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しまねことサヨ〜猫の言葉がわかるあたしと島猫たちの、まったりスローライフ〜  作者: 川上とむ
第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

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第4話『アジの刺身と、東京土産』

「……あれ? おじーちゃんたちも今来たの?」


 簡易宿泊所をあとにして、足早にしまねこカフェへやってくると、おじーちゃんと青柳さんがあとからやってきた。


「そうなんだよ。思い出話に、つい花が咲いちゃってね」


「以前来た時と町並みはほとんど変わってないから、懐かしくなっちゃったんだ」


 顔を見合わせながら言う二人とともにカフェに足を踏み入れると、ヒナがキラキラの笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさいです!」


「おかえりー」


 その傍らにはココアの姿もあり、二人で留守番をしてくれていたようだ。


「あれ? 月島さん、お孫さんがもう一人いらっしゃったんですか?」


「え? ああ、その子は親戚の子なんだ。訳あって預かってるんだよ」


「そうなんですね。よろしく、えーっと……」


「ヒナです! よろしくです!」


 事情を聞いた青柳さんは納得した様子で、ヒナと目の高さを合わせながら挨拶してくれる。彼女もきちんと自己紹介できていた。


小夜(さよ)、奥の部屋にキャットフードの袋があるはずだから、二つほど持ってきてくれないかい?」


 『無人開放中』と書かれた看板を裏返しながら、おじーちゃんが言う。


「成猫用のお魚ミックス、1.5kgのでいい?」


「好みがあるかもしれないね。片方はチキン味にしておくれ」


「りょーかい」


 あの子、どっちのエサが好きか聞いとくべきだった……なんて考えながら和室を通り抜けていると、後ろからヒナがぱたぱたとついてくる。


「ヒナも手伝います!」


「けっこう重いわよー。大丈夫?」


「だいじょーぶです! うんしょ。よいしょ」


 和室の先にある扉を開け、その奥の居住スペースに置かれたキャットフードをヒナに渡す。彼女は体全体で持ち上げるようにしながら、一生懸命運んでくれた。


「ああ、ヒナちゃん、ありがとうね」


「どういたしまして! お兄さんのおうち、ネコさんがいるですか?」


「そうだよ。一緒に連れてきたんだ。宿泊所の中にいるから、よかったら会いに来てね」


「はいです!」


 キャットフードの入った袋を渡しながら、青柳さんとヒナがそんな会話をしていた。


 さすがヒナは物怖じしない。早くも仲良くなったようだ。


「……あ、僕の撮った写真、まだ使っていてくれていたんですね」


 ヒナが離れていったあと、青柳さんはしまねこカフェの壁に貼られた写真を懐かしそうに眺めていた。


「そうだよ。もう3年前だから、いなくなっている猫もいるかもしれないね」


 そんな二人の会話からして、壁一面に貼られた写真のほとんどは青柳さんによって撮られたものだとわかった。


「あの頃は新米だったので、改めて見ると恥ずかしい写真ばかりですね……まあ、今も全然ですが。はは」


 後ろ頭をかきながら苦笑する彼をなんとなく見ていると、その傍らに置かれたカメラにココアがちょっかいを出していた。


「こーら、触っちゃ駄目でしょ」


 あたしは思わずココアを抱き上げる。


 カメラとか全くわからないけど、高いイメージがある。触らせないに越したことはない。


「学生の頃から使ってる安物だから、気にしなくていいよ。性能はいまいちだけど、愛着が湧いちゃってさ」


 彼はそう言いながらカメラを持ち上げると、ココアを抱いたあたしを写真に収めた。


 ◇


 その後、青柳さんは両手にキャットフードを抱えて簡易宿泊所へと帰っていった。


 そんな彼を見送ってから、あたしはおじーちゃんとお昼ごはんを作る。


「士郎くんがたくさんアジをくれたんだ。大きさも手頃だし、刺身にしようか」


 おじーちゃんが冷蔵庫から取り出したアジを受け取り、まな板の上に置く。


 お昼からお刺身なんて豪勢……なんて言われるかもだけど、島では割と普通だ。


 新鮮なものは新鮮なうちに食べるのが一番だし、残ったら残ったで、唐揚げや炊き込みご飯になってその日の夕食にのぼる。


「……そうだ。このアジ、圭介(けいすけ)くんにも分けてあげよう。ちょっと渡してくるから、小夜は調理を進めておいておくれ」


 そう言うが早いか、おじーちゃんはビニール袋に数匹のアジを入れると、そのままカフェを出ていった。


