隣の異世界 あるフリーランサーの決断
水底のネオンサインと同じ世界観の物語ですが、単独でお読み頂けます。
簡単な読み物として作成しました。
気楽にお読みください。
カクヨムコンテスト10短編部門に応募中の作品です。
目の前に四角いカードがあって、これは名刺だが、異世界への招待状だ。
しかも片道切符だったりする。
そいつを前に腕組みして胡座をかいている俺は、仮に村田としておこう、三十代フリーランサー、決してニートと呼ぶんじゃない。
で、名刺の話に戻るが、なんでしがないフリーランサーの俺が異世界行きの切符を持っているか、まあ聞いてくれ。簡単に話すから。
仕事を辞めた。
務めていたのはゲーム会社。役どころはプログラマーで、下っ端じゃないぞ、チームリーダーだって務めたことがあるんだから。
辞めた理由ってのは、前向きに自分でゲームを作りたくなったから。インディーズゲームは今活気があるだろう?
本当の理由は、あれだ、会社の方針が変わったから。
ウチの会社は結構コアなファンが多いゲームを作っていて、何本かヒット作も出している。ナンバリングタイトルだって持っていた。
けど小規模だった。
ゲームってのは、見た目以上に制作費がかかる。
最近のゲーム機は性能が良いから、それに見合った作品ださなきゃ、売れないんだよ。
そいでまあ、このままやっていくのは大変だってことで、大手に吸収合併さることになった。世知辛い世の中、そこは仕方ないと飲み込んだ。
タイトルロゴが別会社になったのは寂しかったが、タイトル自体がなくなるよりかはましだって思って我慢した。
仕事は以前と大差なかったが、色々と面白くないことが続いた。その辺は伏せる。いい大人だしな。
それでもしばらくは地道にやってたが、何だかなあ、急にやる気がなくなった。
忙しいのが落ち着いて、がっくりきたんだと思う。
鬱ってやつだ。
あんまり酷いんで長期休暇貰って、結局退職だ。
後悔はないよ。やっぱり昔にこだわってたんだ。合併した時にすっぱりやめりゃあ良かった。
といって、落ち込んでいてもメシは食えねえ。
頑張ってゲーム作ろうって奮起した。
それで気合い入れるために、ちょっと良い店に飲みに行ったんだ。
そこは昔ながらの小料理屋みたいな店で、カウンター席と上がりのお座敷の他に、奥には個室があって、予約入れりゃ一人でも通してくれるんだ。
その日仕入れた食材で料理を決めるから、メニューはない。
酒も米酒しかなくて、地方の地酒が揃ってる。
このご時世、よくこれでやっていけるよと思うよ。
でも酒も料理もめっぽう美味い。
金持ちが道楽でやってるような店じゃない。
おっかない人相の店主が一人で切り盛りしてるんだが、これが無愛想だけど気さくで、お喋りじゃないのに話し上手なもんだから、皆に大将って呼ばれてる。
昔接待で連れてきて貰った秘密の店だ。常連って程じゃないけど、良いことがあったら暖簾をくぐる、そんなお気に入りの店だった。
大将に、仕事を辞めてフリーランサーでやってくよ、って話したら、知り合いからソフトかアプリを貰ったんだが、使ってみるか? と持ちかけられた。
大将、酒や料理は詳しいけど、コンピューター関連はからっきしなんだ。
面白そうだからやるといったら、タブレットごとくれた。
何でもこのタブレットでないと使えないらしい。
家に帰って起動させてみると、ソフトウェア自体がオリジナルのようだった。
インストールされているアプリは一つきり。
開くと、タイトルが表示された。長方形に黒文字のシンプルなタイトルロゴは、センスのいい奴が作ったんだと一目で分かる。
感心ついでに期待も高まるってもんさ。
ちょっと触ってみると、どうやら色んな立体を使って、モンスターを作るゲームのようだ。
作り方は恐ろしく単純で、まずは骨格になるフレームを選択して、そこに立体を貼り付けて形を作っていくというもので、ブロックを積み重ねて街を作る有名なゲームに似ている。
頭部や関節に核となる星を設置して、その周囲を立体で肉付けしていく。
簡単すぎて、すぐに飽きるだろうと思いながら暇つぶしに一体作り上げた。
トカゲのフレームを元にしたドラゴンタイプのモンスターだ。
