04『見守りたい』
ハウネが催促するような視線を送ってくる。他の団員はいないのか。なら入り口ではなく別の所から出ればいい。扉は一つしかないし、他に出られる場所といったらあそこ――いや、いや、あそこで出たら死ぬよ?? 下を見なかったから何階かは知らないが、何階でも落ちたら普通に骨が折れるから。
ああもう、どうせバッドエンドを迎えるなら一か八かやるしかないか。夢なら現実では死なないし! 私は防火服に似ている装備を着用し、装置に入るふりをして大きな両開き窓を押して飛び降りた。
うああぁぁぁあ……ガチで落ちている!!! 感覚がリアルすぎる! 死の恐怖が何なのか分かってしまいそう。止めたい、でもどうやって。魔法で何かを変形させようか、建物? 地面? そこまではできないのに!!
目を覚ましてしまおう。起きたら何もなかったことになっているはず。私は目をぎゅっとつぶった。すると、ほどなくしてふわっと何かに背中とひかがみが受け止められ、風を切る感覚が止まる。何が起きたんだろうとまぶたをやんわりと開けてみると、最初に見えるのはレニオーブの顔だった。
「わわっ、レ、レニオーブくん? ど、どうして、助けにきてくれたの? ええぇ、待って、この体勢って! ふえっ‼⁉」
「来るのが遅くなってごめん! 窓から落ちるなんて一体何があった?! キミを一人にさせるんじゃなかったのに、まさか『彼』が現れるとは思わなくて。キミに何をしたの? 怪我はない? そんなに固まって……オレがそばにいるよ、今度こそキミを守るから、もう怯えないで」
言えない、こんな状況なのに実はお姫様抱っこされているのを意識して緊張しているんだと言ったらドン引きするよ。彼は真剣なんだから。『守る』か。何でそこまで使命感のように? 無意識のうちに私は誰かに大事にされたいとでも思っていたのか。
「あなたを悲しませると知っていたらこんなことしなかった。自分から落ちたんだ、逃げようと。あなたみたいに自身を浮かせるわけでもないのに、無茶苦茶で……呆れたよね。ごめんなさい。……私の存在があなたの迷惑になっているね」
「何が、オレにとって迷惑だと思うの? オレがキミを不安にさせちゃった? キモチがちゃんと伝わらなかったみたいだね、オレはキミなしじゃ生きていられない。だから何度でも駆けつけてくるよ、オレがそうしたいから。そう、オレの意地なんだ。オレにキミを守らせて」
「あなたにとって私は、そんな価値のあるものなの? 何の取り柄もなくて到底使い物にならない……こんな私のことを、そこまで思ってくれるの? あなたは私を喜ばせるのが得意だね、相手を思う意地があるなんて聞いたこともない。その思いに応えるために精進して、あなたが安心できるような立派な人になって、見守る甲斐があるようにするよ」
「ミネシャちゃんならきっとなれるよ。オレが隣でしっかり支えるから。こうやって、ね」
「ふへっ⁉⁇」
彼は私に触れていた手に力を入れ、私を自分の体に引き寄せた。レニオーブのふ、懐に……顔が、こんなにも近い。こんなの、抱きしめられたのも同然だ、装備が厚くなかったらやばかったな。
「力を抜いて、オレに身を任せて。……うーん、こうしたら落ち着くかと思ったけど、何か違った? ミネシャちゃん、ずっと震えていたから」
逆に震えで心臓が破裂しそうだった。体が震えているのは、さっき窓から落ちたばかりで、まだ空中にいるからだ。下りたいと言いたいところだが、下りたらこの体勢ではなくなるのがもったいなかったというか……最低だよね、私って。
「平気、平気だから、下りよう? 重いでしょう、装備も着てるし。そういえば、この装備のせいで遠くからはとても私には見えないはずなのによく分かったね、何かの魔法?」
「遠くからまがまがしいペガサスが見えたから不吉になって、目を強化してキミを探した。なるべく早くしたけど時間がかかっちゃったな」
「十分に早かった、むしろ私の方こそ礼を言うのが遅くなってごめん、助けてくれてありがとう。あなたは私の命の恩人だね」
「命の恩人だなんて大げさだな、でもオレでもキミを助けることができてよかった。できればキミがムチャする前に止めたかったけどね」
「これからは無茶しないように気を付ける……」
それからゆっくり下りてあるベンチの前に着地した。レニオーブは私をベンチの上に降ろしてくれて並んで座ることになった。装備はもう脱いでもいいよね。
「その装備は団長に頼んでミヤビで預けることにしてオレが持つよ、オレに渡して。それと彼のことも話さないとね」
彼ってハウネのことだよね? さっきまで窓からこちらを見下ろしていたのに中に入ったのかな。ハウネはよく魔導具強国の自分の出身国へ海外現場実習に行き、魔導具などを取り入れてくるそうだった。それらの実験に何回もヒロインを引き込もうとし、協力要請を送ってくるからミヤビのメンバーは彼をよく知っている。
「また実験に協力させようとしたの? 強引に引きずっていくなんて卑劣な……」
