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しまねことサヨ〜猫の言葉がわかるあたしと島猫たちの、まったりスローライフ〜  作者: 川上とむ
第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

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第21話『旅猫と、突然の別れ』

 図書館カフェを飛び出したあたしは、目の前の石段を数段ずつ飛ばしながら港へと急ぐ。


 それにしても、青柳(あおやぎ)さんが海上タクシーを使うとは思わなかった。

あれは島へ渡る最終便を乗り過ごしてしまった人たちが割り勘で利用するもので、まだ通常の連絡船がある時間帯に頼むなんて、よっぽどだ。


 けれど、彼が海上タクシーを予約してくれたおかげでその行動を把握することができたのだし、情報をもたらしてくれた新也(しんや)に感謝だった。


「……あれっ?」


 ようやく住宅地を抜けた時、背の低い防波堤の上で毛づくろいをするミナを見つけた。


「ちょっと、なんであんたがここにいるのよ。青柳さん、本土に帰るんじゃないの?」


「よく知ってるね。でも、私は帰らないよ。置いていかれたの」


 思わず話しかけると、そんな言葉が返ってきた。


「え、飼い猫を置いていくなんて……なんで?」


「ケイスケがこれから行くのは、本土の病院だから。さすがに猫は連れていけないそうよ」


「病院? あの人、どこか悪いの?」


「うん。彼は病気なの。それも、かなり悪い。長い入院と、手術が必要らしい」


「うそ……あの人、まだ二十代でしょ?」


「そう言われてもね。私にはわかるんだ。匂いっていうかさ。それで、カオルが迎えに来た」


 それまで一心不乱に毛づくろいを続けていたミナは、ゆっくりと顔を上げる。


「ケイスケはこの島が好きだから、できるだけ長く滞在したいと言っていた。でも、カオルに何日もかけて、説得されたの」


 ……ここに来て、ようやく話が読めてきた。


 青柳さんは自分の病気をひた隠しにし、恋人に黙ってこの島に来ていた。

恋人の(かおる)さんは青柳さんの身を案じ、ここまで追いかけてきた……ということらしい。


「だからって、あたしたちに何も言わずにいなくなるの?」


「それを言わないでよ。もしわかっていたとして、サヨに何かできる?」


「それは……できないけど」


 どこか冷静なミナに言われ、あたしは言葉に詰まる。


 あの態度からして、おじーちゃんは青柳さんの病気について知っているのだと思う。


 あたしに教えてくれなかったのは、まだ子どもだからだ。


「ミナだって、置いていかれたのよ? 寂しくないの?」


「……寂しくないと言えば嘘になるよ。文句の一つでも言ってやりたい」


 ミナは憂いを帯びた表情で、防波堤の上から港の先を見つめる。


「でも、どうしようもない。思いを伝えたくても、私には無理なの」


「あたしがいるわよ!」


 弱々しく言う彼女を見ていられず、あたしは叫んだ。


「あんたの気持ち、あたしが代弁してあげる! だから来なさい!」


 その真意に気づいたのか、目を見開いたミナをあたしは抱きかかえる。腕の中の彼女は、じっとして動かなかった。


 それを肯定と判断したあたしは、再び港に向けて走り出した。



 それからすぐに港に到着し、あたしは周囲を見回す。


 すると港の端に、見慣れない小型艇が停まっていた。


 駆け寄っていくと、そこに青柳さんと薫さんの姿があった。ギリギリ間に合ったようだ。


「青柳さーん!」


「あれ、小夜(さよ)ちゃん。それにミナも。ひょっとして見送りに来てくれた?」


 慌てて駆け寄ってきたあたしを見て、青柳さんは驚きの表情を見せるも……その口調はどこかひょうひょうとしていた。


「病気のこと、なんで隠してたんですか?」


「ああ……もしかして、月島さんから聞いちゃった?」


「別口です。島のネットワーク、甘く見ないでください」


「そっか……」


 そう伝えるも、彼は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。


「まあ、そういうわけでね。急遽島を離れることになったんだ。月島さんには伝えてあるけど、ミナをよろしく」


 あたしの腕の中にいるミナを見ながら、彼はバツが悪そうに言う。病気という話を聞いたからか、その顔色も心なしか悪い気がした。


「散々お世話になった上に、ミナまで置いていくなんて、悪いとは思ってるんだけど……」


「……ケイスケ」


 その時、ミナが飼い主の名を呼んだ。


 当然ながら、その言葉は届いていない。


 けれど、その声には強い意志が感じ取れた。


 ……これは、あたしも覚悟を決めなければ。


「青柳さん、今から、ミナの言葉を伝えます」


「えっ?」


 ミナの小さな体を青柳さんの目の高さまで持ち上げて、あたしはそう口にした。


 ……この際、ヘンな子に思われたって構わない。


 今、伝えてあげなければ、一生後悔すると思ったから。


 戸惑いの表情を見せる二人を前に、あたしは大きく息を吸い込む。


 そして、ミナの言葉を全て代弁してあげた。



 ――いつもおいしいごはんをくれていること。


 ――写真に写ること、嫌いじゃなかったこと。できたら一緒に写真に写りたかったこと。


 ――病気だということに、気づいていたこと。


 ――ずっと待ってるから、必ず帰ってきてほしいこと。


 ――病気に負けるな。頑張れ、ケイスケ。



 そこには、青柳さんに対する文句なんて、ひとつもなかった。


 ただただ、愛しい飼い主に対する感謝と、深い愛情が込められた言葉が並んでいた。


 その全てを伝え終わった時、あたしは自然と涙を流していた。


「はは、ミナに励まされるなんて。まいったなぁ」


 一方の彼も目尻に涙を浮かべながら、ミナの頭を撫でる。


 その動作から、疑っている様子は微塵も感じられなかった。これで、ミナの思いは伝わったと信じたい。


「ミナは内弁慶なところがあるから、島の猫たちと仲良くやっていけるか心配だよ」


「……頑張る」


「頑張るそうです。島猫たちは皆優しいので、きっと大丈夫ですよ」


 この島の猫たちは、様々な境遇を経てこの島に来ている。


 大好きな飼い主と離れ離れになる悲しみをわかっている子も多いし、きっとミナのことも受け入れてくれるはずだ。


「はは、じゃあ、僕も頑張らないとね。ミナにばかり気苦労はかけられないし」


 そう言って、彼は笑った。


 その笑顔は、先程までと違って爽やかなものだった。


「……それじゃあ、行くよ。ミナ、またね」


 最後にもう一度ミナの頭を撫でて、青柳さんは船に乗り込んでいく。


 その背を追うように歩いていた薫さんが一度だけ振り返り、深くお辞儀をした。


 二人が乗り込んだあと、低いエンジン音を響かせて、船は遠ざかっていく。


 その船影が海の向こうに見えなくなるまで、あたしたちはずっと海を見つめていた。



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