出来映えに満足して起動ボタンを押したら、そのドラゴン、一歩踏み出した途端に崩れた。
はあ? ってなったよ。
一瞬で、ずささーって雪崩みたいに立体が崩れて、フレームがその中に沈んだんだ。
画面に残されたのは、まんまジャンク品の山だった。
どういうことだと調べたら、同じ形に思えた立体の内部に、個別に情報が収納されていた。
それも固い、柔らかい、伸縮性があるとか、やたらと抽象的な内容だ。
立体の連結も、これといったルールはないが、噛み合わなければ機能しない。
見た目にこだわって積めば良いって話じゃなかった。
というわけで、最初からやり直し、もう一度ドラゴンタイプを作ってみた。
動かしてみる。が、今度は動かない。踏み出そうとした前脚が、何かに拘束されているみたいにギシギシと小刻みに揺れ、ポッキリ折れてドラゴンは転倒、ぐしゃりと潰れた。
唖然とそれを見て、俺はイラッとした。
簡単だと思っていたのが上手くいかないと変にやる気がでる、あれだ。
俺は意地になって、アプリと格闘を始めた。
四苦八苦しながら操作して分かったのは、かなり現実の生き物に寄せて動作が設定されていることだ。
立体に新たな情報を追加で書き込めることも分かった。
どうもそれが本筋らしい。
成程、プロ向けだ。
躍起になっているうちに熱中して、気付けば三日経っていた。
完成したモンスターを見せるため、俺はもう一度飲み屋へ行った。
大将はカウンターの向こうから、俺が作ったドラゴンが滑らかに闊歩するのを珍しそうに眺めていたが、おもむろに、実はこいつを使ってモンスターを作れる人間を探している奴がいてな。
ゲームの開発とは違うが、ちょっと手を貸してやってくれないか。
期間限定のアルバイトみたいなもんだ、と持ちかけられた。
報酬も予め設定されていて、このお遊びに費やした労力を充分回収出来る金額だ。悪くない。
少し考えて、俺はそのアルバイトを受ける事にしたんだ。
アルバイト先として教えて貰ったのは、都内の高級ホテルだった。
貸し切りになったワンフロア、その専用応接間に通されて、俺はちょっとビビった。
大将に騙されて闇バイトに放り込まれたんじゃないか、怖いお兄さんがわらわら出てきて、無理難題ふっかけてくるんじゃないかって戦々恐々となった。
参加者は他にもいて、男女合わせて五人。俺を入れて六人だ。
年齢はまちまち、俺と同じような想像をしているのか、一様に浮かない顔をしている。
話しかけてみたら全員プログラマーで、ここへは業界の知人から紹介されてきたと言うので、おかしな事にはならなそうだと少し安心した。
時間が来て、やって来たのはスーツ姿の男が一人だった。
若くはないが年寄りでもない、冷たい印象の男は、御蔵財閥会長秘書という、とんでもない肩書きを名乗った。
思わぬ大企業の名前にざわつく中、仕事内容が伝えられた。
期日内に例のアプリの上位互換を使ってモンスターを制作してほしい。
より複雑な手順を踏むことになるので、難しい仕事になるのは間違いない。
成功した場合にはバイト代を上乗せすることを約束しよう。とのことだ。
集まった一人が完成したモンスターの用途を尋ねると、軍事産業に関わりがあると即答した。
訓練用として運用する予定だと説明するが、人型や戦闘機でなく、何故モンスターなのかと重ねて問うと、生物の複雑な動きを再現する目的がある、と微妙に的外れな返答をされた。
参加する場合はこのままここに残ってほしい。
二時間後、改めて詳細を説明する。
不参加の場合は、往復の交通費と、拘束時間に応じた金額を支払うとのことだ。
参加した場合の日程も尋ねると、開発はこのフロア内で、二週間を予定している。
参加者に応じて機材を用意することになるので、一度帰宅して、仕事は明日から開始する。
宿泊、食費は込み。
開発中はホテル内の商業施設を利用し、外出は極力控えること。緊急時に備えて、家族との連絡はいつでも取れるようにしておいて欲しい。とのことだった。
……破格の待遇を提示されればされるほど警戒心は高まるものだ。参加者全員が困惑していたが、二時間後、全員残っていた。
簡単な話だ。
このホテルが御蔵財閥所有の複合商業施設で、本社も入ってるからだよ。
