【連載版開始!】婚約破棄された小説家ですが、恐怖の皇太子様が私の熱烈なファンでした~作者の私を大事にするあまり、溺愛とも言える行動をされるのですがどうすればいいのでしょうか?~
「はい、悪役令嬢の君と婚約破棄するまで1年かかりました~」
いつもみたく、お庭で本を書いていたときだ。
頭の上から男性の声がポンッと落ちてきた。
ん? と顔を持ち上げると、婚約者のワズレス様がいる。
この方はレジェンディール帝国の名家、レッカード伯爵家のご長男。
私たちはいわゆる政略結婚で、その婚約も一方的に決められたものだった。
「ワ、ワズレス様……こんにちは」
「ハハハ。こんにちは……だなんて、よく挨拶できるね。婚約破棄された直後なのにさ。君には色んな意味で驚かされるよ。なぁ、ベル・ストーリー」
長めの金髪に青く澄んだ瞳。
その麗しいお顔で、たくさんのご令嬢と親しくしていた。
いつものように見下した様子で私を見ている。
私のことが大して好きではないだろうに、なぜかよくストーリー男爵家に遊びに来ていた。
そして、その顔を見ていると、さっきのセリフが鮮明に思い起こされた。
じわじわと私の心を蝕んでいく。
「こ、婚約破棄とはどういうことでしょうか……!?」
「“君と結んでいた婚約を破棄する”という意味だよ。本を書いているくせに、そんな言葉もわからないのか?」
「で、ですから、そういうことではなくて……」
ワズレス様はニヤニヤしたままだ。
私の反応を見て楽しんでいるらしい。
この意地悪な感じが、私はとても苦手だった。
「さあ、出ておいで。僕の可愛いイーズ。この無粋な娘に君の美しさを見せつけてやりなさい」
「こんにちは、悪役令嬢のお義姉さま。今日も地味な生活を送ってらっしゃいますわね。よく飽きないなと、さすがのあたくしも感心いたします」
「イーズ!?」
ワズレス様の後ろから、ぴょこんと小柄な女の子が出てきた。
彼女はイーズ・ストーリー。
真っ赤な長い髪に、女豹みたいな鋭さを感じる赤い瞳。
妹なのに、髪も目の色も私みたいな黒とは違う。
それもそのはず、彼女は義妹だった。
「ああ、君はいつも美しいね。一度見たら目が離せなくなってしまうよ」
「ワズレス様こそ見とれてしまうほど素敵ですわぁ。なんてカッコいいのでしょう」
二人は長年の恋人のようにくっついている。
私のことなどお構いなしだ。
悲しみよりも驚きで胸がいっぱいだった。
「ふ、二人とも……いったい何を……?」
「互いの愛を確認し合っているんだよ。僕は真実の愛を見つけたのさ。まぁ、いつも本ばかり書いている君にはわからないだろうがね。なぁ、文章を書くことしか取り柄のないベル・ストーリー」
「お義姉さま。空想の世界に閉じこもってばかりいないで、たまには外の世界を見てはいかがですか? そうしないと、大切な婚約者を奪われてしまいますわよ? あら、もう遅かったわ。オホホホホ」
「……」
二人はずっと高笑いしている。
そうか、私は義妹に婚約者を奪われたのだ。
言葉よりも何よりも、彼らの行動が示していた。
「ああ、そうだ。この前、君の本を読んではみたけどね。なんだい、あれは。駄作もいいところじゃないか」
「だ、駄作……」
「そうさ。あんなものを好きな人の気が知れないね。僕に言わせればゴミ同然。いや、ゴミ以下だね」
「ワズレス様のおっしゃる通りですわね。紙とインクがもったいないですわ」
彼らが罵倒しているのは私の小説、『悪役令嬢クロシェットはへこたれない』。
ストーリー男爵家は貴族だけど、別に裕福ではない。
そこで、私が本を書いて家計を助けていた。
昔から本を書くことが好きだった。
好きが高じて、今では仕事になっているほどだ。
悪役令嬢が主人公なので、私も二人から悪役令嬢と言われていた。
幸いなことにそこそこ売れていて、今では家計の大きな助けになっている。
「それにしても、お義姉さまの本はちっとも売れませんわね。あたくしの買いたい服が少しも買えませんわ。どうせ書くのなら、もっと売れる作品を書いてくださいまし」
「そ、それはあなたが高いドレスやブレスレットなんかを買うからで……」
