐がいた。


 その兵士達のすぐ後ろまでやって来たレジスは成り行きを見守る為に、少し離れた位置に移動する。そしてレジスが戻ってきたのを見つけたシャノンが、レジスにもっと下がるようにと大きく手を振って無言の指示をする。

 レジスがもっと後方へ下がろうとすると、突然屋敷の正面扉が開いた。そして一人の女がふらりと姿を見せる。


 赤みがかった長い黒髪に緋色の瞳。美しいシルエットを晒したその女は、武器を構える兵士達を見て、その緋色の瞳を細めて微笑を浮かべた。


「ありゃら……こんなにたくさん来ちゃったんですね」


 ジリジリと扉に近付いていた兵士達の足が止まる。


 あれが魔女……か……。


 その女の視線と、兵士達の最後方にいたレジスの視線が交錯する。だがすぐに女の視線は目の前へ迫る兵士達へと戻った。


「大したおもてなしも出来ませんが、皆さん入れると思いますので、どうぞいらしてくださいな」


 女はそう言うとふわりと身を翻して、屋敷の中へと消えて行った。呆気に取られたように動けなかった兵士達だったが、すぐさまシャノンの号令がかかる。


「一陣は正面だ!二陣は屋敷の裏へ回り込め!」


 その号令に従って我に返った兵士達が動き出す。シャノン自身はそのまま正面扉へ向かう一陣の後方へと合流した。

 二手に別れて屋敷に突入するようだ。


 レジスは屋敷全体が見える位置に移動する。

 彼は魔女狩りへの協力を依頼されたわけではない。さっきも帰っていいと言われたが左腕の疼きが気になったからこの山を登ってきただけだ。


 レジスは茂みに身を伏せて、屋敷の中で行われる魔女狩りの動向を見守ることにした。


 ◇


 シャノンの号令と共に王国兵士達が魔女の屋敷へなだれ込む。

 最初に飛び込んだ兵士の目に映ったのは広く長い廊下。その両側にはいくつもの扉が並んでいた。廊下の突き当たり、真正面にさっきの魔女の姿を認める。


「さあ、皆さん!こちらですよー」


 よく通る魔女の声が廊下に響く。

 魔女は廊下の突き当たりから、すぐ隣の扉へと入って行く。

 シャノンは魔女が部屋に消えたのを見て、兵士達に指令を出す。


「慎重に進め!いいか、絶対に急所は撃つな!足を撃って動きを止めろ!」


 盾越しに拳銃を構えた兵士達が前に出て、廊下をにじり進む。その瞬間……

 バタンッ!


 廊下の全ての扉が勢いよく開き、少しだけ開いた状態で止まる。そして何処からともなく魔女の声が響く。


「どの部屋でも構いませんよー!皆さんに最上の癒しをご提供しますからー」


 先頭の兵士が近くで開いた扉を覗き込み、拳銃を向ける。


 パァン!


 突然の発砲に兵士達に緊張が走る。


「居たのかっ!?」

「はい!今、人影が……」

「中に入って確認しろ!」

「はっ!」


 三人の兵士がその扉を開き、部屋へと入っていく。

 シャノンが後方から隊列の前へと移動していく。そして、その扉から部屋の中を覗く。


「なっ!? どういうことだ?」


 今しがた部屋に入った三人が既に床に倒れていた。

 切られた? いや、撃たれた? 違う……。眠っている……のか?


 倒れた三人の兵士はすやすやと寝息を立てていた。

 シャノンが兵士達に振り返り、叫ぶ。


「部屋を一つずつ調べていけ!何かは分からんが、攻撃してくるぞ! 気をつけろ!」


 シャノンの号令で兵士達が三〜四人のチームになり、各扉の前へと向かう。

 また魔女の声が聞こえてくる。


「皆さん、お疲れのようですね〜。ゆっくりしていってくださいね」


 シャノンは何か叫ぼうとするのをぐっと飲み込み、各扉の前に待機している兵士にハンドサインで突入を指示する。

 そして自分は三人の兵士を連れて魔女が消えた扉の方に向かう。

 少し開いた扉から部屋の中を窺う。

 部屋の一番奥に女の後ろ姿が見える。

 魔女だ……。


 引き連れた兵士にサインを送り、シャノンと三人の兵士が部屋になだれ込んだ。部屋に入ると同時に魔女の足先に向けて発砲。

 当たったはずなのに魔女は微動だにしない。


 姿見? 鏡か!


 シャノン達が撃ったのは大きな鏡に映った魔女だった。

 何故、ここに居ない魔女の姿が鏡に?

 そう考えた刹那、鏡の中の魔女がこちらに振り返る。その手には小さな手鏡が握られている。


「さぁあ、ゆっくりお休みくださいな」


 シャノンは体が急に重くなる感覚に襲われる。視界の端で兵士が一人、崩れるように倒れる。


 ぐっ……この睡魔は……! 魔法かっ!?


 鏡の中の魔女の手鏡を見た瞬間に襲いかかってきた、今まで経験したことのない強烈な睡魔。シャノンは必死に抗うが、足は汚泥に突っ込んだように重く、全身が生暖かい大きな布を何枚も掛けられたようにどんどん重くなる。

 連れた仲間の兵士が倒れ込み、眠るのが見える。それでもシャノンは抗う。


「なかなか粘りますね」


 不意に背後から聞こえる魔女の声。

 重くなる体を無理やり振り向かせる。そこに首を傾け、無垢な少女のような笑みを浮かべる魔女の姿。

 とうとうシャノンが膝をつく。重くなる瞼に抵抗して魔女を睨む。


 しかしシャノンの抵抗はここまでだった。

 魔女を掴むように右腕を伸ばしたが、そのまま前につんのめるように、シャノンの体は床に崩れ落ちた。


「おやすみなさい。ゆっくり寝ててくださいね」


 魔女はシャノンが完全に眠りに落ちたのを確認すると、軽やかな足取りでその部屋を後にした。


 ◇

  

 ちょっと待てよ……もしシャノン達が全滅したら? 報酬はちゃんと出るのだろうか? 誰かあの結界を破壊したのは俺だと証明してくれるのか?

