安らぎ
何もない暗い空間。
何も聞こえず、何も見えないのに不思議と怖いとは感じない。
“還れる”
漠然とそんな言葉が浮かんだ。
あったかいような、切ないような、幸せなような、悲しいような……そんな感情が凛の意識を包んだまま揺蕩う。
何だか気になる事もあった気がするけど、どうでも良い気がしてこのまま闇に溶けていくに任せる。
一瞬とも長い間とも言える時間、安らぎに身を任せてたら、何かが近付いてきて
「凛! 何こんな所で寝てるの?」
パシッと頭を叩かれた。
さっきまで自分の体なんて無かったのに、気が付いたら11歳位の体になっていた。
「凛! そこに正座です」
「お、お母さん?」
そこには会いたかったお母さんがいた。
凛はお母さんに駆け寄り抱きつく。
「ごめんなさい。ごめんなさい。最後痛かったよね。何でもするから。もう離れたく無い」
泣きながら縋り付く凛をお母さんが抱きしめる。
「こんなに感情豊かになって。お母さん嬉しいわ」
凛の頭を撫でてくれる。
そうこれがずっと欲しかった。
「お母さんが教えてくれたからだよ」
「そーね。でも、私は基礎を作っただけ。それをここまで育てたのは誰?」
「? 何言ってるの? それもお母さんじゃん」
「違うでしょ。直前まで一緒にいたのは誰?」
「さぁ? それより早く還ろう」
バシッと再び頭を叩かれる。
……凛のお母さんは口でも説明はするが、口より早く手が出る人でもある。
「り・ん。ちゃんと考えてみてくれるかな?」
笑顔なのに目が笑ってない。凛の背筋がピンと伸びる。鬼上司凛の原点はここかもしれない。
「えーと、、、天使様、天使様がいたかな」
「その天使様の名前は?」
「天使様の名前? (天使に名前等あっただろうか? )」
思い出そうとすると金髪碧眼の王子様みたいな人の顔が浮かんできた。でも、わざわざ名前を思い出す事が必要なのだろうか?
と、バシッとまたお母さんに叩かれる。
「り・ん・ちゃ・ん? 貴方1度見たものは忘れないでしょ? 早く思い出しなさい」
「はいー!」
即答して考える。金髪碧眼の王子様。いつも優し笑顔を向けてくれた。でも時々寂しそうな顔をしてる時もあった。最期も微笑ではいたが悲しみに満ちた目をしていた。
「……ラル。ラルク」
「そうね。そのラル君が今の凛を形作ったのよ。今彼は貴方が死んでしまうのを必死で止めているわ」
「……そう。でももう寿命だから仕方ないね。それより早く行こうよ」
ラルクの事を考えると心が痛い。これ以上思い出したくないから話題を変えるが、
ゴンッとゲンコツで殴られた。
「凛。貴方のその逃げ癖は良くないわ。辛いのも怖いのも分かるけどラル君ともっと一緒にいたかったでしょう? でも同時に長く居ることで嫌われてしまわないかと怖くもあったのよね?」
……そうだ。お母さんの言う通り、ラルクと心が通じて一緒になった後も、今が最高の幸せだから、後は落ちていくしかないから、最高に幸せのまま死にたいと思って生きる努力はしなかった。寿命に争いたいとも思わなかったし、いっそこの今までで1番幸せであるうちに死にたいと思っていた。
「うん……」
「凛は優しくて、でも臆病でそんな自分はラル君には受け入れられないと思ってるの? 猟奇殺人犯でもどんな人間でも、受け入れると言った彼が臆病なだけの凛を受け入れられないと思う?」
「それは……」
きっと受入れてくれるとは思うけど、受入れられないかもしれないとも思う。
「ラル君なら受入れてくれるわ。もし受入れてくれなかったら、“自殺しないで精一杯生きる”という約束を取り下げても良いわ」
「それは……。でも……」
逃げ道があるのであれば、頑張れる。ただ、頑張りたいと思っても寿命なので物理的に無理なのだ。
あと何度か無理矢理目覚めた所で、ただ単純にラルクの悲しみを長引かせてしまうだけだろう。
「……それが、お母さんもビックリしたんだけど、龍人の血を濃く受け継ぐ者には龍玉というものが体内にあって、それを伴侶に贈り、贈った者の体液を摂取すると寿命を延ばす効果があるらしいの。
まぁ、正確に言うと寿命を延ばすと言うよりは、お互いに唯一の伴侶と認めあった番同士が長い時を生きる為、寿命を長い方へ合わせる効果があるらしいのよね。
そして、その受け渡し方法が、凛の最後の記憶にある深い口付けよ。相手に龍玉がわたると、渡した相手の胸元と龍人に番の証が現れるとか」
「そんな非科学的な……」
「科学も何も、ここは魔法があるファンタジックな世界じゃない」
「確かに……」
「この事をラル君も全てでは無いけど知ってるわ。だから、凛が意識なくても虚しいと感じながらも必死で未だに口付けしてるわ」
そう言うと、鏡みたいなものが現れ、酷い顔をしたラルクが動かない凛に口付けしている後景が見えた。
“リン、愛してる、まだこの世界で一緒に生きよう……俺を置いて逝くな”
そう言うとまた泣きながら、口付けをおくる。
「龍人族も混血が進んで、全てが正しく伝わっているわけじゃないから、ラル君は知らないのだけど、この寿命を擦り合わせる龍玉譲渡は番じゃないと意味はないの。今のラル君の一方通行の思いじゃ為されない。……そう。凛、貴方もラル君と共に一緒に生きていきたいと強く思わないと番とはならないの」
「……。」
お母さんを殺した後は、死ぬ事ばかり考えて生きてきた。
お母さんの言葉があったから生きてきた。
私はもう十分満足してる。
これ以上生きるのも怖い。
……でも、必死に凛を繋ぎ止めようとしているラルクを見ると心が苦しくなる。
「悩むという事はもう答えが出ている証拠。凛、私とはまたすぐに会えるわ。でも、生きているうちはラル君と一生懸命一緒に生きていきなさい」
お母さんが透明になっていく。
「お母さん!! 置いてかないで」
「私は先に行って待ってるわ。私はハッピーエンド主義なの。このままだと凛もラル君も本当の幸せを掴む前に終わってしまいそうだから、趣味の合った女神の1人のエロティカ神にお願いして凛とあわせて貰ったの」
「“えろてぃかしん”?」
「いつでも貴方を見守ってるから。だからいっぱいラル君と愛しあいなさい(物理的に)。そうしたらまた会いましょう! 今度会った時はラル君を紹介してね」
お母さんは一方的にまくし立てると消えてしまった。
途中何言ってるのか分からなかったけど、お母さんと話し合った内容を思い返す。
ラルクと会ってからの辛い事、楽しい事、嬉しい事を思い出す。だけど、やはり最期の悲しそうな顔が頭から離れない。
ラルクの元へ戻ろうと思った。まだ間に合うのであれば、ラルクにいらないと言われるまで一緒に生きる努力をする事を決心した。
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