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1.封印された魔女の山

 昇り始めた朝日が、朝もやのかかる山道と男達の一団を照らし出す。

 山道を進む50人ほどの兵士達。その王国軍兵士の一団全員の手には同じ盾が握られている。

 その一団の中に一人だけ盾も持たず、周りの兵士達の出で立ちとは違う、大柄な男。

 その大柄な男レジスは肩に背負った剛健な剣槍を担ぎ直しながら、降り注ぐ朝日に顔をしかめながらすぐ隣にいる兵士に話し掛ける。


「なあ、その魔女っていうのは本当にこの山の頂上にいるのか?」


 すぐ隣を歩く兵士の一人が真っ直ぐ前を見つめたまま、


「…………ああ」


 と、素っ気なく答えた。

 肩を竦めたレジスが諦めた表情を浮かべて周りの兵士達を見回した。


 周りを歩く兵士全員が真っ直ぐ前を見ながら無言で足を進めて行く。自分はその真ん中で取り囲まれるように同じ歩調で山道を登っていた。

 王国の兵士ってとはこんなにも生真面目な奴ばっかりなのか?誰も軽口の一つも言いやがらない。

 ただひたすらに愚直に山の頂上へと向かっていた。


 先頭を歩く兵士、たしかシャノンとか言ったな。そもそもアイツに見つかったのが運が悪かった。何故シャノンは俺が()()()()を使える事を知っていたんだ?

 今朝、理由を尋ねたが答えてはくれなかった。


 

「その魔法で破壊してほしい物がある。私達に協力してほしい」


 

 昨日街に入ってしばらくして、巡回していた王国軍の兵士に声をかけられ、シャノンの所まで連れて行かれた。王国軍の大佐と名乗ったシャノンはレジスを見るなり、協力してほしいと言ってきたのだ。


 唐突な依頼、いくら王国軍といえど胡散臭すぎる。レジスはもちろん断ろうとした。だが提示された報酬はかなり大きな金額だった。

 魔獣ハンターとして生活しているレジスの収入の数ヶ月分に相当する金額だ。


 あまりに旨すぎる話。だがやっぱり断ろう。

 しかし結局、レジスはその依頼を受けることになった。

 半日で大金を得られる仕事。

 旅を続けているレジスにとって資金はいくらあっても困る事はない。

 

 その怪しい依頼を受けることにしたはいいが、詳しい内容は一向に教えてくれない。一体何を破壊すればいいのか?

 返ってきた答えは、


「明日の夜明け前、街の外れまで来てくれ。そこからファルノア山に向かう。そこに破壊して欲しい物がある」


 そう言われ、翌日指定された場所へ行くと50人の王国兵士の中に加えられ、早朝からこの無言の登山である。


 出発前、シャノンは集まった王国兵士に向かって語った。


「我々は今からファルノア山の頂上にいる魔女を討ちに行く」


 今日の目的が”魔女狩り”だと知ったのはその時だった。


 ◇◇


 魔女……。

 大陸の各地に存在する、人間と見た目は変わらないが人とは異なる存在。

 その昔、ある魔女は魔法で生み出した炎で街を焼き、ある魔女は水魔法によって洪水を起こし街を壊滅させ、またある魔女は人を惑わす魔法で、人間が破滅へ向かう様を愉しんでいたという。


 しかしそれはあくまで昔の話。

 魔法が廃れつつあるこの大陸では魔女が起こした災事などはほとんど聞かれなくなった。

 それでも疫病や不作に見舞われた土地では、それが魔女のせいにされ、時おり魔女狩りが行われていた。未だに魔女は、人間にとっては未知で、不幸をもたらす忌避たる存在として根強く刷り込まれているのだ。


 レジスは魔女を見た事はなかった。ハンターの前は傭兵もしており、噂程度は耳にした事はあったが、これまでの人生で魔女に接した事はなかった。


  

