十三章 蓮乃の実力
克弥も加わった練習を始めて、だいたい三十分が経過した頃、
「ぜひゅー、ぜひゅー……」
「おい、桃! 蓮乃がヤバイ! 目が虚ろだ!」
「む……蓮乃! 大丈夫か!」
「ぜっひゅ、ぜひゅ、ぜひゅー……」
「そうか、分かった! 無理をせず、少し休んでおけ!」
「何か分かったのか、今!?」
克弥には荒い呼吸音にしか聞こえなかったが、桃には蓮乃の言葉が通じたらしく、休憩を指示した。
「……桃! 蓮乃の様子を見ておきたい!」
「そうだな、頼む、克弥!」
ツッコミたいことはあったが、明らかに限界な蓮乃を気遣い、克弥も一旦、練習を離れる。
正直、克弥もかなり疲労が溜まっていた。
キャッチボールと甘く見たが最後、桃の練習はかなりの厳しさだった。
最初のうちは相手が取りやすい球を投げるという目的を持つものの、それこそ親子が行う遊びのキャッチボールに近いものだった。
桃が起点となり、バラバラに散った五人の中の誰かにボールを投げる。
ボールを受けた人は、次に投げる相手を自由に選び、送球する。
そのようなキャッチボールを続けて十分を過ぎた頃、緩やかだった練習が激流へと変化した。
徐々に桃から放たれるボールがワンバウンドだったり、山なりのフライだったりするようになり、誰に送球するか、ということも桃が指示するようになった。
さらには、桃の送球が意図的に乱れるようになり、移動しながら捕球せざるを得なくなっていくようになる。
これだけならまだついてもいけたのだが、送球と捕球のテンポが急激に速くなっていき、もはや、バットを使わないノックに近いものへとなっていった。
もともと運動能力の高い雪華や恭一郎はまだまだ余裕があるようで、いまだに張り切って桃と練習しているが、運動音痴な蓮乃はギブアップ。桃の家の軒先に座って休むことになった。
「蓮乃、大丈夫か?」
克弥は大丈夫そうではないことが分かりきっているが、一応、聞いておく。
「ぜっひゅ、ぜひゅ、ぜひゅー……」
「すまん、俺にはさっぱり分からん」
桃には解読できた言語だが、やはり克弥には分からなかった。
「克弥! その下にドリンクを用意したクーラーボックスがある! 蓮乃に水分補給させてあげてくれ!」
桃が恭一郎に送球しながら、克弥に指示を出す。
軒下を見てみると、確かにクーラーボックスがあった。
さすがにこういうことには気を回すか、と感心しながら、克弥は蓋を開けて、中からドリンクを取り出し、蓮乃に差し出す。
「蓮乃、これ飲んで少し休もう」
「ぜっひゅー……」
蓮乃は力なく頷き、克弥からドリンクを受け取る。
ペットボトルの蓋を外し、蓮乃はゆっくりと中身を飲み始めた。
「あ、言い忘れてたが――」
恭一郎からの返球を受けながら、桃がなにやら言ってきた。
「そこのドリンク、十本中一本にトウガラシエキス入りのはずれがあるから……」
「ごふっ! か、からっ! げほっ! ごふぅっ!!」
思い切りむせ始めた蓮乃。
「……当たりか……すまん、遅かったようだ」
「お前は鬼か!! 何でそんなロシアンルーレットを仕込んでんだ!?」
「厳しい練習の後の、場を和ます余興のつもりだったんだが……本当にすまない」
「和むわけないだろ! 俺らは芸人じゃねぇんだよ!!」
克弥は急いで別のペットボトルを蓮乃に渡し、桃を怒鳴りつける。
蓮乃の看病のため、練習は一旦中止となった。