結局、イーズがドレスやら宝石やらを買い占めるので、裕福になることはなかった。
家族もみな彼女の言いなりなので、私が悪者にされる毎日だ。
「ちょっとお義姉さま! あたくしのせいと言うのですか!?」
「聞き捨てならないな! イーズのせいだと言うのかね!?」
「だから、違くて……」
これもいつもの展開だ。
二人は都合の悪いことを指摘されるとすぐに逆ギレする。
私もめっきり疲れてしまい、特に反論することもなくなっていた。
「お義姉さま、私のことを恨まないでくださいね。真に魅力的な女性は、どうしても人を惹きつけてしまうものですから」
「恨むのなら地味で取り柄のない自分を恨むんだな。本ばかり書いていないでもっと現実を見るべきだったなぁ」
「さて、お義姉さま。これだけは言わせてくださいませ。あなたの書かれた小説は本当につまらなかったですわ」
家族のために書いていたのに評価されなかった……。
その事実は、イーズの言葉は無慈悲に私の心へ突き刺さる。
「“事実は小説より奇なり”とはよく言ったものだ! ほらほら、どうした? 続きを書いてみろ!」
「婚約者を義妹に奪われるなんて、小説でも見ないような展開でしょう? さっそく書いたらいかがですか?」
二人は冷やかしながら、私の周りをぐるぐる回る。
小説を書くのは好きだけど、これ以上続けて何になるのだろう。
もう、ダメかもしれない。
そっと羽ペンを机に置いた。
ワズレス様たちは勝ち誇ったように大笑いする。
「ハハハハハ! さすがの悪役令嬢も、もう本なんか書けないようだな! ざまーみろ!」
「あーあ、もったいない! せっかく素晴らしいアイデアを提供して差し上げましたのに!」
ごめんなさい、クロシェット。
あなたの人生を描いてあげることができなくて。
涙をグッとこらえて謝る。
物語の人間たちは、私が書かないと人生を送れないのだ。
続きを楽しみに待ってくれている読者たち、そして、何よりも物語のみんなに申し訳なかった。
「さあ、ベル・ストーリー! この家からも出て行くんだ! もう君の居場所はないんだよ!」
「お母様とお義父様も了承してますわ。早くどこか遠くへ行ってくださいまし」
「はい……わかりました」
もうこれ以上この場にはいられない。
紙とペンをまとめて立ち上がる。
これからどうしようか……。
当ても何もない。
ふと、二人を見たとき、ワズレス様の後ろに誰かいるのに気がついた。
直後、全身から冷や汗が噴き出した。
心臓が壊れそうなくらいドキドキする。
そのお顔を見ているだけで震えが止まらない。
「あ……あ……」
ウ、ウソ……ど、どうしてこんなところに……。
あまりの恐怖に体が震え、婚約破棄のショックなど消し飛んでしまった。
「ハハハ、なんだいその顔は? 悪魔でも見たような顔じゃないか」
「そんな顔では嫁の貰い手が見つかりませんことよ?」
二人はヘラヘラ笑っているけどそれどころじゃない。
“悪逆非道が人の身になった”と呼ばれる存在がそこにいる。
国内で一番大きな体、右目に刻まれた4本の傷、グリズリーも素手で殺せるほど発達した筋肉、見るだけで人を殺せそうな鋭い目、さらには先の大戦で魔族を皆殺しにしたほどの魔術の腕。
悲鳴に近い声を上げた。
「こ、皇太子様!?」
「「っ!?」」
ワズレス様とイーズは、首がもげるほどの猛スピードで後ろを振り向く。
“恐怖の皇太子”ことフィアード様が鬼の形相で立っていた。
「「な、なんで皇太子様がこんなところに!?」」
「頭が高いぞ、無礼者め。今すぐ跪け」
「「も、申し訳ございません!」」
ワズレス様とイーズは瞬時に膝をついた。
もちろん、私もだ。
皇太子のようなトップの方の前では、絶対に跪かないといけない。
機嫌を損ねてしまったら、不敬罪で即刻監獄行きだ。
ど、どうして皇太子なんて偉いお方が私の家なんかに。
二人と同じ疑問が頭に渦巻いていた。
「ベル・ストーリー。君は膝をつかなくていい。楽にしなさい」
「え……?」
突然、フィアード様に声をかけられた。
ら、楽にしなさいって、どういうこと?