 王国兵士に囲まれながら進むレジスが再びぐるりと周囲を見回す。

 一人の魔女を相手に50人か……。この数は多いのか、少ないのか?まあ自分は魔女と戦うよう言われたわけではないし……。


 深い木々に囲まれた山道を進むこと数時間、一団の向かう先に今までレジスが見たことのない物が見えてきた。


 それは薄い膜のようだった。

 山道を遮るように空へ伸びる膜の壁があった。そして膜の向こうには山頂がレジス達一団を見下ろしていた。

 その薄い膜はぐるりと山の頂上を囲んでいる。円錐状の山の上部が丸いしゃぼん玉に突き刺さっているような形だ。


 一団は足を止め、レジスは前に行くように促される。言われるまま前へ行くと、この一団を率いているシャノンがその膜の側で待っていた。


「君の出番だ」

「この膜か?破壊してほしい物ってのは?」

「そうだ」

「何なんだ、これは」

「結界だ。この先に我らが目指す”封印の魔女”がいる」

「封印の魔女?」

「その魔女の魔力以外の魔力を持つ者は中へ入る事が出来ん。なので君に……君が使う魔法、()()()()()()でこの結界を破壊してくれ」


 シャノンがそう言って布が巻かれたレジスの左腕に視線を落とした。ふっと笑みを浮かべたレジスが聞き返す。


「なあ昨日も聞いたが、何でアンタは俺がメルトスピアを使える事を知っていたんだ?俺は誰にも話した記憶はないんだが?」

「君には関係のない事だ。メルトスピアなら破壊出来るはずなのだ。早くしてもらえると助かるのだが」


 大きく溜息をついたレジスがチラリと後ろを振り返る。50人の王国兵士達の視線がレジスに向けられている。


 まあ、魔女と戦うのはこいつらだ。さっさと壊して金だけもらうか……。


 結界に視線を戻したレジスが上を見上げる。

 結界ねぇ……。


 実はレジスは以前から妙な感覚を感じていた。この左腕が引き付けられているような感覚。一年ほど前に、とあるきっかけで自分の左腕に刻まれた刻印と、それと同じくして使用出来るようになった攻撃魔法メルトスピア。

 その左腕が、メルトスピアが、引っ張られるような不思議な感覚。

 そして今、それはこの結界の向こうにあるのだと、レジスは今強く感じていた。


「じゃあ、とりあえず一発ぶちかますから全員下がってな」


 レジスが一団をかき分けるように結界から離れて行った。


 ◇◇


 レジスが結界に左手を向ける。人差し指と中指で結界を指差すように構える。

 そして体の魔力を指先に集約させると、生み出された光弾が結界へと一筋の光を残して伸びていく。空気を切り裂く振動が離れた場所で見ていた兵士達の体をほのかに揺らす。

 メルトスピアの光弾は結界に吸い込まれると、波を打ったような波紋が結界全体に広がっていく。波打つ結界が収縮と膨張を繰り返す。そして……


 パリン!


 その大きさとは裏腹な、ガラスが砕けるような繊細な音を立てて、山頂にすっぽりと覆っていた不透明な膜が砕け散った。

 兵士達からおおっという小さな感嘆の声が上がる。そして山道に再び集まった兵士達が隊列を組み直した。

 隊列を組み直した兵士達が再び行軍を始める。

 その光景を眺めていたレジスの元に、隊列の殿(しんがり)にいたシャノンが近付いてくる。


「ご苦労だった」

「ああ。これで俺の仕事は終わりか?」

「うむ。君はもう帰ってもらっても構わん」

「で、報酬はいつどこで貰える?」

「明日、街のアルビッグス侯爵邸まで来るがいい。そこで今回の報酬を渡そう」

「なるほど……分かった」


 このファルノア山はソコルワンド王国の領内にある。このシャノン達もソコルワンド王国の王国軍人だ。そしてこの辺り一帯はアルビッグス侯爵が治めている。つまりこのシャノン率いる兵士一団は王国軍の兵士であり、アルビッグス侯爵の私兵でもあった。


 今回の報酬が侯爵から出るということはこの魔女狩りを命令したのは侯爵ということか。まあ、金が確かな所から出るには何の問題もないが……。

 

 シャノンはレジスにそう告げると、兵士達の隊列へと戻って行った。それを見送ったレジスは山頂へと登りだした一団の後ろ姿を見送る。

 そして左腕に違和感を覚えた。


 ……これはどういうことだ?

 刻印が……。


 レジスの左腕の前腕、肘と手首の中間に刻まれた刻印が脈動し、ほのかに光の点滅を繰り返していた。

 やっぱりこの刻印がこの山の山頂の方に()()()()()()いる。しかも今までと比にならないくらい強くなっている。


 レジスはその刻印を隠すように左腕に布を巻き付けた。

 

 これは……確かめないと大人しく帰れそうもないな。


 レジスは山頂の方へ向き直ると、山頂に向かって歩きだした。既に王国軍の一団はかなり先の方にいた。


 まあ、魔女の方はあいつらが何とかしてくれるだろう。

 レジスは心の中でそう呟き、一団から遅れて、左腕が導くまま山頂の方へと向かうことにした。

お読みいただき、ありがとうございます。

良かったら今後ともお付き合い、お願いします!

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