ついでに迷子になったふりして事務フロアに降り、近くの社員に道を尋ねたら、面接の方ですねって、すんなり話が通ったんだ。
再び男が現れて説明が終わり、翌日からモンスター制作が始まった
守秘義務につき、制作中の詳細は語れないが、最初はとにかく難儀した。新しく配布されたアプリの癖が強すぎて、慣れるのに一週間はかかった。
ただ慣れると使いやすさが際立った。
俺達は期間中にモンスターを二体仕上げることに成功した。
そして期日。
完成したモンスターをチェックをした男は、最終判断は専門家が行うが、成功と言っても差し支えないように思う、と生真面目に評価した。
満足げに俺達が顔を見合わせる中、しかし男は思案に暮れていた。
聞けば、予想以上の完成度で困惑しているという。
上の判断次第によるが、もしかしたら、スカウトがあるかもしれないとまで言い出した。
その言葉を受け、俺は少し迷って口を切った。
これを何に使うのか、本当の目的を知りたい。
軍の訓練用とは聞いているが、曖昧にされるのは正直怖い。
このアプリを含むソフトウェアやタブレットは、全部特注品だ。それも相当質が良い。そこまで金を掛けて、何に使うつもりなのか。
ずっと気になっていた事を、ここで確かめておきたい。
男は暫く考えて、話しても構わないが、知るとこれまで通りに生活出来なくなるが、よろしいか? と淡々と尋ねてきた。
全員引いた。
安っぽい脅しなら反発で荒れるだけだが、皆分かったのだ。
男が本気でこっちの身を案じていることが。
返答に窮する俺たちに、別に脅迫するつもりはないが、このような言い方では脅しと取られても仕方ない。
話そう。どうせ数年後には全てが白日の下に晒されるのだから。
人より先に、この世の面倒を知るだけだ。
だが、聞くよりも直接見た方が早い。
試験場へ案内しよう。
丁度、今日は外部からの見学も入っている。
同行してみてはどうだろうか。
今すぐは困るというなら、後日改めも構わない。
場所はこのホテルの地下研究施設だ。
男の提案に俺達は顔を見合わせた。
行くしかないだろう。
念のため、着替えるようにと渡されたのは、フルフェイスのガスマスクと防護服だった。
何が始まるっていうんだが。
十トン車がそのまま乗れそうな貨物エレベーターを使い、地下へ降下するその最中、操作盤の前に立つ男が語った。
本物のモンスター、魔獣を作っているのだと。
男の話はこうだった。
帝都の地下には巨大な空洞が広がっているという噂は耳にしたことはあるだろうが、それは事実だ。
今、我々はそこを降りている。
大気には魔素と呼ばれる有害物質が含まれている。
地上のそれは微量であるため問題はないが、地下はそうはいかない。
魔素は生物の死骸に堆積すると、死骸を化け物変える特性を持つ。
その化け物は、自我はないが、明確な意志を持ってあらゆる生物を攻撃する。
故にこれを魔獣と呼んでいる。
魔獣の発生を防ぐため、我々の先祖は、地下から魔素が吹き出さないよう、この浄化に苦心してきた。
魔素が吸着しやすい素材を開発し、噴出しやすい場所に設置して、定期的に取り替える。
空気清浄機のフィルターを交換するようなものだが、魔素を吸着した物質が魔獣化して襲ってくることもあるので、気を抜くことは許されない。
時間も手間も金もかかる、終わることのない地道な作業を繰り返すうち、ある時気付く者が現れた。
もう魔獣を倒した方が早いのでは? と。
魔獣は魔素を大量に吸収して発生するため、相対的に周囲の魔素は減少する。
そして魔獣の亡骸からは、固体化した魔素の塊が取れた。
これを加工すると石炭のような燃料に変わり、稼ぎにもなる。
手間暇掛けて浄化するよりも、浄化フィルターの役割を持った魔獣を意図的に作りだし、それを狩る方が手っ取り早い。
荒っぽいと思われたこの手法は、やってみると、思いの外上手くいった。
だが問題もあった。
例えば魚の骨を魔素の満ちた空間に放置しても、魚の魔獣にはならない。
鳥やトカゲのように変化したり、驚くほど巨大化することもある。
狩りの効率や安全性を考えれば、なるべく討伐しやすい魔獣を作りたい。
そこで狩り専用の魔獣を作り出す仕事が生まれた。
ここまではよろしいか?