「師団に送ってくれると言うから付いていったんだ。ペガサスまで乗せてもらったから。そうだ、あのね、それ知ってる? シビア師団にでかい装置があるんだ、魔導具と繋がってて中に入ると魔力が吸い込まれ、魔導具の作動に使われる仕組みの」
あれが出てからは、捕まったらそれでお仕舞い。バッドエンド直行だ。ゲームでは二年生あたりから出たのに展開が早い。驚いた様子で聞いていたレニオーブはスマホを取り出し、団長と連絡を取った。雰囲気がすごく重たいな。
「今日のところは帰って休むことにして、会議はまた明日しようって。今は師団に行かないほうがよさそうだから、その装備はオレが持っていくよ。彼の魔導具は個人が所有するものだからどうにかすることはできなかったけど、そんな装置まで用意したからにはこちらからも立ち向かわないとね」
「そうだね! じゃあさ、『攻撃魔法』とか知ってたら教えてくれない?」
「……うん?」
「立ち向かうためにはまず、自分を守れるようにならねば。人は傷つけない、それっぽいものを出せたら近寄りにくくなるでしょう? そうだ、この装備を着て制御できるようになるまで特訓する!」
「なぜキミがそれを……その魔法がどれだけリスクが高いのかわかってる? わかって話したとしても、それは教えてあげられない。あんなリスク、キミは取らなくていい」
一瞬で彼の表情がこわばり、声はびっくりするほど低くて冷静になったのにどこか落ち着きがない。攻撃魔法は示展者にリスクがあるのか。アールピージーなどではよく出るらしいからありふれたものだと思ったが、このゲームでは出たことがなかった、っけ?
「わ、私、よく知りもせずにバカなことを言ったんだね。今のはなし、何も言わなかった!」
「わかってくれたならなによりだよ。それでね、立ち向かうための策を考えようと会議の案件に上げたよ。団長も考えてくれるって。それとトレーニングするのはいいと思う、緊急時に使えそうな魔法は他にもあるから」
「『一般魔法』でも? あなたは頭も切れて応用力が優れて何でも対処できるから、ひょっとしてさっきみたいな状況を『一般魔法』だけで乗り越える策も思いついたりする?」
「何でもは対処できないと思うけど、バッグを投げ壁にくっつけてそれにすがり、下にある窓を足で割って中に入るあたりかな。その師団の人はいきなり窓から人が降りてきて驚いちゃうだろうけどね」
「窓、半透明だしね。そうか、私は創造力がないのかも。実戦で活用できるようにイメトレとか勉強してみる!」
「学校では実習でも活用法を教えてくれないからね。けど張り切りには注意してね」
私は頷きながらぼつぼつ家に帰ろうと、ベンチから立ち上がった。レニオーブも通学だから一緒に下校できるかな。彼はあとをついて立ち上がり、懐から召喚紙を取り出した。あれは本体の特性を持つそっくりのものを呼び出すことができ、込められた魔力量によって動く。一枚を、込められる魔力の限度内では何回も使える。ハウネのペガサスのように、移動手段として馬やバイクを呼び出すことが多い。
「馬と車、どっちにする?」
くる、それその二択できんの?? そこまでいったら製造業とか商業が危ういんじゃない? 平然とした顔で言ったが、魔力要求量も半端なさそう。免許とかはあるのかな。車形の馬を操るようなものだからなくてもいいのか。規定とかはどうなっているんだろう。
「私はあなたさえよければ歩いて行きたいな。あなたの魔力が多いのは知ってるけど、私って鈍いからそうやって涼しい顔をしていると、無茶をしているかどうか気づけない。気づかないうちにあなたに負担をかけたくない。乗り物はいいから今は休んでくれない? 装備も私が持つよ」
彼が使った魔法は『上位魔法』の『強化魔法』と『操作魔法』の上位バージョン。攻略人物は入学前から『上位魔法』を習っている。それに食堂で料理を三つも作ったしね。魔力を使いすぎると体が疲れてしまう。
「これくらいは持たせて。キミはオレに負担をかけるどころか減らしてくれてるよ。でもキミがそうしたいならそうしよう。歩いていくほうがもっと長く一緒にいられるしね」
「私もレニオーブくんとまだ離れたくない」
「ふふ、家まで付いていっちゃおうかな。ミネシャちゃんのご家族にも挨拶しなくちゃ」
挨拶? レニオーブに家族を……合わせたくない。私ではなくミネシャの家族が出たらいいな、兄ちゃんが出てレニオーブと仲良くするとか。推しとは相性が悪かったが、レニオーブは人当たりがいいから何とかできないかな。
「冗談。顔合わせはまた今度ね。そのバッグ持つよ、貸して」
「装備も持っているのに? 魔法を使うつもり? 魔法は禁止だよ!」
「ぷふっ、これくらいで魔法は使わないよ。なんならミネシャちゃんごと持ち帰っても全然構わないけど」
前を歩いていた彼が引き返して私に近づいてくる。まさか、本気!? またお姫様抱っことかおんぶとかさせる⁉⁇ 装備も着てない状態ではあんな密着度から堪えられない!
