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丸の内ドライジンジャー  作者: 一二 一め(ひとつ はじめ)
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6

花は浅草の街角に立っていた。




待ち合わせ場所として雷門の前はさすがに混んでそうなので、浅草の神谷バーなら二人とも場所がわかるとそこにしたのだが、平日とはいえ予想外の人の多さに立って待つような雰囲気ではなかった。




歩道は国内や海外からの観光客や地元民が溢れ、車道には人力車が走り、見上げればスカイツリーと生ビールを模した高層ビルや巨大な魂のオブジェが屋上に乗った黒いビルなど、時空の歪みを感じるような光景に花は身の置き場を探しながらうろうろしていた。程なく信号の向こうからさやかが手を振っているのが目に入った。





さやかは東武線で浅草駅に着き、少し駆け足ぎみに二階ホームから一階に向かうとチケット売り場周辺は人であふれていた。


スカイツリーが出来てから随分と立つが、できる前の閑散とした街は、一昔前の繁華街にもどりにぎやかだ。




駅を出て前方の赤信号の向こうの神谷バーを見ると花がうろうろしていた。


いつもの花らしく、白いニットにブラウンのパーカー、紺色のパンツ、足元は珍しくピンクのスニーカーだった。




信号が変わり花に駆け寄るさやか。


「おまたせ」弾んだ息でさやかがいうと、


「お疲れー。ここ待ち合わせには向かないね。人多すぎ」そういって花は笑った。




「浅草の花。浅草花やしきだね」さやかもそう言って笑顔を返す。


何それと言いながら二人でケラケラ笑い


「じゃ、行こうか」


と、新仲見世通りへ向かった。前を行くさやかに花は「あっちの仲見世から行かないの」と声をかけた。さやかはこっちからでも合流出来るからと言って花の手を握って進んで行った。




「浅草は小さい頃からよく来てたんだよね。だから少しは土地勘あるんだ。でも最近はかなりお店も変わったから前とは景色がちがうんだよね」


「私も何回か来たけど王道の提灯からのルートしか知らないもん」




新仲見世のを十分ほど歩き、屋根のない空間が見えてきた。「ほらここから右に行けば浅草寺でしょ」そういってさやかは振り返った。




境内に入り線香を頭に浴び、手水舎で手を洗う。口をゆすぐのははなんとなく躊躇い二人とも本堂に入っていった。




二人そろってお祈りしていると、さやかはそっと目を開け横の花を見た。なにか真剣な表情で祈るその横顔に見とれていた。パッと目を開けた花は「終わった?」そういってまた手をつないで本堂を後にした。




「なにお願いしてたの?」


「いろいろ、内緒。さやかは?」


「そりゃ花とこれからも仲良くって」そういって首をすくめおどけて見せた。


何それ、そう言って笑いながら本堂を出て右に向かい、二人は劇場を目指した。



三人が揃って勤務する次の金曜、開店準備しながら早速二人で観に行ったミュージカルの話で盛り上がっていた。




「そんなに悲しい話だったの?」観に行っていない絹が二人に聞くと花が


「そうなんですよ。私ももっと明るいエンタメってのを想像していたから。すごく重い話で、昔の外国の少年の恋愛の話なんですけど、それが二転三転して」


「初めてのミュージカルとしては微妙かもだけど、よかったですよ。さやかちゃんが好きな女優さんもとてもかわいかったし歌も上手かったな」




自分が褒められたような気恥しさか、さやかは顔を赤くしながら「でしょ」ととだけ答えた。




「観終わった後は国際通りのそばのお店でもつ煮とホッピーで乾杯して楽しかったな。絹さんも今度行きましょうよ」


「いいわね。飲むんなら私も電車で行かなきゃね」




このまま話続けそうな花に絹は「金曜だし、そろそろ看板に明かりつけましょうか」そう声をかけた。


開店少し前だったが、花は「はーい」といって店先に出ていった。




二人になったところで絹は「で、どうだったの」とさやかに声をかけた。


「楽しかったです。とても」


「・・・・・・でも何も言えなかったんですよ」




少し首を傾げてほほ笑む絹は、楽しかったなら良かったわ言ってとさやかの肩にポンと手を置き


「じゃー今日も頑張りましょう」


「はい」


「そうださやかちゃん、お金の両替してきてもらっていい?百円玉が少し足りなそうで」そういって絹はレジから三千円を出した。


「では行ってきます」そういって出ていくと、すれ違いに男性が店先に姿を見せた。




「吉住さんこんにちは。今日は早いですね。今開けますね」花はそう言って看板のコンセントを差した。


「絹さん、吉住さんご来店でーす」中に声をかけ、どうぞと言って吉住を席に案内した。



吉住はいつもの左から2つ目の席に座るとビールを注文し、花に声をかけた。


「花ちゃん、前にうちのバイトの話したの覚えてる?」


「なんとなくですけど」


「ここのお客さんに、牧原って男いない?」


「さー、名前がわかるお客さんそんなに多くないから」そういいながらハイネケンをコースターの上にすっと差し出す。




そもそもお客さんの情報を話すわけにもいかず言葉を濁していると、横から絹が


「吉住さんもバイトの人たちにここ知られたくないんですよね。皆さん匿名希望の方が多いですから」そう言って岩塩をかけた少量のナッツを小皿にのせてよかったらどうぞと差し出す。




「だよね。いやうちのバイトのサラリーマンがさ、何かここで飲んだことあるって休憩中に言ってたから」バイトのサラリーマン?花は一瞬理解できなかったが、確か仕事帰りの会社員もバイトしてるって言ってたと思い出し、あー言ってましたねとうなずく。




おいくつくらいの方ですかと花が興味を持つと吉住は「たしか25くらい。細身でちょっとかっこよさげなんだけど」


花は、そんなお客さんたくさんいますねと笑った。




「吉住さんはここの常連だって言ったんですか?」


「行ったことある程度って濁しちゃった」


「そんなやばいお店じゃないですからw」


「ここで酔って変なこと言ってないか不安だしな」


「大丈夫ですよ、さやかちゃんが好きだとか言いませんから」花は小声でにやにやしながら言った。


「まいりました。以後気を付けます」悪びれた様子もなくちょこっと頭を下げた吉住は、少し目じりが下がってきてナッツをほおばった。




そこへさやかが戻ってきた。


「いらっしゃいませ」


「あっ、どうもこんばんは」


視線をカウンター奥の酒瓶にうつしている吉住に花は「いま丁度さやかちゃんの事話してたんですよ。ねー」


「えーなんですか。また悪口でしょー」笑顔のさやかは小銭をレジにしまい、いったんエプロンを取りにバックルームに消えた。




横から絹さんが、あんまりいじめないでね、大事なお客さんなんだからと声をかけた。


「そうよね、さすが絹さん」吉住は酔うと言葉が柔らかくなるので、そろそろ帰りそうだ。頭の中で会計金額を計算する。




「花ちゃん、今日はそろそろ」そう言って顔の前で両手の人差し指を交差させる。




はいと言って小さい紙に書かれた会計金額を差し出すと、はやいねと言って笑顔で財布からお札を出す。


奥から出て来たさやかに「またね」と言って吉住は帰って行った。




「さっき吉住さんが言ってた牧原って人、あの人ですよね」眉間に少し皴を寄せて言った。


「多分ね、でもよく言わなかったわね。えらいわよ」


「でもほんともう来てほしくないかも」

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