よろしいも何も、ゲームシナリオの大ラフを聞かされているようにしか思えなかった。
似たような感想を持ったのだろう、皆微妙な顔をしている。
だが、話す男は真剣で、ツールもお遊び用のものではなかった。
ツッコミどころは多かったが、黙って最後まで聞くしかない。
質問がないのを見て、男は続けた。
この手法は長く魔素浄化に採用されてきたが、近代化に伴う環境の変化により魔素が増加、処理が追いつかなくなってきた。
地上に溢れるのも時間の問題になってきている。
加えて問題がもう一つ。
これまで帝都の魔素処理、魔獣退治は、とある一族が専任してきたが、事情があって役目を退くことになった。
その後、軍が後を引き継いだが、これも手を引き、今は別の組織が管理を行っているが、人手不足が常態化している。
いずれ地上の公安職や、一般人も退治を請け負わなければならなくなる。
だが、従来の人工魔獣は、専門の狩人が討伐することを前提に作られているため、初心者が相手をするには荷が重い。
一般人でも対処出来るよう力が調整された魔獣、それも挙動が読みやすく、攻撃にパターンのあるものが必要になった。
コンピューターを使った魔獣制作が試作され、専用のソフトウェアが開発、問題は解決したに思えたが、ここでも人手不足が問題化した。
目が向けられたのが、ゲームプログラマーだった。
この仕事の本当の目的は、ゲームプログラマーがこれら専門ツールを使用し、初心者の訓練に適した魔獣を作成出来るかどうかをテストことであり、またこの仕事の新たな担い手となれるかを確かめるものだった。
あなた方が作ったモンスターは、許諾を頂けるなら、この後、試験室にて実体化され、挙動パターンをチェック後、狩猟テストに出される。
あなた方からすれば、手塩にかけた作品が倒されるのは気分が悪いかもしれないが。
――つまり。
俺達が作ったモンスターを実体化させ、初心者ハンターの練習に使う、ということらしい。
話がぶっ飛びすぎて、この段階での感想は控えることにする。
エレベーターが止まった。
男が階数表示を見て、見学者が入ってくると告げると同時に扉が開き、7、8人が騒々しく乗り込んで来た。
軽口を叩き合っていたが、先に乗っていた我々に気付いて慌てて口を閉ざし、頭を下げる。
予想外の先客に気まずそうにしながら、反対側の端っこに集まっているのは、どう見ても中高生の集団だ。
大体服装からして、どこかの学校の制服だ。
全員、首にガスマスクを下げおり、邪魔そうに持て余していた。
エレベーターが閉じ、不自然な沈黙が流れた。
生徒達はこちらを意識してお喋りを控えているが、俺はそれどころではなかった。
初心者用の魔獣を作るとは聞いたが、未成年用とは聞いていない。
見れば生徒らに交じって、引率の教師と思しき女性の姿も見える。
授業の一環だろうか。それにしては少人数だが。
まるで履修科目に魔獣退治が加えられる可能性を示唆するような光景だ。
――いずれ一般人も、魔獣討伐をしなければならない。
男の言葉が奇妙に現実感を帯びてきて、俺は鳩尾辺りが気持ち悪くなってきた。
エレベーターが目的の階に到着した。
扉が開くと、目の前は鋭角的な白い通路だった。
壁に経路を示す数字や記号が描かれた、SFアニメの秘密基地のような内装だ。
アニメみたい、と誰かが小声で漏らすと、真似て作ったそうだと男が説明を入れてきたので、全員一気に脱力した。
試験室と表示された分厚い自動ドアをくぐると、そこは大学のような階段教室の一番上だった。
俺たちが中に入ったら、中で作業していた制服姿の人々が、まばらに振り返りこちらを見たが、女性が一人立ち上がってこちらにやって来るだけで、他は会釈だけして作業に戻った。
彼らは御蔵財閥に所属する、魔獣開発チームの研究員だという。
防護服は着用していないが、制服のフードが防塵マスクになっているのが、この場所の危険度を示していた。
案内役の女性に先導され、生徒達の後に続いて部屋の端の階段を下りながら、俺は彼らの仕事を横目に見る。
机に乗っているのはパソコンだろうが、ブラウン管テレビのようにやたらとでかい。
ボタンやダイヤルが大量に付いており、カールコードに繋がれたマイクとヘッドフォンが脇に引っかけてあるというレトロ仕様だというのに、モニターは何もない空中に画面が表示されるというチグハグ振り。大いに興味をそそられた。
机が向く先は巨大なガラス壁になっていて、その向こうの広い空間を見下ろせるようになっていた。
オペラ座のボックス席のような、いかにもといった構造だ。
