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桜の下で出会った君は、誰より眩しかった

朝、目覚めの悪い私は、いつものようにアラームを何度もスヌーズした後に、やっと布団から這い出した。窓の外を見ると、満開の桜が春の訪れを告げていた。新学期。高校二年生になる季節。


「遅刻しちゃう…」


慌てて制服に袖を通しながら、私、柏木琴音かしわぎことねは、自分の運命が今日から変わることなど、まだ知る由もなかった。


朝食を飛ばし、パンをくわえて家を飛び出す。そんな古典的な光景を自ら演じてしまうほど、私は朝が苦手だった。


「琴音ちゃん、おはよう!」


校門の前で待っていたのは、幼馴染の中村陽菜なかむらひなだ。いつも明るく、周りを元気にさせる彼女とは小学校からの付き合いで、唯一心を許せる友人だった。


「ごめん、また遅れちゃった」


「もう、いつものことだね。でも今日は特別な日だからね!」


陽菜は笑顔で言うと、私の手を引いて校舎へ向かった。特別な日というのは、クラス替えのことだろう。確かに誰とクラスになるかで、この一年の運命は大きく変わる。


「そういえば、今朝変な夢を見たんだ」


桜並木を歩きながら、私は陽菜に昨夜の夢の話をした。


「夢?どんな?」


「うん、知らない男の子と桜の木の下で出会って…なんだか初めて会ったはずなのに、とても懐かしい気持ちになって…」


陽菜は目を丸くして、「運命の出会いかも!」と茶化してきた。そんなわけないと思いながらも、なぜかその夢のことが頭から離れなかった。


教室に入ると、すでに多くの生徒たちが席についていた。クラス替えの発表は昨日行われていたので、みんな自分の座席を知っている。私と陽菜は違うクラスになってしまったが、幸い隣の教室だったので昼休みに会うことはできそうだった。


「じゃあ、また後でね!」


陽菜と別れ、私は自分のクラスである2年3組の教室へと向かった。窓際の後ろから二番目の席。ちょうど桜の木が見える位置だ。


「あの、そこ僕の席なんだけど…」


背後から声がした。振り向くと、そこには見知らぬ男子生徒が立っていた。黒髪に切れ長の瞳、整った顔立ちと、少し儚げな印象を与える雰囲気。


「え?でも配置表では…」


私が言いかけたその時、彼は小さく微笑んだ。


「冗談だよ。隣の席だから、よろしく」


微笑みながら、彼は隣の席に座った。嘘をつかれて少し拍子抜けしたが、その顔を見た瞬間、昨夜の夢が鮮明に蘇った。夢に出てきた男の子に、彼がそっくりだったのだ。


「私、柏木琴音です。よろしくお願いします」


緊張しながらも、自己紹介をする。


「月島瑠偉。転校生だから、色々教えてくれると嬉しいな」


彼の口調は柔らかく、少し遠慮がちだった。でも、その目には強い意志のようなものが感じられた。


「転校生なんだ。どこから?」


「遠くからさ…説明するのが少し難しいくらい遠いところから」


何だか謎めいた答え方に、私は首を傾げた。そんな会話をしているうちに、担任の先生が教室に入ってきた。


授業が始まり、新しいクラスでの生活がスタートした。しかし、私の意識は隣に座る月島に引き寄せられていた。彼が何か発言するたびに、クラスメイトたちの視線が集まる。特に女子生徒たちは、早くも彼のファンクラブを結成しそうな勢いだった。


「ねえ、月島くんって何だかミステリアスじゃない?」


昼休み、陽菜が私のクラスまで来て、早速月島の話題を持ち出した。どうやら彼の評判はすでに学年中に広まっているようだった。


「そうかな…確かに少し変わってるけど」


「ほら見て、あんなに女子に囲まれてるよ!」


教室の片隅では、月島が女子生徒たちに質問攻めにされていた。彼は困ったように笑いながらも、一人一人の質問に丁寧に答えている。その姿を見ていると、何だか胸が締め付けられるような感覚があった。


「琴音、もしかして…気になる?」


陽菜が意地悪そうな笑顔で聞いてきた。


「ち、違うよ!ただ…なんだか見たことがあるような気がして…」


「え?前に会ったことあるの?」


「うん、夢の中で…」


その言葉を聞いた陽菜は、大げさに驚いた表情をした。


「それって運命の出会いじゃん!琴音、絶対アプローチしなきゃ!」


「もう、変なこと言わないでよ…」


照れ隠しに陽菜の肩を叩きながらも、私の目は自然と月島の方へ向いていた。するとちょうどその時、彼も私の方を見ていた。目が合い、彼は小さく手を振ってきた。


その日の最後の授業は体育だった。女子は校庭でバレーボール、男子は隣のコートでバスケットボールをしていた。私はあまりスポーツが得意ではなかったので、なるべく目立たないようにしていた。