というより、皇太子様に話しかけられることがありえない。
私は男爵令嬢だ。
天と地がひっくり返ってもありえない。
混乱と緊張で倒れそうだった。
「椅子に座っていて良いと言っているんだ」
「しょ、承知いたしました! 今すぐ座ります!」
大慌てで椅子に座った。
ワズレス様とイーズは、不思議な顔で私を見ている。
い、いったい何がどうなっているの?
「さて、今の話は全て聞かせてもらった」
「お、恐れ入りますが、皇太子様。なぜ僕たちの話を……」
「誰が口を開いていいと言った?」
フィアード様の恐ろしい声に、周りの気温が下がったような気さえした。
怒鳴られているわけでも叫ばれているわけでもないのに、体が恐怖で動かなくなる。
心臓がドキドキし過ぎて寿命が縮みそうだ。
ぜ、絶対に口を開いてはいけない。
かつてないほどの力で口を閉じる。
「ベル・ストーリー」
「!?」
またもやフィアード様に話しかけられた。
だけど、口を閉じているので何も話せない。
その瞬間、とんでもないことに気づいてしまった。
こ、この場合はどうすればいいの!?
喋ったら不敬罪で監獄行きだし、答えなくても不敬罪で監獄行き!?
「君は口を閉じなくていい」
「……!?」
「口を開けてよいと言っているのだ」
「しょ、承知いたしました! 今すぐ開けます!」
ぶはぁっと口を開く。
空気が本当に美味しかった。
皇太子様がパチンと指を鳴らす。
ザザザザザッ! と、たくさんの衛兵が出てきた。
ど、どこにいたの!?
すぐさま、ワズレス様とイーズを取り囲む。
フィアード様ほどではないけど、全員怖いくらい屈強揃いだった。
「今から裁判を始める」
「「っ!?」」
急展開過ぎて、さっきから理解が追いつかない。
ワズレス様たちも唖然としているだけだった。
「罪状を読み上げろ」
「被告人名はワズレス・レッカード。ベル・ストーリー男爵令嬢と婚約関係にあるにもかかわらず、イーズ・ストーリー男爵令嬢、その他多数の令嬢と不貞を働く。また、先ほどベル・ストーリー男爵令嬢に放った言葉は侮辱罪に該当する」
「被告人名はイーズ・ストーリー。すでに婚約している者と不貞を働く。さらに、多数の仕立て屋に、いずれ金を払うと言いながら支払いをしない。詐欺罪に該当。また、先ほどベル・ストーリー男爵令嬢に放った言葉は侮辱罪に該当する」
衛兵がスラスラと罪状を読み上げる。
二人の悪事が次々と暴かれていった。
やっぱり、ワズレス様は色んな人と関係を持っていたらしい。
イーズはものすごい目つきで彼を睨んでいた。
「「皇太子様、判決をお願いいたします」」
「有罪。被告人たちを終身刑とする」
フィアード様は至極あっさりと言った。
こ、こんな簡単に決まってしまうの!?
喋るなと言われていたけど、ワズレス様とイーズは猛抗議する。
終身刑になるまいと、二人とも必死の形相だった。
「お、お待ちください、皇太子様! 僕には何が何だかサッパリで……!」
「あ、あたくしはそんなことしておりません! 全て事実ではございませんわ!」
「うるさい。連れて行け」
「「そ、そんな……! 皇太子様ー!」」
あっという間に、ワズレス様とイーズはどこかへ連れて行かれてしまった。
衛兵たちもいなくなり、私はポツンと取り残される。
な、何がどうなったの?
嵐が過ぎ去ったようでぼんやりする。
と、思ったら、フィアード様がズンズン……と近づいてきた。
逃げたいのに体がすくんで動かない。
「さて、ようやく会えたな。ベル・ストーリー」
「は、はぃ」
わ、私、何かしたっけ?
