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しまねことサヨ〜猫の言葉がわかるあたしと島猫たちの、まったりスローライフ〜  作者: 川上とむ
第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

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第20話『夏休みの宿題と、図書館カフェ』

 それからさらに数日が経過するも、おじーちゃんは何も教えてくれなかった。


 こっそり簡易宿泊所に足を運んでみたものの、ぴったりとカーテンが閉じられていて、人がいるのかもわからなかった。


 煮えきらない気持ちはありつつも、日々は刻々と過ぎ去り、夏休みも佳境を迎える。


 そうなると、あたしたちの前に『宿題』という現実が立ちはだかってくる。


 新也(しんや)の言う『ラストバトル』が、いよいよ始まろうとしていた。


雪絵(ゆきえ)さん、今日はよろしくお願いします」


「気にしないでいいわよー。裕二(ゆうじ)も全然終わってないみたいだし、思う存分宿題しちゃいなさいな」


 夏休みも残り数日というある日の午後、あたしたちは図書館カフェの二階に集っていた。


 ここは裕二の母親である雪絵さんが経営するカフェで、一階はそれこそ図書館を思わせる内装をしていて、ぎっしりと本が詰まった本棚が所狭しと並んでいる。


 その脇の細い階段を上った先にある二階スペースが、あたしたちの主戦場だ。


「さーて、やりましょうかねー」


 『宿題と対決中』と書かれた新也お手製の張り紙を前に、あたしたちは机に向かう。


 この机は廃材の再利用を兼ねて学校から運んできたものらしく、教室にあるのと全く同じだ。


 あたしたちも教室にいるような気分になり、おのずと勉強にも気合が入る。


「小夜ちゃん、英作文の課題終わった?」


「全然手つかず。裕二は? 昔っから作文、得意でしょ?」


「読書感想文とか、国語の宿題は終わったんだけどさ……数学と英語は苦手なんだよね」


 あたしの向かいに座る裕二は、そう言って頭を掻く。目の前に見える数学の宿題は真っ白だった。


「正直、猫の手も借りたいよね……そういえば、小夜ちゃんは猫に勉強教えてもらえないの? 猫って博識なイメージだし」


「一番物知りなのはトリコさんかしら、まぁ、勉強で役立つことを教えてもらった覚えはないけどねー」


 歴史の問題集を適当に埋めていきながら、裕二とそんな会話をする。


 猫たちは基本、勉強なんて教えてくれない。一方で噂話が大好きだから、それ以外の知識は色々とつけさせてもらっているけど。


 ……たとえば、なっちゃんと新也が両思いなこととか。


 ふとその事実を思い出し、隣で向かい合って宿題をする二人を盗み見る。


「なんだこの問題。わけわかんね……夏海(なつみ)―、ここ、教えてくれよ」


「ここはこの公式を使うの。こうして、こう」


「え、どの公式?」


「これだよー」


 その時、教えるのに夢中になっていたのか、二人の手が触れ合う。


「あ……ご、ごめん」


「い、いや……」


 直後、二人はほとんど同じ動きで手を引っ込め、顔を真っ赤にしてうつむいた。


 うーん、なんというか、初々しいわねー。


 どこか微笑ましい気持ちになりながら、あたしは二人から視線を外した。


「カトーのおばーちゃん、物知りですー」


 そんな中、あたしたちについてきたヒナは、カフェの常連だという加藤のおばーちゃんから昔話を聞かせてもらっていた。


「今は立派な集会所ができちまったけど、あそこは昔、鉄工所だったんだよ。あとは、借耕牛なんてのもあったねぇ」


「シャッコーギュー?」


「そうだよ。昔は山の上が全部牧場で、そこで牛を育てては、よその島に貸し出していたんだ。牛は島の稼ぎ頭だったんだよ」


「牛さん、すごいです!」


 ヒナはキラキラと瞳を輝かせながら、彼女の話に聞き入っていた。


「加藤のおばーちゃん、熱心に話を聞いてくれる人がいてよかったですね」


 その時、雪絵さんがおぼんを手に二階へとやってきた。その上には、様々な飲み物が載っている。


「本当にねぇ。最近は孫たちも、ばーちゃんの昔話は聞き飽きたって言うんだもの」


「子どもたちにも、島の歴史は知っておいてほしいんですが。はい、どうぞ」


 雪絵さんはそう言いながら、おばーちゃんの前に緑茶を、ヒナの前にオレンジジュースをそれぞれ置いた。


「ありがとです!」


「いえいえー。はい、勉強中の皆にはアイスティーね。紅茶は集中力を高める効果があるのよ」


 彼女は続いて言い、あたしたちの机にアイスティーを置いてくれる。


「ありがとうございまーす」


 それぞれ冷たいグラスを受け取りながらお礼を言い、改めて勉強に集中したのだった。


 ……それから数時間の間、黙々と宿題に取り組む。


「そういえばさ、あの写真家の人いたじゃん」


 そろそろアイスティーで高めた集中力も切れようかという頃、誰にともなく新也が呟く。


「写真家って、青柳さん?」


 その言葉を拾ったのは、なっちゃんだった。


「そうそう。あの人さ、今日帰るんだってさ」


「え、帰るって、どこに?」


 頭の片隅でその会話を聞いていたあたしは、反射的に顔をあげて問いかける。


「どこって、本土に決まってんじゃん。まさか小夜、知らないのか?」


 初耳だった。


「今朝、港に女の人と一緒に海上タクシーの予約に来たって、父ちゃんが言ってたぞ」


 新也は意外そうな顔をしながら続けるも……あたしはショックを隠しきれなかった。


 そりゃあ、そこまで親しくはなかったけど、せめて別れの挨拶くらいしてくれるものと思っていたから。宿泊場所だって貸してたんだし、おじーちゃんも一言言ってくれればいいのに。


「新也、その船の予約って、いつ?」


「確か16時だったはずだぜ。見送り、行くのか?」


 反射的に時計を見ると、あと15分ほどしかない。


「……あたし、行ってくる! ヒナをよろしく!」


 半分叫ぶように言うと、そのまま図書館カフェを飛び出した。



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