「トシオは優しいネー」


 そしてまな板に向き直った時、背後からネネの声がした。


「おじーちゃんが島外の人に寛容なのはいつものことよー。それより、いつの間に入ってきたの?」


「そろそろご飯時かと思ってネ」


 手元に視線を落としたまま、ネネに尋ねる。どこか嬉しそうな声が返ってきた。


「言っとくけど、これはあたしたちの分だからねー。手を出しちゃ駄目よ」


 咎めるように言いながら、手早くウロコやゼイゴを取る。


 それから頭を落とすと、内臓を取って中を洗い、三枚におろす。


「いやー、慣れたもんだネ」


「本当。すごいねー」


 いつしかココアまでやってきて、一生懸命にあたしを持ち上げる。悪いけど、その手には乗らない。


「いくら褒めたって、魚はあげないわよー。ほらほら、どいたどいた」


 やがて完成したお刺身にラップをかけて、和室へと運ぶ。


 ラップをしたのはもちろん、猫たちへの対策だ。


「ヒナ、このお刺身、猫たちが狙わないように見張っててくれる?」


「わかりました!」


 和室で猫たちの写真を見ていたヒナにそう伝えると、彼女は飛ぶようにやってきて、座卓に張り付いた。


「ヒナもつまみ食いは駄目よー。お醤油かかってないとおいしくないし、おじーちゃんが帰ってくるまで待ってて」


 お刺身を前に目を輝かせるヒナにそう言って、あたしは台所へ戻る。


 するとそこに、先ほどまでいた猫たちの姿はなかった。おそらく、お刺身について行ったのだろう。


「現金な子たちよねー。まったくもー」


 思わずそう口走りながら、水屋から人数分のお茶碗や醤油皿を取り出す。


 それをおぼんに載せて和室に戻った時、飛び込んできた光景にあたしは目を疑った。


「わ、わわわ。ココア先輩、背中に乗っちゃダメですよー!」


 そこには、ヒナの背中に飛びついたココアと、それを引き剥がそうとその場でくるくる回転するヒナの姿があった。


「ココア、その調子。そのままヒナの気をそらし続けて」


 一方のネネはというと、体の半分を座卓に乗せ、そろりそろりとお刺身に手を伸ばしていた。


「こーら! 手を出しちゃ駄目って言ったでしょ!」


 あたしは声を荒らげながら、素早くネネを座卓から引き離す。


「これは前足だからセーフじゃない?」


「足も出しちゃ駄目。大人しくしてなさい!」


 少し離れた場所にネネを下ろし、続いてヒナの背中にくっついたココアを引きはがす。


「こ、これは違うんだよ。ネネに言われて仕方なく……」


 まだ何も言っていないのに、ココアはそんな言い訳をしながら、手足をばたつかせる。


「……おやおや、なんの騒ぎだい?」


 そうこうしているうちに、おじーちゃんが帰ってきた。


「おじーちゃん、ちょっと聞いてよ。ネネとココアがね」


 あたしが理由を話そうとしたところ、当人……いや、当猫たちは目にも留まらぬ速さでカフェを飛び出していった。


「はは、まぁ猫だからね。それはしょうがないよ」


 その後、お昼ごはんを食べながら事の経緯を話すも、おじーちゃんは笑顔だった。


「それでも、ヒナに乗っかるなんて信じられない。背中に爪痕とかついたらどうするのよ」


 アジの刺身を醤油にくぐらせて、怒りに任せて口に放り込む。ワサビをつけすぎてしまったのか、強い辛味が鼻をついた。


「ここの猫たちは頻繁に爪研ぎをさせているから大丈夫だよ。これでも食べて、機嫌を直しておくれ」


 そう言うおじーちゃんが取り出したのは、菓子折りだった。


「これ、どうしたの?」


「アジを渡しに行ったら、圭介くんがくれたんだ。どうやら渡し忘れたらしくてね」


「ほうほう」


 あたしは思わず、そのパッケージをまじまじと眺めてしまう。


 これはあれだ。有名な東京土産で、とある果物を模したスポンジケーキの中に、カスタードクリームが入ってるやつだ。


 島では新鮮な食材は手に入るけど、逆にこういったお菓子のたぐいは滅多に食べられない。あたしも女の子だし、甘いものには目がないのだ。


「ヒナと仲良く分けるようにね。それと、圭介くんはこの夏の間、この島に滞在する予定だ。島に馴染めるよう、協力してあげておくれ」


「もちろん。せっかく佐苗島(さなえじま)に来てくれたんだから、楽しい思い出作ってもらいたいし。ヒナもいいわよね?」


「はい!」


 そう快諾するあたしたちを見て、おじーちゃんは安堵の表情を浮かべていた。


 ……東京からやってきた青柳さんと、その連れ猫のミナ。


 新しいお客さんもやってきたことだし、今年の夏は賑やかになりそうだ。


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