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03『前兆』

 週五日制で実習は木、金曜日の午後に行うから、月曜日である今日の午後は理論授業のみだ。魔力の使い道は五つ、魔法、魔導具、魔法石、召喚紙、資源で、この下に細部学問が分かれる。術式学、原理学、応用技術学などでこの世界の科学のようなものだ。理科の科目が多いが、語学や社会常識も学ぶ。教科書は知らない文字で書かれているが、なぜか自然と読める。言葉も、知らない言語のはずなのに理解できるし、私も話せているんだよね。

 教室の設備は最新式で椅子は広くてふかふかだ。室名札は1-てんびんと書いているし、今日は四月九日だから、昨日で春休みが終わって一年春学期が始まったのか。推しと交際し始めたのは二年なのにまだ一年なんだね。


 推しはおひつじクラスだがレニオーブは同じクラスだ。しかし、同じ空間にいながら惜しくもレニオーブとは会話すらできない。私は窓際の三番目の席でレニオーブは廊下側の二番目の席で結構離れているから、私が一方的に彼がいるところに目が行くだけだ。休み時間の彼は友達に囲まれているが、目が合うと手を振ってくれる。その度に胸がときめく。いけない恋をしている感じだ。

 クラスは彼を中心に回っている。他のクラスからも彼に会いに来る。一方私には近寄る者すらいない。それどころかレニオーブが手を振ってくれたのを見た女の子達は、自分に手を振ったと勘違いしてるのか、恥を知らないのかなど、後ろで私だけに聞こえる声で言う。


 私はバッドエンドを二つ知っている。一つは、魔力に飲み込まれて理性を失い、学校はおろか都市一帯を荒らし、破壊する暴走エンド。その時に明らかになったのが、ヒロインの中に眠っている魔力は世界一のものだということ。元に戻れないことを気づいたヒロインは、一瞬正気になって攻略人物に殺してくれと言い、彼の手にかけられる。

 もう一つのバッドエンドでは他のクラスの子達に補助担当をいいことに付きまとって誘惑していると誤解され、いじめを始め末にはある事件の犯人だと濡れ衣を着せられる。ヒロインの魔力の危険性が自分達に及ぼすかを恐れた学校のスポンサー側は、まともに真相究明もせずにヒロインを監禁する。攻略人物に助けられるが、汚名を雪ぐのに失敗すれば人間不信に苦しみ、全てを捨てて逃げる駆落ちエンドを迎える。

 他にもエンディングはいくつかあるようだが、なかなかハッピーエンドにたどり着けず、ネットで攻略法を探すことにしたので分からない。現状はへまをすると駆落ちエンドに進入しそうだな。


「オレは職員室に用があるから先に師団に行って」


 やっと授業が終わって声を掛けてもらった! 嬉しくて熱心に頷くと、彼は軽く笑ってみせてから教室を出た。今日は会議をする日なのか、皆来ているのかな。師団……どこに行けばいいんだ。位置も知らないくせに頷くな! 付いていくべきだったのか。しょうがない、まずは師団建物から探そう。ここって大学キャンパスみたいに何棟もあって広いんだよね。外に案内標識があったかな。鞄を持って教室をあとにする。


 通りすがる者のあまりいない校舎裏の庭で標識を見つけた。目の前の建物が実習棟で、その隣が体育館、食堂がここで、寮はここか。何箇所もあるね。ヒロインは通学だけど推しは寮生活なんだよね。下校を一緒にできないのが残念だったな。師団の建物は奥に数棟か。師団は三十個あってミヤビの位置は――


「貴様、師団に行きたいのか」


 どこから声が? 後ろを振り向いたが誰もいない。周りをきょろきょろ見回すと、翼がひらめく音と共にペガサスが降りてくる。真っ黒で荒々しく見える一般的なペガサスの真逆の姿。後ろに輝く青いマークは、この乗り物が召喚紙で呼び出したものだと示している。この声の、ペガサスの主人が誰かは考えるまでもない。


 さらさらとした山吹色の長い前髪がかかった、私を見下ろす冷酷ながらも孤高な燃え上がるような紅色の瞳。適度に締めた青紫のコートの間に鍛えられた筋肉が現れる、黒いタイツを履いていてその圧のせいか瞳のせいか厳粛な雰囲気を醸し出している。

 ミヤビと師団評価1、2位を競うシビア師団の団長、エドナム・ハウネなのだ! 彼はヒロインの魔力を悪用しようと彼女を狙っている。暴走エンドの引き金だとも言える。なので出くわすと避けようと心掛けている。


「乗れ。送ってやろう」


 逃げ……るべきか? 師団に送ってくれるってことだよね。何で? 何で彼がそんなことをしようとするの? 何か企んでいるようには見えないが、ここでの彼は本来の彼とは少々違うのか。手続きとか校則はきちんと守る人ではあったけど。


「何ぼーっとしてる。早く乗れ」


 ひ、ひいっ……睨まれた。威圧感半端ないな。私が疑っているのがばれたのか。ここはおとなしく従っておくか。なにより私をちくちく刺す彼の眼差しは逆らうことを到底許してくれなさそうだ。嘆かわしい。

 及び腰でペガサスの背中の上に手を乗せた。この状態で腕に力を入れ、体を無理押しに乗り込ませたら腕が抜けるに違いない。うぅ、やればいいんでしょう、やれば。手に精一杯力を入れてペガサスに体を半分かけると、彼は私の腰を掴んで上に引き上げてくれた。


「ど、どうも」

「ふん、とろくさい女だな」


 鼻で笑ってから彼は手綱を引き、ペガサスを飛ばせる。不機嫌そうだね、急にスピードを上げて途中で落ちたりはしないよね。安全装置もないしな。何か掴むもの、掴むものは、うんん、失礼します。彼の高そうなコートの裾をそっと掴む。破れませんように。ゆっくり飛びますように。

 幸い彼の後ろ姿に目を凝らしてるうちに気づけばある建物の窓の前に着いた。窓を開けて中に入ると見慣れたドアがある。


「このドア、シビアの別室の!? 私、シビア師団に連れてこられたんですか⁇⁈」

「協力する気になったのではないのか」

「なってません! 師団と言ったら自分の師団だと思うじゃないですか」


 案内標識を見ているのを見て、シビア師団の位置を探しているとでも思ったのか。誰か敵地に単独で乗り込んだりするか、今は心ならずもそんな形になってしまったが!


「乗せてくださりありがとうございました。私はこれで」

「貴様にも悪い話ではなかろう、僕が持ってる魔導具を作動させることができれば研究の貢献もでき、世間からはその力を認めてもらい、名誉だって手に入る」

「じゃ、あなたもそれのためにそんな提案をしているんですか。研究のため、名誉のため。本当にそれだけであんな危険な魔導具を作動させようとしてるんですか。この研究に何の意味があるっていうんですか」

「僕には成すべきことがある。装備はあるから爆発が起きても貴様が怪我することはないと言ったろ。今度は装置も用意した。装備を着て中に入るだけでいい」


 成すべきことって、あんな物騒な魔導具の使い道といったらよからぬ方向にしか考えられないが、何かを破壊でもしたいのか。ヒロインが街を破壊することになった時はむしろ止めようとしたよね。

 彼はその装置が壊れるとは想定していなかった。特殊素材で作られた壁のように堅固なものだが、ヒロインの前では無用の長物。装置が壊れると同時にヒロインは理性を失ってしまう。

 何を言い返しても彼は聞く耳を持たず、魔力認証をしてドアを開き、私を中に押し込んで入り口を塞ぐ。くっ、私は何でこんなにも軟弱なんだ!

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