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雨音に隠れた告白

高校二年生の春。窓の外は五月雨が降り続き、教室内は湿った空気で満ちていた。


朝倉陽菜は窓際の席で、しとしとと降る雨を見つめていた。長い黒髪を耳にかけ、ため息をつく彼女の横顔は、どこか儚げで美しかった。


「また雨か…」


そう呟きながら、陽菜は自分の傘を忘れてきたことに気づいた。隣の席から、クラスメイトの佐々木悠人が心配そうに声をかける。


「朝倉さん、大丈夫?なんだか元気ないね」


ゆっくりと顔を上げた陽菜は、悠人の優しい瞳に少し戸惑った。いつも冷静沈着な彼が、こんな風に気にかけてくれるなんて。


「ううん、大丈夫。ただ、傘を忘れちゃって…」


「それなら、僕の傘を貸すよ。今日は部活で遅くなるから」


悠人の申し出に、陽菜は小さく首を振った。


「ありがとう。でも、大丈夫。雨が止むのを待つから」


その時、教室の扉が勢いよく開き、担任の先生が入ってきた。授業が始まり、雨の話題は一時中断された。


――――――――――――――――――――――――


放課後、陽菜は図書室で読書をしていた。窓の外では相変わらず雨が降り続いている。時計は午後五時を指していた。


「まだ雨、止まないな…」


本を閉じ、陽菜はカバンを持って立ち上がる。雨音を聞きながら、彼女は廊下を歩いた。校舎はすでに静まり返っている。


突然、背後から駆け足の音が聞こえた。振り返ると、悠人が息を切らせて立っていた。


「やっぱりまだいた。朝倉さん、これ…」


そう言って、悠人は青い折りたたみ傘を差し出した。


「でも、佐々木くんは部活が…」


「今日は休みになったんだ。ほら、遠慮しないで」


躊躇う陽菜に、悠人は柔らかな笑顔を向ける。その表情に、陽菜の胸が少し高鳴った。


「ありがとう…でも、佐々木くんは?」


「僕は大丈夫。カッパ持ってるから」


そう言って、カバンからビニール製のカッパを取り出す悠人。陽菜は思わず笑みをこぼした。


「なんだか、佐々木くんらしいね」


「どういう意味?」


「いつも準備万端で、頼りになるって意味だよ」


何気ない言葉だったが、悠人の頬が少し赤くなった。


「そ、それじゃあ、気をつけて帰ってね」


慌てたように言い残し、悠人は足早に去っていった。陽菜は不思議そうに首をかしげ、青い傘を握りしめた。


――――――――――――――――――――――――


翌日も雨は降り続いていた。陽菜は教室に入るなり、悠人の席に向かった。


「おはよう、佐々木くん。昨日はありがとう」


そう言って、青い傘を差し出す。悠人は微笑み、「無事に帰れた?」と尋ねた。


「うん、助かったよ。佐々木くんは濡れなかった?」


「まあまあかな。でも大したことないよ」


実際は、カッパを着ていたものの、悠人は半分ずぶ濡れになって帰宅していた。しかし、そんなことは言えない。陽菜の安心した顔を見れば、それで十分だった。


昼休み、陽菜は教室で弁当を広げていた。すると、クラスの人気者である美咲が、にこやかに隣の席に座った。


「ねえ、朝倉さん。佐々木くんのこと、どう思ってる?」


突然の質問に、陽菜はおにぎりを喉に詰まらせそうになった。


「え?どういう意味?」


「だって、昨日の放課後のこと、みんな知ってるよ?佐々木くんが必死で朝倉さんを探してて、傘を貸してくれたって」


「そ、そんなの、ただの親切心だよ…」


陽菜の頬が熱くなる。美咲は意味ありげな笑みを浮かべた。


「そうかなぁ?佐々木くんって、クラスでも有名な理系男子で、女子とはあんまり話さないのに、朝倉さんにだけは優しいよね」


陽菜は言葉に詰まった。確かに悠人は普段、どこか他の男子と距離を置いていて、女子とも必要な会話しかしない。だからこそ、昨日の行動が周囲の目に留まったのだろう。


「気のせいだよ。私たちはただの隣の席だから…」


