06『心の強さ』
「今日は早目に夕食を取ると為るか。待って居ろ、直ぐ作って来る」
兄ちゃん直々料理をしてくれるの?! 兄ちゃんの手料理が食べられるなんて恵まれている! 料理もできるなんて兄ちゃんてば、多才多能。ヒロインはできなかったよね。兄ちゃんがキッチンのドアを開けて入ったから私も付いていく。私も料理の経験はないが、下拵えならできる。
「何で付いて来るんだ。待って居ろと言ったではないか」
「私にできることはないかな、一人で待つのはいや、何でもいいからやらせて」
「今日は自棄に積極的だな。そんなに御兄ちゃんと離れ度くないのか」
「え、えへへ……」
事実だから反論できなくてただ照れ笑いした。話題を変えようと食材は何があったかなと言って冷蔵庫を開けた。冷蔵庫も流し台も収納帳も調理台も普通にある。冷蔵庫と電気レンジは資源用魔力で動く。電気レンジではなくて魔力レンジなのだ。
「食材はブッフブルギニョン用に買って置いた」
うぎゃっ、真後ろからいきなり声が聞こえてびびったー。距離感、気にしなさすぎだよ。人気が感じられてぞっとするというか、気が引き締まる。そ、それよりブッフブルギニョン? ビーフシチューのことなのか。うん? そうなのか、知らなかった。手間が掛かりそうだが、私にできることはあるのかな。私達は食材を取り出し、洗って調理台に運ぶ。
「これを切ればいい? 私に任せて」
ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、マッシュルーム、野菜にトマトか。牛肉は兄ちゃんがあらかじめ焼く気なのか鍋の横に置いている。皮があるのは剥けて適当なサイズで切ればいいんだよね。包丁を右手で取った。
食材を切ろうとすると、包丁が私の手から軽々と抜け出してひとりでに食材を切ろうとする。ぽかんとしていると、手際良く野菜を切った包丁が浮いたまま止まる。
「斯う遣って包丁に切らせて見ろ」
「自分で切っちゃだめ?」
「普段から魔力をコントロールする練習を為る為だ。制御可能範囲を超えて魔力を使う事はいけないが、『回数』は何回を使っても良い。此の様な細かい事で魔力を使えば、一日に何回も練習が出来る」
なるほど、普段から魔力を使うことに慣れろってことか。私はやってみると言って包丁に手を向ける。今頭の中によく分からない文字の行列みたいなのが浮かんだけどこれは術式なのか。何となく使える気がしてそれきり包丁を動かし食材を切る。
「此れは一体如何言う事なんだ。何故そんなに速く包丁を動かす事が出来る、一朝にしてコントロールが上手く為ったのか。其の様な事――ミネシャ、何か思い当たる事は無いか、今何を考えて居た」
「え、えっ、何? 今考えたこと? 私がもっといろんなことができたら少しはお兄ちゃんを楽にすることができたのに、不甲斐ないな」
「君には俺が苦労して居る様に見えたのか。料理は実験の様で楽しいし、俺が作った物を美味しく食べる君を見るのが日課の楽しみでもある。他の家事も俺が全部魔法で片付けようと為ても、何時も君が手伝って呉れて居るではないか。心遣いは嬉しいがな、俺の事を考えて呉れたんだな」
兄ちゃんは目を細めてから切り終わった材料をいためて、ソースを作り、ワインを注ぎ、木の葉を入れて味付けをするなどそつなく調理をこなせる。一連の動作に無駄はなく素人目から見ても器用だ。ってもう終わった? 教えてもらいたかったのに! 予備知識があったら分かったかな。料理本を読んで習んでおくべきだった。
「後は煮えるのを待つ丈だ。煮込み乍ら今の話の続きをじっくりと、為て見ると為るが」
「今? こっそり料理を練習して、うまくなったらお兄ちゃんにご馳走したいと思ってたところ……言ってしまったからもうこっそりじゃないね」
「ふふ、聞かなかった事に為て置こう。それで話だが、君が入試の出来事を話して呉れた時に俺が聞いた事を覚えて居るか」
「『その力が恐ろしいのか』?」
「君は爆発で誰かが怪我でも為たら大変だと、絶対制御できる様に成り度いと言ったが、俺が聞いたのは爆発の事ではない。彼の装置は只の爆発では壊れない。君の潜在魔力は君の考えを遥かに超える物なんだ。君は魔法を使わないように育って来たから見当が付かなかったんだろうが。実習で意識して高い魔力を出さないように、他の者に合わせようとする内に何と無く気付いたのではないか。彼の日、君が出した魔力が如何に大きかったかを」
