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05『打ち解けて』

「御帰り。帰りが早かったな、何か()ったのか。俺としては愛らしい妹に早く会えて嬉しいがな」


 左側に分け目を作って下がる右前髪はヘアピンで固定し、肩まで届く透き通りそうに透明で眩しい珊瑚色のウェーブが入った後ろ髪は軽く束ねて前に並べており、その華やかさで人を引き寄せるようなマゼンタの瞳は華麗、其の物。白衣が目立つ私服姿のこの美青年がヒロインの兄ちゃん、セザルン・ルメンだ。マジで兄ちゃんが出たよ! やった!


 彼は何と前期中等教育を飛び級し、十三歳の年で入った【カバナス魔法研究学校】をたった一年で卒業した。十四歳で留学に行き、三年余りで博士号を取って海外研究所で数多く功績を上げており、去年帰ってきてこの家を買って個人研究室を拵え、今の年はたった二十歳。

 彼の右に出る者はなく、尋常ではない頭脳回転で誰も思いつかない発想で術式と魔導具の改良と創造など数限りない研究成果を上げ、魔法・魔導具学の第一人者と呼ばれている稀代の天才だ。

 ただ知名度とは裏腹に、顔や年齢は世間に知られていないし、本人は個人研究室に籠って外に出ようともない。現在も海外研究所所属で、転勤などではなく業務の全プロセスをテレワークで行っている。買い物すらすぐマーケットに配達を頼もうとし、ヒロインが無理矢理買い物に引き連れるほどだ。最高権威として地位も高く、実験を主導して命令する権限があり、家でもデータを集められるそうだ。

 でもそれだと回りくどくないのか。どうしてテレワークに変えてまでこの国に戻ってきたのだろう。学校近くに暮らせるようになってヒロインからしてはラッキーだけど、そんなにあそこの環境が気に入らなかったのかな。施設は大きい方がよくないのか。ごく自然に愛らしいとか言ってくれる、愛情が溢れて相手を喜ばせる心立てのいい多情多感な性格だし、人付き合いも難しくなさそうなのに。これはヒロイン限定には見えたけどね。


「私も嬉しい。わざわざ出迎えてくれなくてもいいのに待ってくれたの? 研究で忙しいのに時間を取らせちゃったんじゃない?」

「感知魔導具の通知が鳴ってから出たから時間は余り取らなかったが、最も君を出迎える為に使う時間が惜しい訳が無かろう。君を迎える事は研究より大事だ」

「けん、研究より……研究より?! あえっうぅ、あー、そうそう、お兄ちゃんが作ったあの感知魔導具!」


 慌ててあまりにもあからさまに話題を変えてしまった。研究より大事? 優先順位バグっている。兄ちゃんは妹としての大事さに探究心が加えて至大な関心を持って過保護するようになったと私は解釈している。いざヒロインには入試のことを話したら研究対象と思われたと誤解されて可哀想だったな。


「原理の説明は前に()たろう。未だ信用できないのか」


 疑ってないよ?! ヒロインは波長をどう感知しているのか、自分の体に何かしたのかなどを聞いたな。私は原理を聞いたところで分からないだろうね。対象の位置を二十四時間GPSのように表記し、特定距離にいると通知が鳴る、兄ちゃんの自作品だったよね。……二十四時間はやりすぎだと思うが。


「何も言わないのか」

「あっ、うん、言うこと……ただいま? 出迎えてくれてありがとう。お兄ちゃんがいるから寂しくないね」


 今の言葉どこか変だった!? 兄ちゃんは不審そうに私を見てそっぽを向く。何かを考え込んでいるみたいだが、兄ちゃんのような天才が考えていることを私に分かるようがない。私が彼を何度か呼ぶとようやく中に入ろうと言って彼に付いて入った。

 こうあとをついているからか兄ちゃんの背がすごく高く感じられるな。って実際めっちゃくちゃ高いじゃん! 私と三十センチは差がありそう。兄ちゃんもそうだし、レニオーブも目立って高かったのに、そんなに見上げなくてもよかったよね。二人とも私と目線を合わせようと体を傾けてくれていたから? 何だか胸がジーンと熱くなる。


 廊下を通り過ぎると右側にリビングがある。入ると正面にあるソファーと右側にある長い食卓の裏側にそれぞれドアがある。多分、ユーティリティールームとキッチンに繋がるドアなんだろう。もはやダブルベッドに見える大きなソファーは左隅から両側に広がっている。真ん中のテーブルは何に使われるのか見当のつかない魔導具達と本が並んでいる。あの本はテーブルを囲んでいる本棚か食卓の内側の本棚のものなのか。


 正面のソファーに座るために中に入った。兄ちゃんも付いてきたので並んで座ることになる。当たり前のように寄り添うんだね!! レニオーブも兄ちゃんも何気なくやっていることなのに私は何もかも意識しまくってしまいしんどい。


「で、学校で何が有ったんだ。今日は師団会議が行われる日ではなかったか」


 会議をせず帰ってきたのがそんなにおかしいことなのか。会議ができないほどの大きなことが起きたと思われているのか。大事ってより団長達が私を配慮しただけなのに、話すと彼の心も煩わすことになる。泣き言を言っては立派な人にもなれない。


「俺では頼りないのか」


 兄ちゃんの顔が寂しそうで慌てて手を振った。頼りないなんてそんなことない。兄ちゃんは力と知識があって自分で何とかしようとするからかえって言いづらいのだ。巻き込みたくないから。

 でも言わないのも辛い。話すだけならいいか。何かしようとしたら止めればいい話だし。シビア団長のことや『一般魔法』の応用法を勉強したいと話して師団会議は明日に持ち越されたと伝えた。シビア師団からどう逃げたのかは内緒。


「奴の居場所は判るか。今すぐ遣っ付けに行く」

「やっつけるとは?? 彼も理由があると言ったし何か話せない事情があるのかも知れない。暴力は議論の余地を塞ぎ、むやみに人を傷つけることだよ」

「会話すれば誰とでも分かり合えると思って()るのか。人は自分が正しいと思う事(だけ)を信じたがり、他の事は聞かないようと為る。信念が有る者程内面を隠す。其の様な相手と真率な対話は成立しない。固く閉ざされた内面を暴く事は出来ない」

「内面を暴こうとしてるんじゃない。相手を分かり合う気にさせるんだ。皆分かる努力をしないだけなんだ。自分のことだけでいっぱいいっぱいだから。時間を掛けて振り向かせば、きっと開いてくれるよ」


 兄ちゃんは気が散っているのか憂い顔をして短いため息をつく。それから彼がテーブルの山積みの物に向かって指を差すと、何かが空中に抜け出した。兄ちゃんの瞳のように煌めいていて華麗な魔法石がついたネックレスだ。飛んできたネックレスは私の首にかかった。


「魔法石を握るとバリアが出て、何であれ君に触られなく為る。君から触れる事は出来る」

「バリアが出るって『生成魔法』か何かなの?!」

「俺の『生成魔法』だ。『上位魔法』に耐える魔法石を加工するのに時間が掛かったな」


 時間を掛けてまでこれを作ったのは、こんなことが起きることを想定して、自身の力を貸してくれようと決めていたから? 離れていても守れるように。押し寄せる感動で咽ぶ喉をぎりぎり押さえ、大事にすると答える。彼はまだ浮かない顔だが、口角だけ上げてみせた。

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