その言葉とは裏腹に、陽菜の心臓は速く鼓動していた。


――――――――――――――――――――――――


放課後、陽菜は再び図書室にいた。今日は小説ではなく、数学の問題集を開いている。実は明日、テストがあるのだ。しかし、どうしても集中できずにいた。


「やっぱり、この問題わからないな…」


悩みながらペンを回していると、背後から声がかかった。


「どれどれ、どんな問題?」


振り返ると、そこには悠人が立っていた。陽菜は少し驚き、問題集を見せた。


「この微分の問題なんだけど…」


悠人は隣に座り、丁寧に解説を始めた。数学が得意な彼の説明は、教科書よりもわかりやすかった。彼の真剣な横顔を見つめるうち、陽菜は少しずつ彼の魅力に気づき始めていた。


「なるほど!そういうことだったんだ。ありがとう、佐々木くん!」


「いいよ。朝倉さんが理解できたなら」


嬉しそうに微笑む悠人を見て、陽菜は胸がキュンとした。これが、恋の始まりなのだろうか。


勉強を終え、二人は図書室を出た。雨はすっかり止み、夕焼けが空を染めていた。


「雨、やんだね」


「うん、きれいな夕焼けだね」


二人は並んで校舎を後にした。帰り道、いつもは別方向なのに、今日は悠人が陽菜の横を歩いている。


「あの、佐々木くん。わざわざ送ってくれなくても…」


「いいんだ。たまには違う道を歩くのも悪くない」


そう言って悠人は前を向いたまま歩き続けた。しかし、その耳は赤くなっている。陽菜も黙って歩き、時々チラリと横顔を見た。


「あのさ、朝倉さん…」


突然、悠人が足を止めた。二人は小さな公園の前に立っていた。


「実は、言いたいことがあるんだ」


真剣な表情で陽菜を見つめる悠人。陽菜は心臓が喉元まで上がってくるような感覚を覚えた。


「な、なに…?」


「朝倉さんは…その…」


悠人は言葉に詰まり、深呼吸をする。そして、決心したように言った。


「僕、朝倉さんのことが好きだ」


陽菜の目が大きく見開かれた。予想はしていたものの、実際に告白されると、頭が真っ白になる。


「えっと…私…」


どう答えればいいのか。陽菜の心は混乱していた。悠人は慌てて言い足した。


「すぐに返事はいらないよ。ただ、知っておいてほしかっただけ。僕は一年前から朝倉さんのことが気になっていて…」


「一年前?」


陽菜は驚いて声を上げた。悠人はゆっくりと頷く。


「うん。去年の文化祭の時、朝倉さんが迷子の小学生を優しく教室まで案内していたの、見てたんだ。あの時から、朝倉さんのことをもっと知りたいって思った」


陽菜の胸に温かいものが広がった。そんな些細な出来事を覚えていてくれたなんて。


「でも、なぜ今…?」


「正直、勇気がなかったんだ。でも、この前の雨の日…傘を貸した時、朝倉さんの笑顔を見て、もう隠し続けるのは無理だって思った」


風が二人の間を吹き抜けた。陽菜はゆっくりと口を開いた。


「私も…佐々木くんのこと、最近気になってた」


悠人の目が輝いた。


「本当?」


「うん。優しくて、頼りがいがあって…でも、まだよく知らない部分もたくさんあるから、もっと知りたいなって」


それは告白への直接の返事ではなかったが、悠人は満足そうに微笑んだ。


「じゃあ、これからもっとお互いのこと、知っていこう」


そう言って、悠人は恥ずかしそうに手を差し出した。陽菜はその手を取り、小さく頷いた。


「うん、よろしくね」


二人の手が重なった瞬間、陽菜は不思議な感覚に包まれた。これが恋なのだと、初めて実感した瞬間だった。


桜の花びらが風に舞い、二人の新しい関係の始まりを祝福しているようだった。明日からの日々が、どんな色に染まっていくのか。陽菜は期待と不安が入り混じった気持ちで、悠人の横顔を見つめた。


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