そうだった。ヒロインは潜在魔力が高いとは思わず、制御可能範囲が狭いから爆発が起きたと勘違いをしていた。バッドエンドを迎えるまで世界一のものだったのも知らなかった。
「其の力が君の物に為ったら如何為ると思うか。実習で使う魔法は君が意識的にブレーキを掛ければ良いが、『上位魔法』は加減が分からないだろ。基準が無いから。俺は此の事をずっと隠して居たが、本当は不祥事が起きる前に伝える可きだった、入試の前に」
力を制御できるようになった後の話は出てないから考えなかったが、加減が分からなくなるのは確かに恐ろしいことだ。やってしまったことは引き返せない。特に人に干渉する魔法を他人に使った時なんかはただでは済まないだろう。私が自分の力を恐れると思って隠していたのか。そんな苦い顔をするなんて。
「お兄ちゃんが教えてくれたから注意さえすればいい。加減が分かるまで練習して、むやみに魔法を使うのは避ける。もし、この力で他人を傷つけるようなことが起きたら、腹を切って償う」
「然うか。君の覚悟を信じて俺が昔から進んで居る或る研究の事を聞かせて上げよう。俺は最初から君の魔力が高い事も、其れをコントロールできて居ない事も知って居た。高い魔力を制御する方法を見付ける為に、魔法研究学校である【カバナス】に入った。だが、彼処でも何の手掛かりを得る事が出来なかった為、早期卒業し海外へ留学に行った。其処で高い魔力を制御できず、『上位魔法』の習得も出来ずに居た人達の情報を集めた。彼らの大半は【カバナス】の本校や分校の入試に失敗した者や卒業できず再編入する事に為た者だった。国内にも数人居た。偶然の一致と言うには、彼処の卒業生の中で魔力が暴走した者が居ないのが不自然だった。何か秘訣でも有るのではないかと思って君に入学を提案し、近くで君の変化を観察しに戻って来た。此処からは俺の推測だが、【カバナス】は実力主義のエリート校だ。生活全般に其の影響が出る。生徒は皆、己れの評価を上げる為に孤軍奮闘する。必死に為る程意志力と粘りは強く為る。然う言った精神状態が魔力の制御に影響を与えると俺は汲んで居る」
情報量が多すぎる!!! 制御の研究のために留学に行ったの?! それまで一般学校に通っていたヒロインに編入入学を提案したのは研究と関係があって、制御に影響するのは精神状態?! メンタルが強い必要があるってこと? 感性的ではあるが愛の力とかのロマンチックな答えではないね。頷ける話ではあるけど。恋の障害を乗り越えて精神的な成長はするだろうから。【カバナス】が特殊な環境なのも事実だし。
「そして、其の意志力等は誰かの事を思う時更に増幅すると推定される。其の様な『想い』の力が促進剤と為り、知らず識らずの内に干渉能力を高めるんだ。使える対象も魔力も増える。誰かの事を念じて居ると、『上位魔法』を使える様に為る可能性も高まると言う事だ。勿論学者として証明も為れて居ない不確定要素で結論を下すのは些か不本意だ。だから其の証明を君の研究で為て欲しい。俺は別でデータを集めると為よう。君が望むなら此の研究を君に一任し、俺の持って居る情報を全て提供しよう」
「その想いというのを確かめればいいんだね。一任までは結構だけど、情報はいただけたら嬉しいな。ちなみにお兄ちゃんも『上位魔法』を習う時誰かのことを考えてたりした?」
「俺は何時でも君の事を考えて居る」
「おにっ、お兄ちゃん……そういうことは軽々しく言わないで」
「何故だ」
「真に受けちゃうから」
「受けると為ろ。何せ俺の研究は君から始まった物、一時も君の事を思わなかった事は無い」
兄ちゃんは昔からヒロインが制御できないほどの高い魔力を持っていることを知って、制御法を探していたんだよね。それが兄ちゃんにとっての最初の研究ってこと? 兄ちゃんは魔法や魔導具の分野で目に見える成果を残してきたが、精神や想いとかの抽象的な概念は目に見えないものだから、突き止めるのが難しかったのかもね。
それから沸き終わったブッフブルギニョンをおかずと共に食べた。おかずの種類も多いな。これ全部兄ちゃんが作ったのか。まさにヨーロッパの晩餐って感じ。この味は忘れない。昼とはまた一味違う思い出。