02『意思』
おお、料理変換器もあるのか。生徒証を差し込み、モニターからメニューを選び、機械の中に手を乗せると、下にあるオーブンのような空間で料理が作られる。この料理は手から魔力を吸い込んで作られ、味と食感が本物とそっくりの栄養価の高い食品だそうだ。この学校に試験的に導入されたと聞いた。
成績と学校行事の寄与度によって三年生まで個人評価が与えられ、S以上の人は料理を何個でも作っていい。その他にも等級によって待遇が違い、皆高い等級を目指して励んでいる。この評価は師団にまで繋がってヒロインは現在B+、これは生徒証にも書かれていて毎回更新される。入学成績は魔力テストのこともあってA+だったそうだが、ミヤビでA以下を受けたのはヒロインしかいない。
「オレはこの日替わりランチにしようかな。ミネシャちゃんはどれがいい? キミの分まで作るから休んでて」
名前を呼ばれた! 私も下の名前にミネが入るから何だか感情が高ぶるんだよね。推しは付き合ってからも名字で呼ぶから、こんなこと感じられなかったな。
レニオーブは私の代わりに料理を二つ作ろうとしているのか。彼の評価はS+だからできはするんだろうけど、二つからは要求する魔力が激増するんだったよね。ふむ、何もせずにいるのは気が重いが、好意を断るのは礼儀ではないか。余計な意地を張ってまた迷惑掛けるのも嫌だしね。
「ではお言葉に甘えて二十九番定食にしようかな。これ好きだったよね? あなたが好きなものを私も食べてみたい、はんぶんこしよう」
「二十九番ね。キミと初めて一緒にお昼を食べた時食べたのがいつもよりおいしく感じられて、その感覚を思い出しながらよく食べるようになったな」
「そ、そうなんだね!? えーと、これで作る料理って、いつも同じ味じゃなかったっけ」
変わるときもあるのかな。私は見たこともない形をしているステーキ定食だが、食堂イベントではいつもそれを食べていたから好きなんだと思った。初めて一緒に食事をした日に食べたものを覚えているんだね。私にとっては今日がその『初めての日』だから、あの日は彼一人で食べたはずのものをシェアできて何か嬉しいな。
「同じ味でも感じられるのは毎回同じじゃないんだ。感情によって感じられることが変わる。今も気分がいいからきっとおいしい。キミのおかげだよ」
私? さっき楽しそうだったのも私がいるから? ってにやつくな! 調子に乗るな! 彼が言っているのは『私』でもないだろ! 私は面映ゆくなって視線をそらし、床を見ながらどういたしましてと小さくつぶやいた。ちらっと見上げてみたら、彼は緩んでいる口元を手で隠しているみたいだ。
「半分じゃ足りないんじゃない? これも分けて食べよう」
そう言って結局彼は料理を三つ作った。三つも作ったのに疲れた様子は一切見えない。食堂にはいくつか部屋があり、変換器のモニターで予約することができる。ヒロイン達はいつも一番奥の部屋に入る。ドアの横の、波長を感知する魔力認証機に指を当てるとドアが開く。
ドアの向こうに見えるのは、姿勢の端正さが優雅で、食器を扱う姿は丁寧で美しい、気品あふれる青年。整えた紺の前髪の左側を上げ、現れた顔は落ち着きのある淡々とした表情を浮かべている。深海のように床しいの瞳に、一見冷徹そうにみえて、穏やかな微笑ですぐ和らぐ目尻。色白で線の細い体を覆うバーガンディーのケープコートはベルトがしっかり締めており、中に見えるシャツやネクタイはきっちりしてシンプル。この高貴な方が私の推し、ディシェル・ジェニアさま。
え、ちょっと、眩しい、高尚、気高い、オーラがもう本物、実物が生きて動いているみたい。手振り一つ一つが繊細で目を奪われる。
「もう来てたんだね。そんなにお腹空いてたの?」
