「何をしている」(3/4)
どんどんと戸が叩かれ、外から子供の声がする。
「イザイアさん!」
「外で待っていろと言ったぞ」
「誰かこっちに来てる!」
外からそんなことを叫ばれて、男は立ち上がる。私はベネティクトが助けに来てくれたのだろうか、と一瞬期待したが、男の仲間なのかもしれないと思いなおす。ベネティクトや彼の研究仲間たちは、いま外で世紀の発見とやらに沸いている。昨日も一日中ひとりでいたが気にした様子はなかったし、少し私の姿が見えなくなったくらいで、気づくとは思えない。
男はすり抜けるように戸を出たので、外の様子はうかがえなかった。
「なんだ?」
「レインを探してる」
かすかに聞こえた声に、私は思わず涙が出そうになる。ベネティクトが探しに来てくれたのだ。ほっと安堵の息を吐いてから、ふと先ほどまで部屋の中に落ちていた斧が消えているのに気付く。男が持って出たのだ、と思うと、さっと血の気が引く気がする。
どんと何かが倒れるような音や、わっと子供が騒ぐような声がして余計に不安になる。表にはベネティクト以外にも誰がいるのか、ざわざわと騒がしくなる。
何が起こっているのだろう。
安堵なのか不安なのか腕の痛みなのか、いろいろな感情がごちゃごちゃと溜まって胃が痛くなる。すると急に戸があいてどきりとする。そこから顔を出したのが、男ではなくベネティクトだったので、私はほっと息をついた。
彼はまじまじとこちらを見下ろした。
「何をしている?」
好きでこんな格好をしているとでも思っているのだろうか。後ろ手に縛られて座り込んだまま、今度はため息をつく。
帽子をかぶって作業服のようなものを着ているベネティクトにはさすがに違和感があった。どんな格好でも似合うと思っていたが、似合わない格好というのも存在するらしい。見目の良さは半減しているが、違和感からむしろ存在感は増している。
彼は床に落ちたナイフを見てから、形の良い眉を寄せる。こちらに歩いてきて、すっと膝をついた。私の背後を見ているようだから、縄を外そうとしたのか、怪我を確認しようとしたのか。
「大丈夫か? 悪趣味だな」
「……悪趣味?」
そう言って首を傾げると、彼は私の目の前にグラスを掲げた。小さなガラスのコップには、たぷんとした赤い液体が入っていて、私は顔を顰める。
わざわざ透明の器にそれを溜めるあたり、たしかに悪趣味だ。
「気をつけた方がいい」
「なに?」
「魔女の血は薬になるとか、魔女の肉を食べると不老不死になるとか、魔女の体を抱けば精力が回復するだとか、いろいろな伝承が伝わっている。どこかのやぶ学者が論文にも載せているくらいだ、信じている人間もいる」
そんなことはもう少し早く言ってもらいたい。
——そうは思ったが、今朝言われていたところで、素直にそれを聞いておとなしくしていたかと言われると自信はない。
彼は何を思ったのか一度外に出て、しばらくしてまた戻ってくる。その手に布のようなものが握られており、それをぎゅっと手首に巻いてくれた。痛みに思わず息を飲むと、なぜかそれを見た彼も嫌そうに顔をしかめる。
私はそんな彼の顔を見上げて、首を傾げた。
「随分と早かったけど……ベネティクトはどうしてここが分かったの?」
「レインの居場所はずっと見張らせていたからな。ちょうど引き上げようと思っていた頃合いでもあった」
そんなことを言われて目を瞬かせる。昨日も一人で色々と探索をしていたのだが、気づかないうちに誰かが後をついてきていたのだろうか。
「だが相手がレインを殺すつもりだったら、到底間に合っていなかったな。見張りの彼はクビにしようか」
淡々とそんなことを言われて、やめてよ、と慌てて口にする。
「その人のおかげで助けに来てくれたのでしょう?」
「おかげといえばおかげだが、私なら怪我をする前に止めてもらいたいと思うがな」
たしかに最初から男が私を殺そうとしていれば、とっくに殺されていただろうから、ベネティクトが私を守ろうと見張りをつけていたのであれば確かに全く役には立っていない。ただ、助けられたのは間違いないし、まあ結果オーライではある。
そう考えていると、ベネティクトも同じことを言った。
「まあ、結果的には悪くないか。貴重な魔女の血液も手に入ったことだし、彼には倍の給金を支払おう」
「は?」
クビにされるのは心苦しいが、報酬を払われると言われては、それはそれで釈然としない。というか、貴重な血液とはどういうことだ。グラスの中をまじまじと見ているベネティクトを、私は嫌な顔で見やる。
「それ、何に使うの?」
「調査研究」
「……なんの?」
「生物学とか医学とか人類学とか、魔女の生態の研究とか使いたいものは色々とある。早く屋敷に戻りたいな」
そんなことを目を輝かせて言われて、私は盛大に顔をしかめた。それはそれで悪趣味だと思うのは私だけだろうか。
とはいえ、彼はやろうと思えばいつでもそれがやれたはずではある。彼に買われて少しした頃、人間との違いが調べたいなどと言われて指に小さい針のようなものを刺されたことはあるのだが、そのときは彼は自分の指にも同じように針を刺して血を数滴、採取していた。
その時はそこまでして実験とやらがしたいのかと呆れたものだが、今考えれば彼が自分に針を刺す必要などなかったのだ。あれは害意はないことを、こちらに示すための彼の配慮だったのだろう。少なくとも、いくら研究につかいたいと思っていたところで、怪我をして欲しいなどとは言われていない。
ベネティクトは立ち上がってこちらを見下ろした。なにを思っているのか、じっと黙ってこちらを眺めている彼に首を傾げる。
「ねえ、これ外してくれないの?」
「その格好も悪くないと思って見惚れていた——外したいのか?」
意味の分からない言葉に嘆息する。鎖に繋ぐという謎の癖が存在する男には、こんな拘束のされ方も謎のツボにはまるのだろうか。それこそ悪趣味すぎる。
「わたしをここに置いて帰るつもりじゃなければ、外さないって選択肢はないと思うのだけど」
「置いて帰るつもりはないが、外さないという選択肢は存在する。柱を切れば良いだけだからな」
たしかに柱さえ切れば動けるだろうが、全く意味はない。とりあえず縄を切ってここを出てから縛りなおせば良いだけではないだろうか、と。そんなことを思ったが、言ってしまえば本当にやられかねない。
——だが、言わなければ本当に柱を切りかねない。かつて檻のまま運ばれた記憶もあるのだ。私は少し考えてから、彼を見上げる。
「怪我が痛いから外してくれない?」
そう言うと、彼はすこしだけ眉を上げてから、何も言わずに縄をほどいてくれた。なんだかんだと変態ではあるが、少なくとも彼は他人の痛みはわかる。




