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丸の内ドライジンジャー  作者: 一二 一め(ひとつ はじめ)
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都会の夜のちょっと不思議なBARのお話

東京駅丸の内口を出て、二棟の高層ビルのうち左手の丸ビルを曲がると、そこは一気に恋愛ドラマのワンシーンのようなキラキラした世界が広がる。


行幸通りの木々が秋から冬へと色が変わる頃、丸の内仲通りの淡いクリーム色のイルミネーションは、まるで炭酸強めのジンジャーエールのように色めき、街を歩くだけで気持ちをワクワクさせる。


仕事終わりの時間帯は観光客やサラリーマン、丸の内OLなどのギャラリーが笑顔で光のアーチをみあげている。


「今日は空気が澄んでるからきれいだな」齋喜花は小さく独り言ち、通りに歩を進めた。


肩までの伸びた栗色の髪はきれいな光沢を帯び、厚手のオフホワイトのニットの上からブラウンのパーカーを羽織り、パンツは黒いスキニー、シシッと聞こえてきそうな歯を見せる笑い方も魅力の一つで、小柄な体躯を起用に使って動く小リスのような花は、通勤の時にここを通るのが好きだ。


寒さで目が少し潤んで光がぼやけた感じになった時が特に好きで、今もあえて目を細めてうっすら眺めている。


通りに入ってすぐ、右側のビジネスビルから一種異様な気配を感じた花は、おやっと無意識に注意喚起されてすっと横を見た。すると中からなんとも異様な人が出てきたところだった。


全身を緑でコーディネート(かどうか判らなかったが見える範囲は緑だった)して、やや伏し目がちで東京駅方面に仲通りを進んでいった。

上からニット帽、サングラス、マスク、シャツ、コート、マフラー、パンツ、靴。何もかもがミントグリーンで統一されていた。男性なのは確かだが、年齢も20代から50代と不詳。


それなりに治安のよい街とはいえ、じっくり観察するのは勇気がいるのと、この周辺では色々な撮影もよく行われているので、どこかからカメラを回す集団がいないかさりげなく見回したがそんな様子は見れなかった。


普段も早朝や夜間に映画やドラマを撮っていることが多いので、ロケを見かけるとしても帰りの時間帯だ。普段は人の増える夕方には撮影していないのでつい気になってしまった。


何かと興味をもつ性格の花はついていきたい衝動にかられたが、仕事の時間に間に合わなくなるので、緑男とは反対方向に向かって歩を進めた。

通りの不思議なオブジェやおしゃれなマネキンを眺めながら2分ほど歩き振り返るともう緑男は消えていた。


花の職場があるブリックスクエアに到着。

夜は暗闇の中に浮かぶ中世の古城のように密やかで厳かだが、この時間は夕暮れの中のシックな外壁が街に溶け込んでいる。


一階の少し奥、小さいカウンターだけのBAR”タイム”はある。今夜もすでに開店の準備をしている。元々常連だった花も今やりっぱな戦力となっている。


カウンターをのぞくと、すでに店長の絹さんが開店準備を始めていた。

本田絹、古式ゆかしいお名前だけれども、クールでお茶目な美しいアラサー女子。


いつも2時間前にはお店に来て開店準備をしている頼もしい存在だ。私が午後4時半ぐらいに店に着いた時には大体準備がおわっている。申し訳ない気持ちもあるけれど、絹さんいわく、「これも運動だから」といって少し首を傾げながら笑顔で手を振ってくれる、可愛い。


すらっとしたモデル体型で肩下まで伸びた黒髪は後ろで束ね、大きな瞳はキラキラと少しだけ涙を含み、上はオフホワイトのシャツに黒いベスト、細身の黒のパンツに黒いパンプス。

これが服装が絹さんの制服だ。長い手足を器用に使ってカウンターテーブルを拭く様は、それがすでにファッション雑誌のワンシーンのようでいつも見とれてしまう。そんな絹さんは花の憧れの上司だった。


「おはようございます」夕方とはいえ初めての挨拶はこれ、芸能人みたいで最初は恥ずかしかったけど、慣れれば当たり前に使えるようになって一人前気分だ。


「あ、花ちゃんおはよう」そう言うと、絹さんは手に持ったアルコールスプレーを置きながら、私にやわらかい笑顔を見せてくれた。「今日もよろしくね」そう言ってまた掃除にもどる絹さん。


私は急いで左手奥のバックルームに入り鞄をロッカーに投げ込み、パーカーとニットを脱いで白シャツを着て真っ赤なエプロンを付けカウンター内に入り水回りの掃除を始めた。


「今日はお客さん多そうですね。来る途中も通りが賑やかでした」

「そうね、でもほら、席が少ないからお常連さんを断りするのは申し訳ないのよね」と絹さん。


いちげんさんが多そうな商業エリアの中でも、この”タイム”は固定客が多い。仕事帰りにお酒を呑んでくつろぎたいのか、絹さんと話をしたいのか。後者が多そうだ。

私もその一人だったからこうして一緒に働けるのはとても楽しい。


「わたしがお客さんだった頃より最近は常連さん増えましたよね」洗ったグラスを拭きながら私が話すと

「それはそうよ、花ちゃんが働き始めて新規の方がリピートしてくれてるじゃない。みんな花ちゃんのおかげよ」

「いやいやそんなことないですよ。お客さんは絹さんと話したがってますよ」といいながら俯いた。


顔が紅くなっていないか気になり、背面の棚の整理をするふりをして後ろを向き棚のガラスに映った自分の顔を見る。紅い。恥ずかしいのと、絹さんに褒められた事と丁度半分、いや褒められたうれしさが勝っているな。そんな事を考えながら花は開店準備を進めた。すっかり緑男のことなど忘れていた。

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