「先に済ませて去ろうとしたんです。移動しましょうか」
「どこに行く気? 一緒に食べよう」
「お二人の間に挟まれたくないんですが」
「あ、あの、私からもお願いしてもよろしい、いいかなあ!!」
危うく丁寧語を使うところだった。礼儀を尽くしたいほど彼には尊敬を禁じ得ないし、何度も惚れ直している。
私の言葉に二人同時に不思議そうにこちらを見る。彼氏の前で彼氏の友達を誘うやつがどこにあるかとは自分でも思っているが、これが夢ならいつ覚めるか分からないからこのチャンスを逃したくない。
「ミネシャちゃんもこう言ってるから、ね?」
「二人揃ってなんですか。いいですけど。念のために言っておきますが、二人と食べるのが嫌とか気まずいとかじゃありませんからね」
「そうー? オレと食べられるのがうれしいんだね」
彼がいたずらっぽく笑いながら言うと、ジェニアさまは冷静な顔が少し崩れ、戸惑いのこもった声で答える。
「誰が貴方と食べられて嬉しいと言いました。油断も隙もないですね、全く」
二人の生のやり取りだ~~! ジェニアさまのこのまんざらでもなさそうな顔!! これはもう友情を超えている! 微笑ましいな! ふふ、貴重な場面をしっかりと目に焼き付けないと!!
四人用の食卓に向かい合わせの席にレニオーブが座り、私は彼の横に座った。こんなに近くで彼らを眺められるなんて極上の幸運。皿にある料理は見る気にもならない。
「はい、これ半分切ったから一緒に食べよう」
「そういうことは余所でやっていただけませんか」
「キミも食べる? ほら、あーんしてあげる」
「食べる訳ないでしょ! 馬鹿にしてますか!?」
レニオーブは自分の分のステーキを一口大に切りジェニアさまに軽く差し出す。ジェニアさまは戸惑って困った顔をして手を振り回した。
「そんなことは彼女にでもしてください」
「ミネシャちゃんは恥ずかしがってやらせてくれないんだもん」
「私だってやらせてくれませんよ」
え? 突然の展開にぼかんとしていたら何だって? 私を慮って代わりにジェニアさまにあーんを……つまり私にしたかったってこと?! そこは遠慮しなくてもいいのに! 邪心があるとかではないよ?
そういうことなら、私からしてあげたら気にしなくなるかも。私から、あれを……い、いけるのか。さすがにそれはないか。でも、断られてもいいからやってみたい。思い切ってレニオーブが最後に選んだスフレオムレツをフォークで刺しって彼に差し出した。
「私に気兼ねなんか要らない。私もあなたに遠慮したくない。私にあーんさせてくれる?」
いきなりフォークを差し出したせいか、レニオーブは驚いたように自分のフォークを置いてぽかんと私を見ている。何か言いたそうに私を見つめてくるが何も言わない。ためらっている? やはり私は出過ぎたまねを!! 気まずくなって手を下ろそうとする瞬間、パクッと彼はフォークを口にくわえた。
「オレはキミがオレに何を望んでも喜んで引き受けたい、キミも……オレと同じことを考えてくれてる?」
美味しそうに食べた後、彼は照れ隠しなのか決まりが悪そうに笑いながらもどこか真面目そうに聞いた。レニオーブの思いと私の思いは比べるものにもならない。でも大切にしたいと、何かをしてあげたいと思うこの気持ちだけはきっと同じ。だからそうだと答える。そんな嬉しそうな笑顔で返してくれるなんて、ときめきで心がざわつく。
差し出したフォークはそのままレニオーブに使ってもらうことにし、レニオーブは自分のを私に渡してくれた。そ、そうか、レニオーブが使ったものを私が使うわけにはいかないよね! 最初からレニオーブのを使えばよかったな。ややこしくしてしまったな。料理を分け合って楽しく食事をしていたら昼休みはあっという間に過ぎた。