誓って言えるけど、フィアード様に問い詰められるようなことは何もしていない。
していないどころか、会ったことさえないのだ。
どうしてこんな目に遭っているのかまったくわからない。
命の危険を感じる。
そ、そういえば、クロシェットにも同じような展開があった。
家から追放されてしまった彼女は、悪いドラゴンの巣に放り込まれる。
そこで死を覚悟した瞬間、秘められた力が開花するのだ。
クロシェットはこんな気持ちでいたのか……。
初めてキャラの心情を実感した気がする。
そして、フィアード様は絶望の一言を放った。
「私の屋敷へ来てもらおうか」
全身の力が抜けるようだった。
心なしか意識まで失っていく気持ちになる。
お、終わった……。
私の人生は今ここで終わったんだ。
□□□
「私の一日は『悪役令嬢クロシェットはへこたれない』を読むことで始まる」
ここは皇太子様のお屋敷。
普通ならありえない場所に私はいた。
そして、目の前には皇太子のフィアード様。
さっきから、クロシェットの感想をずっと話している。
全てがありえないことでどうにかなりそうだった。
「はっきり言って、君の作品は私の半身に等しい。クロシェットに出会えたことは、私の人生で最上の喜びに等しいな」
「あ、ありがとうございます」
フィアード様は本当に楽しそうな笑顔だ。
失礼極まりないけど、この人も笑うんだなと思った。
恐ろしく凄みのある笑顔ではあるけれど。
「クロシェットが豪傑騎士団長のぬいぐるみを探し出すところは本当に面白かった。あの展開を考えるのは難儀しただろう?」
「あ、いや、それほどでも……数分で考えました」
「なに!? たった数分だって!? ……なるほど、これが天才というヤツか。君はものすごい才能の持ち主だな」
「はは……」
言えない。
〆切に追われてて適当に考えた展開だとはとても言えない。
フィアード様がおっしゃっているところは、えいやっ! と書きなぐったエピソードだった。
特に、適当に考えた展開をえらく気に入ってくださっているようだ。
「君の本の最新刊は、いつも3冊買うことにしている」
「さ、3冊……でございますか。ど、どうして、そんなに買ってくださるのですか?」
一種類の本をそんなにたくさん買う人なんて初めて見た。
い、一冊あれば十分だと思いますが。
「読む用、保管用、布教用だ」
「な、なるほど……」
フィアード様は当然のように話す。
読む用と保管用はわかるけど布教用ってなんだろう?
「できることならば全てを買いたい。だが、そうすると他の者が読めなくなる。これは我が国にとって重大な機会損失だ。文化の衰退を招く恐れもある」
「え、ええ……」
フィアード様は悩ましいお顔でいらっしゃる。
まさか、皇太子様まで読んでいたなんて。
話を聞く限り、私の作品を本当に好いてくださっているらしい。
大変名誉なことだ。
い、いや、ちょっと待って。
それ以上に恥ずかしくてしょうがなくなってきた。
色んな人に読まれているのは承知しているけど、面と向かって感想を言われると無性に恥ずかしい。
「そして、作者の君に聞いておきたいのだが、今後皇太子の人物が登場する展開はあるか?」
「こ、皇太子……でございますか?」
「ああ、そうだ」
いきなり、よくわからない質問をされた。
なぜそんなことを聞くのだろう?
疑問に思っていたら、フィアード様が話を続けてくれた。
「私は実際の皇太子だからな。人物造形の参考になるはずだ。どんな質問にも答えられる。好きなだけ質問しなさい」
フィアード様は聞いてほしくてたまらないといった感じだ。
なんとなくワクワクしているのが伝わってくる。
だけど、皇太子キャラが出てくる予定はまだなかった。
「ほ、本当に申し訳ございません。今のところはありません」
「…………そうか」
沈黙がお部屋の中を支配する。
ウソであっても「皇太子キャラ出ます」って言った方が良かったのかな。
いや、ずっと出てこなかったらそれこそ良くないだろうし……。
ううう、なんて答えればよかったの……。
頭の中で悩みまくっていたら、さて、とフィアード様が気を取り直したように言った。
「君はこれからここに住むと良い」
「え!? こ、このお部屋にですか!?」
「ああ、そうだ。ストーリー家より過ごしやすいだろう。執筆に集中できると思うが?」
改めてお部屋の中を見渡す。
下手したら私の家より広かった。
落ち着いたアンティーク調の家具がセンスよく並び、机の上にはこれまた国内最高品質の羽ペンやら紙やらが置かれている。
今までは、がたつくテーブルとギシギシするペンを使っていた。
たしかに書きやすそう……。
「この部屋の隣には私の仕事場兼寝室がある。何か困ったことがあったらいつでも来なさい。すぐに対処する」
「し、しかし、そこまでご厄介になるのはさすがに申し訳ないです」
「気にしなくていい。ここに住みなさい」
流れるように色んなことが決まっていく。
実家に私の居場所はないから、ありがたいことはありがたいけど……。
