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01『与えられた環境』

 私は幼い頃からこの世に一人ぼっちで残されたような気がした。周りの人の思考が理解できなかった。なぜ私は彼らの保身になることのみを考えて働かなければならなくて、彼らは私の言うことに耳を傾けてくれないのか。

 私は何をやっても完璧にこなすことができなかった。間怠っこくて詰めが甘かったんだろう。何をしても責められ殴られ、しいたげられているうちにだんだん自信を、自己肯定感を失っていった。何をやっても不満ならどうして私にやらせるんだ。

 こんなこともやらないとするのか。我々の苦労に比べたらお前なんか何もしてないだろ、少しは皆の役に立つために働け。いちいち指示しないと分からないのか。

 そうか、私は彼らの恩恵のおかげで生きていられたのか。なのに私は恩を返すどころか何の役にも立たなくて、そんな険しい顔をして怒鳴りつけているんだね。私がそうさせてしまったんだね。もし完璧にこなすことができたらそのときは喜んでもらえる? そう信じていたらいつしか私は控えめで断れない性格になり、いつも人の顔色ばかり窺うようになっていた。


 高校生になってある日のこと、偶然スマホのスクロールを下げていたら、美麗なイラストに『自分を受け入れてくれたたった一つの居場所で少女は真実を追い求める』という文句が書かれた映像が目についた。それを押したのはただの好奇心だった。導入部は大まかにストーリーの紹介が出てきた。魔力の制御法を見つけるために孤軍奮闘する物語なのか。


「あの日、思いつきでアンタを引き入れてよかった。アンタをよそに渡さずに済んで」

「こんなに近くにいても居心地よく感じるのは、隣にるのがあなただからでしょう。この時間がもっと長く続いてほしいと、つい願ってしまいそうです」

「キミは清くてまっすぐな瞳を持ってるんだね。その目にオレを映して。目を逸らしちゃだめだよ?」

「そう悲観的に考えるなって。悩み事なんか全部吹き飛ばしてやるから、オマエは笑っていろよ」

「いつになったら僕に協力してくれるんだ。どんなに口説いても貴様は落とせない」

「今日は学校で何があった。君の一挙手一投足を観察できないのは残念だが、こうして話を聞けるのは悪くないな」


 はふっ、ふええぇ‼⁉!? な、何て事だ。声っていうのはこんなにも人の心を動かすことができるのか。こんなことを言ってくれるならずっと聞いていたい。これは一体どんな作品なんだ。

 【レマニピュラド】、女性向け恋愛ADV、ゲームなのか。個人別にストーリーがあって一人ずつ攻略、恋愛することができるんだね! 付き合っているならこんなにセリフが甘いのも納得だな。この世にこんなゲームがあるなんてね、ぜひプレイしてみたい。

 それから私は小遣いをはたいてゲーム機とソフトを買い、夜こっそりプレイした。その瞬間だけは余計の事を考えず、幸福感を堪能することができた。


 【レマニピュラド】をプレイすることが唯一の生き甲斐だった私は、始業式の帰りに事故に遭う。平日の午前中だからかひっそりとしていた商業ビルに一人で立ち寄っていたが、突然大きな爆発音と共に建物が崩れ始め、あちこちには火事が起こった。人々は慌てて避難していたが、奥から助けを求める声が聞こえた。ひどく切ない声で聞き過ごすわけにはいかなかった。

 駆けつけてみると、煙が立ち込めて顔ははっきり見えなかったが幼い少年が残骸に敷かれていた。少年は力なく私に誰かと聞いた。私が助けに来たと言うと彼は何でと呟いた。あなたが助けを求めていたから、私もあなたを死なせたくないから、だから必ず救ってみせると伝えた。

 だが残骸を持ち上げることはできず、ただ力いっぱい押すしかなかった。ますます激しくなった炎は私を襲った。熱くても手は止めなかった。少年は私だけても逃げろと言ったが、私はあなたは何も諦めなくていいって、生きて帰ろうと言った。

 救出に成功した時は大分崩壊が進んでいた。急いで逃げながら炎と残骸から彼を守って自分が代わりに当たった。しかし、それも限界があった。天井の一部が崩れ落ちようとし、彼を前に行かせて私はそれきり下敷きになった。


 神様が残した言葉はどういう意味だろう。心の乱れが混沌を生むのくだりは実習テストのことなのか。その事故で『ミネシャ』の人格から『私』の人格が目覚めたから。契りを交わすというのは何だろう。恋人を作ること? 使命は何を示しているんだ。ヒロインの目標は攻略人物と一緒に魔力制御法を探して制御に成功することだ。