 レジスは一人身を潜めながらそんな事を考えていると、屋敷の中から聞こえていた発砲音と兵士達の短い怒号が収まったようだ。


 戦闘が終わったか。けど妙だ……多対一の戦闘にしては……。


 この世界の銃火器は火薬を使用していない。

 人間の持つわずかな魔力で撃ち出している。人間は魔力を有しているが、ほとんど魔法は使えなくなっている。多少の強化魔法や治癒魔法などを使える人間はいるが。

 そのわずかに残った魔力で銃火器を使用出来るようになった為、攻撃魔法がどんどん失われていったと言っていい。

 威力は強いが、習得が難しい上に詠唱が必要で大量の魔力を消費する攻撃魔法。

 対して銃火器は誰にもすぐに使えて、わずかな魔力で強力な弾丸を撃ち出せる。

 権力者達が兵力強化に費やすのであれば、攻撃魔法を使用するより、銃火器を選ぶのは必然であった。


 今やどの国の軍隊でも採用しているのが、携行性に優れた、魔力で撃てる拳銃なのだ。


 さっきから屋敷から聞こえてきていたのは断続的な拳銃の発砲音。しばらくすると完全に発砲音は聞こえなくなり、辺りは静寂に包まれた。


 レジスは様子を窺う為、そろりと屋敷の方へと近付いていく。

 まさかあの数の兵士がこんな短時間で全滅ってことはないだろうな……。


 開け放たれた魔女の屋敷の正面扉。不意にその扉に人影が現れた。さっきの魔女だ。魔女は周りを見回すと、警戒しながら近付いていたレジスを認めた。

 レジスは即座に背中の剣槍を構え、その切っ先を魔女の方に向けた。剣槍とはその名の通り、槍の穂先が長剣になっている武器だ。重量があり威力も強力だが、扱いが難しい。とはいえ鈍重な大型の魔獣などと戦うには適した武器である。半面、俊敏な人間相手にはとても戦いづらい武器でもある。

 

 魔女はその剣槍を突きつけられて一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑を浮かべてレジスに向き直る。


「えっと……兵隊さんはもういませんか?」

「中に突入した兵士どもはどうなった?全員殺したのか?」

「いえいえ、そんなことは……」


 魔女はレジスに両掌を見せるように手を挙げた。降参、お手上げのポーズだ。


「?何のマネだ?」

「見ての通り降参です。私は貴方と戦う意思はないですよ」


 レジスは剣槍を魔女に向けながら少しずつ前に出る。美しい顔に笑みを浮かべながら女が首を傾げる。


「ほらほら、私には戦う意思はないですって……」

「魔女の言う事を真に受けろと?」


 むぅと頬を膨らませた魔女が溜息をついて手を下ろす。


「そりゃそうですよね……得体の知れない魔女ですからね……。でも私、貴方に聞きたい事があるんですよ。それには答えてくれますか?」


 レジスは警戒の姿勢を変えない。魔女の後ろに見える扉から屋敷の中の様子を窺うが、静かになった屋敷の中からは、兵士の声などは全く聞こえてこない。

 そのレジスの視線に気付いた魔女が口を開く。


「気になりますか?大丈夫ですよ。さっきの兵隊さん達は誰も死んでませんよ」

「じゃあ、何故こんなに静かなんだ?」

「皆さん早朝から山登りをしてだいぶお疲れだったみたいです。なので皆さんぐっすりとお休みになっています」

「な……に……?」


 魔女は再び両掌を見せるように手を挙げる。


「私はこの山に封印されていた魔女のラミーナって言います。貴方の名前を伺っても?」

「………………」


 ラミーナはまた頬を膨らませてジト目でレジスを見つめる。お気に召さないといった表情だが、それでも楽しそうにレジスに尋ねる。


「分かりました。まだ私のことは信用出来ませんよね?じゃあ、質問を変えます。その左腕……メルトスピアはいつその左腕に定着したんですか?」


 レジスが眉をしかめる。このラミーナという魔女は俺の左腕にメルトスピアの刻印が刻まれている事を知っている。

 剣槍を握るレジスの左腕には布が巻かれ、刻印は見えなくなっている。

 何故この魔女はそれが分かった?

 しかし目の前で対峙したことで分かる。この刻印は確かにこの魔女に引っ張られている……。

 ラミーナが楽しそうに微笑む。


「何でって顔してますね?名乗ってくれたら教えてもいいですよ?」


 微笑むラミーナが、レジスの顔を覗き込むように首を傾けた。

 どうやらこの魔女はこのメルトスピアの事を色々と知っているようだ。何故この魔女に左腕の刻印が引き付けられるのかも、知っているんだろう。


 レジスは剣槍を下ろし、ラミーナと向き合った。ラミーナは満足気に微笑み、首を傾けて再び尋ねる。


「で、お名前は何とおっしゃるの?」

「……レジス。レジス・ラングロットだ」

「レジスですか、いい名前ですね。ここでは何ですから中でお話ししましょう、レジス。歓迎しますよ」


 そう言いながらラミーナは両手を広げて扉への道を示す。レジスは剣槍を手に持ったまま歩き出した。ラミーナは軽やかな足取りで扉に向かう。


「ようこそ!レジス!”封印された魔女ラミーナ”の屋敷へ!歓迎しますよー!」


 実に楽しげにラミーナは屋敷の中へと入っていった。

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