「あ、あははっ……レニオーブくんは魔法に頼らなずとももともと強いのに、魔法をうまく使いこなしているから早とちりしちゃった。そんな風に魔法に精通するようになり、『上位魔法』を何個も使えるようになるまではとてつもない努力と時間がかかったんだよね? 長い間を何かに取り込むことができる強い根気と気概を持ってるなんてすごいね、憧れちゃう。きっと大変だったはずなのに挫けずに自分を鍛え続けたから、強くて格好よくて頼もしい今のあなたがいる。正直もっと早く出逢って、努力するあなたを見守ることができなかったのが悔しい。少しでもあなたの頼りになりたかったな」
「昔のオレに、こんな心の安息所ができると言ってあげたいな。オレの努力が誰かにこうやって評価されるとは思わなかった。ミネシャちゃんはいつもオレのほしい言葉を適切にかけてくれるんだね。何でも見抜いちゃうの?」
「何でも見抜くなんて、そんなの、できたらいいな。あなたのことをもっと知りたいから。今のはただのあなたへの感想だよ。ひたむきに自分を高めるのはすごいことなんだ。その頑張りは周りにも伝わってるはずだよ」
「キミの他にオレをそんなまっすぐに見てくれてる人はあまりいないと思うけど、ありがと……もう行こう?」
いないって、レニオーブは誰かに努力を認められたことがないのかな。褒められるのが慣れてないように少し照れている。学校では人気者で誰しもが彼を敬っているように見えた。
だが、彼らが称えていたのはレニオーブの外面であって実際はこんなちっぽけな褒め言葉すら誰もかけてくれなかったのか。こんなの悲しすぎる。褒めるのが上手かったらもっとたっぷり褒めるのに、気の利いた言葉が思い浮かばない。彼をずっと見守ってきたなら、何と言えばいいか分かっただろうか。
校門を出るとヨーロッパ風の赤い屋根の建物が立ち並ぶ、よく整った街並みが見える。道路にはバイクと車があって至極粗末な形をしている。空中鉄道橋もある。これもあれも燃料は魔力。エネルギー資源や電気は存在するが、燃料として使われていない。物理規則とかは現実と異ならないようだ。他に違う点と言ったら、機械はあるがロボットがないということくらい……いないのではなかったのか。
「掃除機がひとりでに動いてる? ロボット掃除機?」
「ロボット? 何のこと? あれはいつもの召喚紙掃除機じゃないの?」
召喚紙掃除機! 召喚紙で呼び出せば離れていても動くのか。無線操作なんだね。よく見たら後ろに輝く青いマークがついている。認識したらあちこちについてるのが見える。あの馬道を走っている馬達にも、バイクにも、車は……ついているのがない?
「さっきはさらっと流されたけど、やっぱり車は普通に呼び出したりしないよね!?」
「あはは、そうだね。普通はしないけど、ミネシャちゃん、だいぶ疲れてるみたいだったから」
「あなたといると疲れなんて吹っ飛んじゃうよ。元気をもらっているのは私も同じなんだ」
「どうしよう、家に帰しにくくなっちゃったな。このまま二人で、誰にも邪魔されないところへ行っちゃおうか」
「うん? ごめん、小さい声はよく聞き取れなくて、何と言った? 家に帰る、邪魔……あ、レニオーブくんの家の方角はこっちじゃなかった? 見送ってくれるの? そこまでしなくてもいいよ!」
「え? どう受け取れたらそうなるのかな。キミの家は学校から近いから気にしなくていいって、前にも言ったでしょう? 短しすぎて、なごりおしいくらい」
「わかった、私がレニオーブくんを見送る! どの方角? 家まで付いていくのが嫌なら途中までもいいからね」
威勢よく言ったがレニオーブは困ったように断り続け、諦めておとなしくヒロインの家に着いた。そんなに遠いのかな。疑問に思ったが何も聞かず、玄関で手を振って別れた。もう会えないかもしれないと思うと寂しくて、しばらく遠ざかる彼を見届けた。