町散策
お忍びとは言え王族が城下町へ下りるのには、やはりそれなりの護衛が必要なようで、いつものユベルに加え見える所にもう1人の護衛騎士と少し離れた所に2人と、それとわからないように護衛騎士がついてくるそうだ。
ラルクは国1番の魔道士の為、護衛の数は少なくはあるが、やはり魔法の発動までにタイムラグがあったりと弱点が皆無ではない為、騎士を中心とした護衛が集まっている。
因みにイリヤは今回お留守番だ。
凛に用意されたのは何処かの下級貴族又はお金持ちの商家の人間を装う為、フリルやリボンが多く使われたチェックのワンピースで、完全に子供の洋服である。
着替えた凛を見てラルクが悶えたのはいうまでもない。
一方ラルクは白いシンプルなシャツと深緑のスラックスでとてもシンプルな装いにフード付きのローブを纏う。
ラルクは何を着ても似合う。凛もこの世界に来る前まではパンツスタイルが殆どだったの為どちらかというと、動きやすさを考えてもラルクのような服が良かったと思ったが、凛の服をみて喜んでいるラルクを見たら、これで良かったかもと思った。
王城裏手から馬車に乗ると、ラルクが
「さぁ、まずはどこに行きたい?」
と、聞いてくれた。
凛としては特に行きたい所などないので、何処でもよいのだが、ラルクは凛の言葉を待っているようでキラキラしている目で見つめてくる。
「……物の価値を知りたいので、市場とかでも良いですか?」
「よし! 市場に行こう!」
♢♢♢
「凄い人混みだね」
“そーだな。人混みの迷子対策”と言って凛と手を繋いで歩けてラルクはご満悦だ。
そして、周りに人が居ない時に時々凛の口から出るラフな話し方が、心を許してますと言っているように感じるラルクは嬉しさが倍増しているようだ。
「そうだな。せっかくだから果物でも買おうか」
先程から2人は色々な店を眺めているだけで購入はしていない。ラルクが1件の露店の前で立ち止まり、ムアルと書いてある赤い果物を買ってくれた。
「これはムアルと言ってな、この国では常用している果物だ。今そこの親父が皮剥いてくれたからここから食べるといい」
ラルクが差し出してくれた果物を食べてみる。程よい甘みと酸味があって食後のデザートには合いそうだと思った。
凛が自分だけ食べている事に気がつき、ラルクにも差し出してみた。
「食べる?」
「(鼻血でるー! 可愛いすぎる)い、いただこう」
一瞬の間の後、凛の手の中の果物をそのまま齧る。ラルクの一瞬の間とユベルの一瞬戸惑った表情にあまり良くない事だったと気がつく。
そういえば王族には毒味役が居るんだっけ。それかな。と凛はあたりをつけて次からは気を付けようと思った。
……ラルクの一瞬の間は凛の可愛さ故だったのだが伝わらなかった。
一通り見てもうすぐ夕方になる頃ラルクは尋ねる。
「次は何処へ行く?」
「……特にないので、ラルが行きたい所?」
「(俺を思って言ってくれるなんてホントカワユス〜)じゃ、雑貨を見に行こう!」
市場を通り抜け、暫く歩くと雑貨等が立ち並ぶお店が増えてきた。その中の1件にラルクは入って行く。
中には日曜雑貨から小物まで色々置いてあった。
凛は近くにあった小物を眺めているとラルクが寄ってきた。
「何か欲しいものあった?」
「特にない」
「じゃ、これ今日の思い出にプレゼント! 俺はあまり城下町には来れないからな」
そう言うとラルクは青いリボンと緑の石がついたヘアピンを凛へ差し出した。
「最近髪が伸びてきたからな。本を読む時に前髪をヘアピンで止めればちょうど良い。青いリボンは髪留めとして使って。他の用途でも良いし」
ヘアピンは試しにと凛の前髪をかき分けてつけてくれた。
「……ありがとう」
凛は一言紡ぐのが精一杯だった。何故、悲しくないのに涙が出そうなのか分からなかった。
任務で支給されるものはあったが凛個人の為に物を貰うのはお母さんと過ごした時以来だ。
何故こんなにも温かい気持ちになるのだろう。
……ああ、これが“嬉しい”という事か。
「大事にするね」
少し涙目の上目遣いで微笑だ凛に見つめられ、ラルクは魅入ってしまった。
ーーゴホンゴホン。
近くにいたユベルがわざとらしく咳をして、ラルクを現実に引き戻す。
完全に2人の世界になっていたが、ここはまだ雑貨屋なのだ。
「あ、そろそろ。帰ろうか」
「うん」
ラルクは取り繕ったように声をかけると、凛の手を取り店を出て馬車との合流地点へ向かった。
♢♢♢
外を歩いて暫くすると、進行方向の先で何だか騒いでいる声が聞こえる。
「確認しますので少々お待ちください」
と、護衛騎士の1人が確認しに行き戻ってきた所、冒険者同士の喧嘩がはじまりそうとの事。
「じゃ、回り道をするか」
と、踵を返した所、とうとう喧嘩がはじまってしまったらしい、一気に人が件の冒険者達から離れる。
冒険者のランクにもよるが、普段魔物達を相手にしている冒険者同士の喧嘩が1度始まれば周りへの被害は甚大なのだ。
ラルク1人なら冒険者の喧嘩を止める事も可能だが、今は凛がいる為、安全を取って関わるべきではないと判断する。
「さぁ、俺たちも行こう」
と、ラルクが凛に手を差し伸べた時、“キャー”という悲鳴とともに、1人の冒険者が放った投げナイフのうち、相対していた剣士が弾いたナイフ2本がこちらに向かって来るのが見えた。
ーー間に合わない!!!!
もう一瞬後には凛に当たる距離まで来ていて、結界が間に合わないと分かった瞬間、ラルクは咄嗟に凛の盾になるべく覆い被さるように抱きしめていた。
……。
……?
軌道的に背中に刺さるだろうと覚悟していたのだが、いつまで経っても衝撃が来ない。
何故だ? と思って凛の方を見ようとした時
「王子様が盾になっちゃダメですよ」
と、妖艶とも言うような背筋がゾクっと寒くなる声色で、凛はラルクの耳元で囁いた。
ラルクは混乱する頭で、抱きしめていた凛から少し離れると、自分の背中に刺さるであろうと思っていたナイフを凛が2本とも持っていた事に益々混乱した。
凛は混乱しているラルクを引き剥がし、投げナイフを反対の手に持ち替えると、無造作に2本とも投げる。
1本は投げナイフ使いの肩へ、もう1本は剣士の肩へ刺さった。それもかなりの勢いがあったのか2人とも衝撃でその場を2、3歩後ろに下げさせられていた。
「素人が人混みの中で、ナイフを投げるものじゃないですよ」
静まりかえった道に凛の言葉は響いた。
異様な空気の中、2人が戦闘態勢を解かれた為、お互いの仲間達も好機と見たようで止めに入り、喧嘩もそれで終わったようだ。
「さぁ帰りましょう。ラル」
何処か作り物めいた微笑みを浮かべながら、熟練の暗殺者のような異様な雰囲気を醸し出した凛がラルクに声をかけた。
♢♢♢
「見つけた……第三王子の所有物になってたのか」
黒いローブで全身を覆った人物はそう呟くと路地裏へ消えていった。
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