「あ、あの」
「なんだ?」
「ど、どうして……私のことを助けてくださったのでしょうか?」
ずっと気になっていたことを尋ねた。
皇太子様にこちらから質問するなんておこがましいかもしれない。
でも、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。
「ああ、そのことか」
フィアード様は思い出したように呟く。
何を言われるんだろう。
緊張でゴクッと唾を飲んだ。
どんなことを言われても大丈夫なように覚悟を決める。
「続きが読めなくなると困るからだ」
だけど、告げられたのは予想外の言葉だった。
「つ、続き……でございますか……?」
「ああ、そうだ。君が精神的な苦痛により筆を折ってしまった場合、クロシェットが読めなくなってしまう。もしそうなったら、私はどうしたらいいのだ」
その怖いお顔は不安に駆られたような表情だ。
そこまで私の作品を好きでいてくださるなんて……。
私の胸は温かな心で満たされていく。
「フィ、フィアード様」
「なんだ?」
「ありがとうございます……私の本を面白いと言ってくださって。私……とても嬉しく思います」
「素直な感想を言ったまでだ」
多少は売れてるから評判はいいと思っていたけど、実際に読者の方から面白いと言われることは今までなかった。
そもそも交流してこなかったからだけど。
だから、直接“面白い”とか“好きだ”とか言われるのは本当に嬉しかった。
よし! と決心する。
「それで、私はここで何をすればよろしいのでしょうか」
「……なに?」
ついぞ、言われることはなかったので、覚悟を決めて聞いた。
フィアード様は怪訝な顔で私を見ている。
たかが男爵令嬢の私が、何の理由もなしに連れて来られるわけがない。
きっと、とんでもない仕事をやらねばならないのだ。
朝から晩まで鉱山から魔石を運び出したり、一人で悪いドラゴンを討伐したり、魔族の残党狩りをしたり。
そ、それとも、黒魔術の生け贄……。
「伝わっていると思っていたが、改めてハッキリと言わせてもらおう。私から君に言うことは一つだけだ」
「は、はぃ……」
もうダメだ。
気絶しそう。
「早く続きを書きなさい」
「…………え?」
フィアード様から告げられたのは、またもや予想もしていない言葉だった。
続きを書きなさい?
「早くクロシェットの続きを書いてくれと言っているのだ」
「で、ですが、とんでもない重労働とかはしなくていいのでしょうか。魔石の搬入やドラゴンの討伐、魔族の残党狩り、黒魔術の生け贄は……」
「……君は何を言っているんだ? まったく意味が分からん。も、もしかして、クロシェットの新しい展開か!? ダ、ダメだ! それだけはダメだ! いくら君でもやって良いことと悪いことがある!」
フィアード様は耳を抑え、激しく頭を振っている。
それこそ、とんでもなく苦悶に満ちた表情だった。
「君はただクロシェットの続きを書いてくれればいいのだ。執筆に関すること以外は全て屋敷の者が行う。食事も君が望むあらゆる料理を用意するし、掃除、洗濯……そんなものは全てこちらに任せておけばいい」
「わ、わかりました。申し訳ございませんでした」
「だから、クロシェットのネタバレだけはするな」
そう言い残すと、フィアード様はお部屋から足早に出て行ってしまった。
皇太子がネタバレという言葉を知っているのも不思議だったけど、とりあえずホッとする。
ああ、良かった。
殺されることはなさそうだ。
いや、ちょっと待って!
何か大事なことを見逃している気がする…………あっ!
その瞬間、背筋が凍った。
これ…………本が書けなかったらどうなるの?
まさか、殺……。
大至急でクロシェットの続きを書き出した。
◆◆◆
かくして、二人の奇妙な新生活が始まる。
心酔している小説の作者を大事にするあまり、傍から見れば溺愛とでも言えるような行為を平然とするフィアード。
それにまったく気づかず、諸々勘違いしたまま猛烈に書きなぐっていくベル。
その様子をコッソリと本の中から眺めているクロシェット。
そんな彼らの物語はまたの機会に……。
お忙しい中読んでくれて本当にありがとうございます!
【読者の皆様へ、青空あかなからのお願いでございます】
少しでも面白いと思っていただけたら、ぜひ評価とブックマークをお願いします。
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どうぞ応援よろしくお願いします!
【連載版を始めました!】
連載化にあたり、タイトルを変更しました。
『婚約破棄された小説家の私ですが、恐怖の皇太子様が私のファン(重度)でした~作者の私を大事にするあまり、溺愛とも言える行動をされるのですがどうすればいいでしょう?~』
https://ncode.syosetu.com/n6771ia/
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