見学者は全員、ガラス壁の前に案内された。
横一列に並び、見下ろす格納庫のような空間は、思った以上に広い。
奥の方には、奇妙な造形物が床を突き破って生えていた。
直径が成人の背丈はありそうな丸っこい岩石を、絡んだ蔦のような支柱が掴んで掲げているような形状だ。
それを取り囲むように貨物コンテナが散乱している。戦闘を見越した遮蔽物だろう。
中央の岩石のようなものが人工魔獣の繭です、と案内役が説明した。
割れた岩石が空洞の内部を覗かせている点にはひとまず触れず、この試験場には魔素が満たされており、それを一定量吸収すると、あの岩石が割れ魔獣が孵化します。と結ぶので、魔獣は既に生まれているわけだ。
挙手した生徒の一人がそれを確認すると、案内役は、あなた方がいらっしゃる少し前に孵りました、と申し訳なさそうに苦笑した。
危険な生物がいる割りにはやけにのんびりしている。
それに試験場は空だな、とガラスの向こうを覗き込んでいたら、上から巨大な黒いトカゲが壁を這いながら降りて来て、俺は仰け反った。
ガラス壁の裏を滑らかに這い回るそいつは、色とサイズと除けばヤモリにそっくりだが、出目金のように左右に突き出た目玉が忙しなく回転して差異を強調している。
生き物じゃないとすぐに分かった。
感覚の問題だから具体的な説明は出来ない。
初対面の挨拶で、不意に相手に生理的な嫌悪を覚えるのに似ていた。
にこやかな笑顔、丁寧な言葉遣い、慇懃な態度。問題はないのに、言動の端々から纏わり付くように滲み出る本性に警戒を強める、あの感覚。
コイツは敵だ。
そう思った瞬間、動き回っていた目玉が俺を見た。
俺が奴を敵と認識したことを、本能で察したようだ。
ガラス玉のような目玉に映った俺の顔は、自分とは思えないぐらい強ばっていた。
作り物だが本物のモンスター、魔獣を目の当たりにして、俺たちプログラマーがドン引きする中、生徒達は歓声を上げ身を乗り出し、あまつさえ討伐できるかと案内役に尋ねだした。
唖然となる俺達を余所に、案内役は手元のタブレットを確認して、上段以上なら討伐テストに参加出来ますよ、とサイドメニューの追加注文を受け付けるように伝えた。
途端に生徒達は落胆、不満を漏らす。
どうやら条件を満たした者はいないようだ。と思っていたら、やおら一人が手を上げ、免許証のようなカードを案内役に提示した。
カードを受け取った案内人は、タブレットを操作し、暫く画面を見つめて頷くと、ソロ討伐になります、武器はお持ちでしょうか、道具の使用には制限が、などと確認し出した。
おいおい、本当にやる気かと俺達が狼狽える中、その一人、少年は、案内役が呼んだ別の研究員と一緒に、俺達の前を会釈して通過すると、階段下の扉から隣の部屋へ入っていった。
俺は唖然となってその背中を見送ったが、見ていたのは俺達だけではなかった。
ガラス壁に張り付いたヤモリもどきもまた、部屋を出る少年の姿を追っていた。
暫くすると、向かって左の鋼鉄製の扉が開き、黒い戦闘服を着用した少年が、太刀を携え歩み出てきた。
白く光を弾く太刀は真剣だ。
フルフェイスのガスマスクを装着した彼の目元は、ただただクールだった。
討伐がどうのようにして行われてたのかは、ハッキリ言って分からなかった。
魔獣が少年めがけて壁から跳躍、その影に少年が隠れた次の瞬間、細長い銀の光が縦に走って、次の瞬間には魔獣は縦に真っ二つだ。
空中で左右に分かれたの魔獣は、砂袋が落ちるような重い音を立て地面に落下、同時に形が崩れて、あっという間に砂の山と化した。
手足の爪や、頭部といった固そうな部位は崩壊を免れ、砂山に落ちてズルズル沈んでいる。
はしゃいだ生徒らが少年に賛辞を飛ばす中、俺達は口をあんぐりあけて固まるしか出来なかった。
討伐を終えた少年は見学者に手を振り微笑んだが、戻ろうとして視線を外したその顔は、物足りなかったとでも言いたげな不満で陰っていた。
見学後、施設内の食堂にて、俺達プログラマーは雁首揃えてどんより落ち込んでいた。
目にしたものが信じられなかった。
遅れて食堂にやって来た男が詳細を説明した。
あなた方に作って貰いたいのは、先程のような未成年者向けの訓練魔獣だ。
ご覧になった通り、実践に参加するには段位が必要だ。
そして段位を取るには訓練を積む必要がある。
だが、その訓練用の魔獣の開発は実戦用の後回しにされ、上を目指す者には用をなさない、低レベルのものしかないという。
質問が上がった。
再び軍が討伐をすることは出来ないのか?