 制御法……昨日、兄ちゃんが話したことは夢が作り上げた虚像の話ではないんだよね。兄ちゃんがそう結論を出したのならもう確定なのではないか。少々効いたみたいだし。それが真相ではないのか。事件の真相、結末……エンド……ハッピーエンド、ハッピーエンドに至れということ? つまり誓いを交わしたからには最後まで責任を取れということなんだね。


 ということは、私はずっとレニオーブの彼女としていられるってことだよね?! 正真正銘の恋人なんだよね!? 顔を見合わせて、挨拶して、並んで歩いて、ご飯食べて、他愛ない話で笑う。そんな夢見心地で、雲の上を歩いているような毎日を送ることができる。ヒロインとして転生して何の代価もなくこんな恩寵を得た。少しでも恩返しができるように必ずレニオーブをハッピーにしてみせる、意地でも。


「御早う、ミネシャ。如何為た、そんな鹿爪顔して。時間なら未だ余裕が有る」


 兄ちゃん……? 兄ちゃん?! どうして? ここってどこなんだ!? 兄ちゃんの後ろのカーテン越しに私が座っていたソファーが見える。私は仮眠室のベッドの上にいるのか? 兄ちゃんが運んでくれた? 起き上がるまで待ってくれたのか、椅子に座って論文を読みながら。


「おはよう、お兄ちゃん。先に寝ちゃってごめん、運んでくれたんだね、ありがとう。私のことなんか気にせずほっといてもよかったのに。今も隣にいてくれてるし、私に用でもある?」

「特に用は無いが、ソファーから起き上がって直ぐ其処で君が寝て居るから寝顔を見ずには居られないだろ」

「見なくちゃいけないほど面白い顔で寝てた!? 恥ずい……」

「まあ、君は表情が豊かで見て居て飽きないから面白いとも言えるな」

「やっぱり変ってことだよね?!」


 両手で隠すように顔を覆うと、兄ちゃんが私の手首を掴み引き下ろす。ち、近い! そのよく整った華やかな顔を私に突き出さないでもらえるかな。肝臓とか心臓とかいろいろ落としてしまいそうだから。


「お、お、お兄ちゃんソファーで寝たと言ったよね、あのソファー? 何で部屋に行かずに?」

「真逆、君を此処に一人で置いて行く等沙汰の限りだ。起こして仕舞い然うで此処に運んだが、部屋まで運んて上げられなかったからな、切めて傍には居ないと」

「お兄ちゃん……! 私はソファーに置いといてお兄ちゃんがここで寝ればよかったのに。あ、このベッド大きいから二人でも寝られるんじゃない? お兄ちゃん、ちょっとこっちおいで寝てみて」


 私が兄ちゃんを横たえようと手首をそっと引っ張ると、兄ちゃんは本を椅子に置いてベッドに横向きに腰掛ける。きょとんとした表情をしているけど、どこかまずかった?!


「ミネシャ」

「う、うん!」

「何で其処(まで)俺を信じて気を許す事に為たんだ。とんだ心境の変化だ、俺に言えない何か大きな出来事が有ったのか」


 図星を指された。それは『ミネシャ』と違って『私』は兄ちゃんの心が善良だってことを分かっているからだ。大きな出来事、転生のことをばらしちゃいけないとは神様がおっしゃらなかった。でも、信じてもらえるかどうか、信じてもらえたとしたらもっと大きな問題がある。

 兄ちゃんは『ミネシャ』を溺愛している。彼にとって私は彼女をかき消した赤の他人。私は彼女の足元にも及ばないし、代わりにもなれない。こんな事実、伝えたくない。知られたくないのは私の利己心なのか。


「お兄ちゃんは……いつも通りの私でいてほしい?」


 兄ちゃんがそう願うなら私は『ミネシャ』を演じる。それが私が見せられる最小限の誠意だ。あなたの妹として居続けるための。


「今の態度が嫌だとは言って居ないだろう。只俺に縋り度く為る程不安にさせた大変な事が有ったのではないかと推測した丈だ。其れが君に支障を来たしたのではないかと。然うではないなら、君は在りたい自分で居れば良い。俺の意見は関係ない。俺は何様な君も肯定する。昨日から君は矢鱈(やたら)に素直で遣る気満々で危なっかしくて別人の様だったが、然ういう所も愛らしく感じた。何様な君も俺の妹である事に変わりは無いからな」


 最初から気づいていた……? 気づいていたのに黙っていて、私に大変なことがあったのではないかと思ってからやっと聞くことにしたのか。どれだけ私の意思を尊重してくれているんだ。今の私を肯定するって、変わらず妹だって、望むことすら許されない返事までしてくれた。取るに足らない私を、兄ちゃんは応援してくれるんだね。