「柏木さん、次どうぞ!」


順番が回ってきて、私は緊張しながらサーブを打った。しかし、力が入りすぎてボールは大きくコースを外れ、男子がプレーしているバスケットコートへと飛んでいった。


「あ…ごめんなさい!」


慌てて走っていくと、ボールは月島の足元に転がっていた。彼はバスケのプレーを中断し、ボールを拾い上げた。


「危ないところだったね」


そう言って彼がボールを差し出した時、私たちの指が触れ合った。一瞬、電気が走ったような感覚があり、私は思わず手を引っ込めてしまった。


「どうしたの?」


「あ、いや…なんでもないです」


その接触は一瞬だったが、何かが流れ込んできたような不思議な感覚があった。月島の表情にも、一瞬だけ驚きのようなものが見えた気がした。


放課後、委員会活動のために残っていた私は、教室に忘れ物を取りに行った。夕暮れ時の校舎は静かで、廊下には誰もいなかった。


教室に入ると、窓際に一人の人影があった。月島だ。彼は夕日に照らされながら、何かを考え込むように外を見ていた。


「あ、月島くん。まだ学校にいたんだ」


私の声に気づいて振り向いた彼の表情には、どこか悲しげな影があった。


「柏木さん…君に会いたかったんだ」


突然の言葉に、私は戸惑った。


「え?」


「実は…君に話しておかなければならないことがあるんだ」


彼が一歩近づいてくる。夕日の光が彼の横顔を照らし、まるで別世界の人のように見えた。


「君は、僕のことを覚えていない?」


「え?初めて会ったのは今日だよね?」


私の答えに、彼は小さく溜息をついた。


「そうだよね…当然か」


何を言っているのか分からず、私は困惑した表情を浮かべた。すると月島は急に真剣な眼差しで私を見つめた。


「柏木さん、僕は遠くから君に会いに来たんだ」


「どういうこと…?」


「信じられないかもしれないけど、僕は未来から来たんだ。五年後の未来から」


私はその言葉を聞いて、笑ってしまった。


「冗談はやめてよ。朝みたいに」


「冗談じゃないんだ」


月島は真剣な表情のまま、続けた。


「五年後、ある事故が起きる。その事故で君は…」


彼の言葉は途中で途切れた。


「私は…?」


「…命を落とすんだ」


その言葉に、教室の空気が凍りついたように感じた。もちろん信じられなかったが、彼の真剣な表情に、冗談ではないことが伝わってきた。


「それで、君を救うために過去に戻ってきた…そう言ったら、どう思う?」


月島の表情には焦りと不安が入り混じっていた。正直、私には彼の言っていることが理解できなかった。未来?事故?そんなSF小説のような話を、どうやって信じろというのだろう。


「証拠がある…」


そう言って月島は、自分のスマートフォンを取り出した。画面には、少し年を取った私と月島が一緒に写っている写真が映し出されていた。背景は見知らぬ場所だったが、間違いなく私自身だった。


「これは…」


「君と僕だよ。これから出会う場所で撮った写真。まだ存在していない思い出の記録だ」


私の頭はますます混乱した。彼の言うことが本当なら、私たちはこれから出会い、そして私は事故で命を落とすということになる。そして彼はそれを防ぐために、未来から来たというのだ。


「なんで…私のために?」


質問の意味を理解したのか、月島は静かに微笑んだ。


「五年後の僕にとって、君はかけがえのない人だから」


その言葉に、私の心臓が早鐘を打ち始めた。未来の私と彼は、そんな関係だったというのか。


「明日、君は事故に遭いかける。でも今回は僕が防ぐ。そして運命を変えるんだ」


彼の言葉には確信があった。しかし、私には疑問が残った。


「もし本当に未来から来たなら、なぜわざわざ高校生として転校してきたの?直接私に会えばいいじゃない」


「それは…」


月島は言葉を選ぶように少し間を置いた。


「君との出会いをもう一度体験したかったから。あの頃の純粋な気持ちを、もう一度感じたかったんだ」


そこまで言って、彼は恥ずかしそうに俯いた。窓から差し込む夕日が、彼の赤らんだ頬を照らしていた。


信じられない話だった。でも、彼の真剣な眼差しと、スマートフォンに映る未来の写真。そして何より、初めて会ったはずなのに感じる既視感。全てが彼の言葉の真実性を示しているように思えた。


「明日、何が起こるの?」


私の質問に、月島は少し驚いたように目を見開いた。彼は私が信じてくれると思っていなかったのだろう。


「明日の放課後、君は駅前の横断歩道で事故に遭う。僕はそれを防ぐために、必ずそこにいるよ」


その時、廊下から足音が聞こえてきた。警備員だろうか。もう校舎を閉める時間が近いのかもしれない。


「じゃあ、明日また」


月島はそう言って立ち去ろうとした。しかし、私は咄嗟に彼の袖を掴んだ。


「待って…本当のことを言って。これは冗談でしょ?」


彼は振り返り、静かに首を横に振った。


「冗談じゃないよ、琴音」


初めて名前で呼ばれたことに、私は少し驚いた。彼の瞳には真実だけがあった。


「明日、僕が全てを証明するよ」


そう言い残して、月島は教室を後にした。残された私は、窓の外に広がる夕焼けを見つめながら、彼の言葉の意味を考え続けた。明日、私は事故に遭うのか。そして彼は未来から来た救世主なのか。信じられない話だが、どこか心の奥では、それが真実かもしれないと感じていた。


桜の花びらが風に舞い、窓ガラスに優しく当たる音が聞こえた。私の人生が、今日から大きく変わろうとしていることを、その音が告げているかのようだった。


明日、全ての謎が解き明かされる—。


その夜、私は不思議な夢を見た。見知らぬ場所で月島と手をつないで歩く夢。それは未来の記憶なのか、それとも単なる願望なのか。目覚めた時、私の頬には涙が伝っていた。


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