魔獣退治をしていた一族に、もう一度返り咲いて貰うというのは?
彼らのやり方を踏襲出来ないのか?
これらの質問に、男はこう答えた。
周辺諸国との関係が不安定な現状、国防を担う軍に、こちらに手を回す余裕はない。
この事情は公安職にも通じる。
魔獣討伐を専任してきた一族は、現役で討伐の指導にあたっているが、かつての方法は今となっては禁じ手だ。
その一族が、どのようにして魔獣を討伐していたのかを聞いた俺達は沈黙した。
現代の我々の感覚では、到底受け入れられない非人道さだった。
そんなこんなで見学会が終わり、解散となった。
アルバイト代は成功報酬込みで破格の金額となった。
暫くは家に引きこもってゲーム作りに専念できる。
だが、解散前の挨拶で、男は全員に名刺を配ってこういった。
本音としては、このままあなた方に研究室に入ってもらいたいと考えている。
その気になったら、この名刺の番号に連絡を入れてくれ。だが、よく考えて決めてほしい。
こちら側にきたのなら、これまで通りではいられなくなる。
今日、あなた方に見せたのは、ほんの一部に過ぎない。
もしこちらの研究に携わるなら、あなた方の常識は覆り、二度と戻ることはない。
異世界へ放り込まれたような感覚にすら陥るかもしれない。
それでもやってみたいと思うなら、 連絡を待っている。
そして俺は家に帰って、今は夜。
名刺を前に手足を組んで、頭を悩ませているというわけだ。
どうしようか。
やってみたい気持ちは強い。
自分が作ったモンスターを実体化させる。夢のような話じゃないか。
男は、討伐されることを目的とした魔獣を作ることに、嫌悪を感じるかもしれないと言っていたが、そこはいかにも門外漢の見解だ。
自分が作ったモンスターをユーザーが頭を悩ませて攻略する。
開発者冥利に尽きるというものだ。
だが、訓練用とは言っても軍事用、いつ兵器転用されるか分からない。
訓練中に死傷者が出るかもしれない。
事故だって起こるだろう。
首を捻って考えて、気付いた。
やらないという選択肢が、はなからないことに。
俺は腕を解き、よしっ、と膝を叩いた。
やるか。
やってみるか。
目の前にあるのは本物の異世界行きの切符じゃないか。
片道なのは当然だ。
すぐに連絡しようと思ったが、今日は週末、明日は休日だ。
連絡は週明け、朝一番にしよう。それが社会人のマナーだろ?
翌日、俺は再び飲み屋を訪れた。
心は決めたが、まずは大将に報告したいと思ったんだ。
詳細を伏せながら俺は大将に、異世界に行くことになったから、暫く店にはこれないかもなあ、と含みを持たせながら上機嫌で囀った。
大将は、そうか。まあ、頑張りな、と鷹揚に笑った。
酒が回って気分が乗った俺は、ふと気になって、そういや大将、あのタブレットは誰からもらったんだい? 常連客か?
ああ、あれなあ。大将は片手で目元を隠して、最初に呑みに来たとき、業界の話を教えてくれたろう? それで依頼したのだよ。
……俺は一瞬で酔いが醒めた。
その声は、俺達を案内したあの男そのものだった。
俺が目を白黒させていると、大将は手を下ろし、にやりと笑って、どうだい、話のオチとしちゃあ、そこそこだろう?