「私、どれだけ時間をかけてでもお兄ちゃんに相応しい妹になる。お兄ちゃんの評価に値する人間に! 皆を幸せにできる人になるのが私の使命であり償いだから」

「其れは何の事だ」

「な、何でもないよ?」

「隠し事が多いな。心境の変化の原因は今は聞かないで置こう、君も混乱して居る様だし。だが、然うやって一人で抱え込まずに疲れた時はきちんと話して呉れ、俺がサポートするから」

「お兄ちゃんのその言葉が私の支えになってるよ。お兄ちゃんがいてくれるから迷わずにひたむきに進められそう。進んだ先に何があろうと不安に思うことは何一つないんだね」


 『私』の選択を信じてくれる人がいるんだから。ハッピーエンドを迎えられるという保証もないし、乙女ゲームの経験も浅いから正しい方向で進められるという自信はない。一歩間違えたらもう引き返せない。が、道なんか新しく切り開けばいい。私は『私』の道を歩む。


「学校に行く準備を為ろ。俺は朝食の支度を為る」

「私も手伝――わない方がいいか」


 支度をして着替えようとクローゼットを開く。服は学校用と外出用で分かれている。どっちもレース付きのスカートしかない。このひらひらしたスカートに慣れるしかなさそうだね。ハイソックスを履き、バレッタとネックレスをつけ、ブラウスのリボンを結ぶ。こんなにアクセをつけたこともあまりないな。

 ダイニングに行くと、兄ちゃんが食卓に煮物などのおかずを並べている。兄ちゃんはフレンチトーストを食べるみたいなのに私用に作ってくれたのか。慰めるような兄ちゃんの優しさが、身に染みるような味がする。


「いってきます」

「待って、此れを持って行け。昨日言った資料だ。今日は奴に会ったら直ぐ俺に連絡する様に」

「そんなにやっつけたかった?? 何とかけりをつけるから、兄ちゃんはもう気にしないで」

「其の時は戦力に為ろう」

「なろうとしないで! こういうときに限ってアクティブだな」

 この物語に興味をお持ちいただきました皆様、はじめまして。慈援優心音(じえんゆみね)こと転生後の名前、ミネシャ・ルメンと申します。この名前が自分を指すことになるとは、驚きが止まりません。

 乙女ゲームの中のヒロインになり攻略人物の一人と付き合うという夢のような時間。この小説は、それをただ流れるまま過ごすのは非常にもったいないと思い、覚えている限りの出来事を記録しておこうという趣旨で書いているものです。記憶の誤りによって後に修正を行う場合があるかもしれません。また、ここは私にとっては現実ですが、皆様の常識が一部通用しないところもあると考えられます。ネットは様々な世界の人を繋げてくれると言われていますから。

 私の日常を切り取った恋物語を皆様に読んでもらいたいと思ったのは、こんな私でも大切にしたいものができ、それだけで人生が豊かに変わるということを伝えたいからです。私はここに来て身に余るほどあまりにも多くのものを与えられました。こんな幸運はめったに訪れないものでしょう。だが、感謝する一方で、心のどこかでは後ろめたい気持ちがあります。それは、彼らと私を繋ぐものが偽りだということ。私は彼らを騙しているのです。

 しかし、そのことを話すわけにはいきません。真実が彼らを傷つけるのであれば、私は隠すことを選びます。そしていつか話せるようになるまで、彼らが求めている存在を代替できるようになるまで。いいえ、彼女さえも超えて私を温かく迎え入れてくれた彼らが、これから先どんな傷を負うことがあろうとも癒やしてあげられる、そんな毎日を送れるようにさせます。幸せを願うこの偽りのない想いは必ず届くから。大切な人の心に寄り添うために奮闘する私の日々をどうか見守っていただければ幸いです。

 物語の中で気になる点やこれが知りたいということなどがあれば気軽に私にご質問ください。質問ではない感想なども聞かせてくださると誠心誠意にご回答いたします。質問は私に答えられないことだとしても周りの人に聞いてみるのができるかもしれません。長くなるので触れなかったところもたくさんあるので、もしありがたいことに反応がありましたら、ひょっとすると今後そういった内容をまとめてこの欄に書かせていただくことになるかもしれません。

 余談ですが、一話の挿絵は文字だけでは表現しきれないところを伝え、少しでも皆様があの時の様子を思い描きやすくするために描いたものです。実物はこんなのと比べものにならないくらい華やかで麗しいです。こんな地味なのしか描けなくて絵心がないことに気づかされるばかりです。お絵描きに励んでいる全ての方に深く尊敬を抱いております。

 以上で私の自己紹介は終りにさせていただきます。ここまでお読みいただいた皆様、ブックマークなどの評価をしてくださった、ご検討されている方々、誠にありがとうございます。私の話が皆様の心のどこかに響くところがあるように精一杯書かせていただきます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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