第8話『双子猫と、母親探し』
「ああ、その子たちは夏田さんとこの双子だね」
その日の夕食時、島猫ツアーの最中に出会った双子ちゃんと黒猫たちについておじーちゃんに聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。
「ちょうど今日、その夏田さんのところに行っていたんだよ。娘さんたちは途中で遊びに行ってしまったのだけど、小夜と会っていたんだね」
夏田さんからの貰い物だという奈良漬けを口に運びながら、おじーちゃんは続ける。
「夏田さんは事情があって、娘さんたちと島に引っ越してきたのさ。以前から交流があったし、連れ猫がいるという相談を受けて、家の手配をしてあげたんだよ。あの子猫たちも、まだ去勢前だからね」
「あ、そうだったんだ」
思い返してみれば、あの二匹の耳には切り込みが入っていなかった。つまり、まださくら猫ではないということ。
「ゆくゆく去勢手術はしてくれるそうだし、目下の問題は、その母猫だね」
「双子ちゃんたちが、『ほーにんしゅぎ』って言ってたけど……何かあったの?」
「島に来てすぐ、家の近くを縄張りにしている島猫と喧嘩になったらしくてね。怖くなったのか、そのまま家に寄り付かなくなったそうだ」
「あー、そういうこと……」
「幸いなことに、子猫たちの乳離れは済んでいるそうだけどね。小夜も見慣れない黒猫を見かけたら教えておくれ」
「うん」
返事をしながら、あたしも奈良漬けを口に運ぶ。芳醇な酒粕の香りと、なんともいえない独特の風味が鼻を抜けた。
それにしても、双子猫の母親はどこ行っちゃったのかしら。時間を見て、島猫たちに話を聞いてみよう。
「はふぅ……」
そんなことを考えていた矢先、同じく奈良漬けを口にしたヒナが、へなへなと畳の上に倒れ込んだ。
「え、ちょっとヒナ、どうしたの?」
慌ててその身を抱き起こすも、その顔は真っ赤だ。
「うわー、明らかに奈良漬けで酔ってるわ」
さっきから話に入ってこないと不思議に思ってたけど、酔っ払っちゃってたのね。
「さすがにヒナにはきつすぎたのかな。水を持ってこよう」
そう言って立ち上がるおじーちゃんを後目に、あたしは呂律の回らないヒナを必死に介抱したのだった。
◇
翌日の夕方。あたしは漁港での用事を済ませ、村長さんの家の前を歩いていた。
「……あれ?」
その道に沿うように築かれた石垣の上に、二匹の黒猫の姿があった。
「あんたたち、クロとスズよね。こんな所まで来たの?」
少し離れた場所から、あたしは彼らに声をかける。
いくら子猫の行動範囲が広いとはいえ、以前出会った場所からかなり離れている。
加えて村長さんの家周辺は、みゅーちゃんやテンメンジャンの縄張りだ。
それを教えてあげないと、後々大事になるかもしれない。
「……誰だろ。スズ、逃げる?」
「逃げないよ。昨日会った人じゃん」
「え、そうだっけ?」
「そうそう。クロは相変わらず、ヒトの顔を覚えるのが下手だなぁ」
「うん。マリンとカリンも、どっちがどっちだかわからない」
「それはあたしも同意だけど……」
双子猫たちは顔を見合わせながら、そんな会話をする。時折しっぽが同じタイミングで動いていて、なんともかわいらしい。
「顔を覚えるのが苦手でも、この島に住むんなら、あたしの顔は覚えてほしいんだけど」
そう言いながら二匹の間に割って入ると、彼らは揃って目を丸くした。
「……もしかしてこのヒト、ぼくたちの声が聞こえてる?」
「しっかり聞こえてるわよー。あたしは月島小夜。よろしくね」
訝しげな顔をする猫たちにそう自己紹介をし、この力は神様からもらったものだと説明する。
彼らは再び顔を見合わせるも、実際に会話は成立しているし、どうやら信じてくれたようだった。
「ところで、あんたたちは冒険にでも来たの? ここ、他の猫たちの縄張りだから、あまり長居しないほうがいいわよ」
「……おかーさんを探してるんだ」
二匹の背中を同時に撫でてあげながら尋ねると、クロは表情を曇らせながらそう言った。
「あー……そういえば、いなくなっちゃんだっけ」
「匂いをたどってここまで来たんだけど、この辺りからわからなくなってて」
クロに続いて、スズがそう教えてくれる。彼女も心なしか、元気がない。
その見た目からして、親離れするかしないかギリギリの年頃だろう。やはり、寂しいのかもしれない。
「しょーがないわねー。お母さん探し、あたしも協力してあげるから。元気出しなさい」
「ホント!?」
あたしがそう口にすると、二匹は全く同じ動きで目を輝かせた。
「本当よー。こう見えてあたし、島の猫には詳しいから。話もできるし、他の猫たちにも聞いてあげる」
「ありがとう! サヨねーちゃん!」
「サヨお姉様、よろしくお願いします!」
「わひゃ!?」
そう伝えた直後、二匹はあたしに飛びついてきた。
さすが子猫の身軽さだけど、さっきまでのしおらしい態度はどこに行ったのかしら。
「なんだか賑やかだね」
その時、足元から声がした。見ると、みゅーちゃんがあたしたちを見上げている。
「ちょうどいいわ。みゅーちゃん、ちょっと話があるんだけど」
抱きついたままの二匹を引き剥がしながら、あたしはみゅーちゃんに双子猫を紹介する。
「新入りかぁ。ミナに続いて、最近多いね」
「先輩猫として、仲良くしてあげなさいよー。テンメンジャンにも喧嘩しないよう、よーく言っといて」
「……善処はするよ。あいつら、話聞かないんだよね」
ぺろぺろと毛づくろいをしながら、みゅーちゃんが言う。まぁ、あの子たちもまだまだ小さいしねー。
「ねぇスズ、もうちょっと冒険していこうよ!」
「しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ」
その矢先、クロがそう言って走り出す。安心感からか、すっかり子どもらしくなっていた。
「飼い主の双子ちゃんたちが心配するから、暗くなる前には家に帰りなさいよー」
石垣の向こうに消えていく二匹に慌てて声をかけるも、返事はなかった。
「……やれやれ、サヨも大変だね」
その姿が見えなくなったあと、みゅーちゃんがあたしを見ながら言う。
「困ってるみたいだったし、ほっとけないのよー。あんたも雨の港に捨てられてたのをあたしが見つけて、村長さんの家まで連れてってあげたでしょー?」
おのずとみゅーちゃんを抱きかかえながらそう口にすると、彼は目をそらしたあと、「もちろん、感謝してる」とぶっきらぼうに続けた。
助けた当時は手のひらに乗るサイズだったこの子も、村長さんの愛情をたっぷり受けて、ずいぶんと大きくなった気がする。
「よーう、小夜ちゃんじゃないか。みゅーちゃんと遊んでくれているのかな?」
その時、聞き覚えのある声がした。
見ると、村長さんが家の門の奥から手を振ってくれている。
噂をすればなんとやら、だった。




