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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
8/88

シンボリズム(2/2)


 要するに、偽装結婚である。

 応接室で向き合って座っている男達の強張った表情を眺めながら、私は白けた気分で考える。男達はいかにも屋敷の外からやってきた人物達らしく、きっちりとした格好をしていた。三名とも、見るからに高そうな、それでいて下品には見えない黒いジャケットで正装している。それに対して、ベネディクトはというと、光沢のある生地で作られた真っ黒な燕尾服に、白い蝶ネクタイ。ついでに銀のストライプの入った黒いシルクハットまで頭に乗せている。夜会かここは。

 彼らの長ったらしい挨拶が終わった後、ベネディクトは彼らの挨拶の十分の一ほどの短文で、足を運んでもらった感謝を述べた。短文とは言え、彼にしては頑張ったほうである。彼は一刻も早く本題に入りたかったようで、相手の反応を待つ前に、隣に座っていた私に視線を向けた。

 

「私の妻だ」

 

 唐突な台詞に、男達は固まった。当然だろうと思う。いきなり何を、と言う事もあるだろうし、ベネディクトの人柄を知っていれば驚きはひとしおだろう。それに、何より。

 

「あの、しかしこちらの方は……」

 

 魔女だろう。

 声には出さなかったが、胸中でそう言ったのが聞こえてくる。彼らが実際に魔女を見たことがあるのかは知らないが、黒目黒髪は魔女の代表的な特徴である。一般的な教養がある人間ならば、一目で私が人間ではないと気づくはずだ。——同時に、一般的な教養がある人間ならば、決して魔女と結婚しようなどとは考えないはずだ。魔女と人間との間に身分の差など無いが、それは人間が魔女というものの存在を公に認めていないからに他ならない。だいたい、魔女と結婚して子をなしたとしても、魔女しか生まれないのだ。いくら待っても跡取りにする息子は誕生しない。

 ベネディクトは、男の言葉を受けても全く動じなかった。

 

「私の妻だ。魔女だろうが牛だろうが、貴殿らに何の関係がある?」

 

 確かに彼らには関係が無いかもしれない。

 が、牛はもっと関係無いのではないだろうか。誇り高き魔女を、よりにもよって牛と一緒にしないでもらいたい。

 

「あの、しかし、結婚されたという届けは、まだ提出なさっていませんよね?」

「届出に何の意味がある」

「しかし……届出が無いと婚姻の事実は認められません。まだ、そちらの魔……女性をべラスコ卿の奥方として認識するわけには」

 

 しどろもどろになりながら男は答えた。まだ、衝撃から立ち直っていないのだろう。それに対し、ベネディクトは、理解出来ないとでも言わんばかりの表情をした。ついでに、大きなソファに一緒に座っている私の肩に馴れ馴れしく手を回す。——ちょっと、そんなのは聞いてない。

 

「自分の婚姻を他人に認めてもらう意味がどこにある? ただ、私は貴殿らの行為が無駄であると知ってもらいたいだけだ。幾ら妻候補を斡旋してもらった所で、私は彼女以外を妻とする気は無い」

 

 つまり、そう言うことなのだ。

 元より莫大な遺産を持った彼のところには結婚の申し込みが耐えなかったらしいが、最近ではそれが激しくなり、今や貴族だけでなく国の役人までもが結婚話を持ってくるようになったらしい。何故、一市民であるはずのベネディクトの結婚に国が関与するのかと思うが、そこはやっぱり金である。ベネディクトは一個人で、国家としても無視できないほどの財力を持っている。恒常的な財政難に苦しんでいる国家としては、何とか彼を取り込めないかと画策しているのだろうし、有力な貴族や豪商が彼と婚姻関係を結ぶことでさらに力を増すのも避けたいのだろう。

 なにせ、ベネディクトには家族も親族もいないらしい。 彼が死ねば、彼の財産は全て未来の妻か、未来の子どものものになる。

 

 そういった経緯もあるため、男達も引き下がれないのだろう。ベネディクトの言葉に、控えめに反論をしようとした——が、それをベネディクトの非情な言葉が遮る。

 

「分かった。そんなに届出とやらが大事ならば、今すぐにでも出そう。書類を用意してくれ」

「は?」

 

 冗談じゃない。

 そんなことをしては、本気で私とベネディクトの結婚が決まってしまうではないか。そんな驚きを込めて声を出してしまったのは、私だけではなかった。男達にとっても、そんなことをされては、本気で私とベネディクトの結婚を認めなければならなくなるのだ。ずっと狙っていた高価な魚が、よりにもよって魔女なんかに釣られてしまうことになる。

 彼らは盛大に首を横に振った。

 

「いえ、結構です。もう十分お時間を取らせてしまいましたし、今日のところは失礼させていただきます。お話はまた次の機会に」


 とりあえず、今日のところは話を避けることが賢明だと考えたらしい。彼らは、そそくさと退出の準備を始めた。そんな彼らを見ながら、ベネディクトは冷たく言い放つ。


「次の機会などあるとも思えないがな」

 

 そんなベネディクトの台詞を器用に聞き流すと、彼らは逃げるように帰って行った。二人きりになった部屋で、私はようやく肩に乗っていた彼の腕の存在を思い出す。

 

「……いつまでそうしてる気?」

「あぁ、忘れていた」

 

 どこまで本気の台詞だろう。彼は、やはりあっさり体を離した。

 

「これで、少しは来訪者が減れば良いんだが。いちいち断る理由を考えるのも煩わしい」

「増えるんじゃないかと思うけど」

「その場合は、面倒だが書類にサインをして、婚姻の儀とやらに同席してもらおう」

 

 その軽い台詞は、普通ならばプロポーズではないのだろうか。

 私はひそかにため息をついた。彼にとって、結婚とはただそれだけの意味しか持たないらしい。


 だが私は、その言葉に頷いて結婚してしまえるほど、自分の人生を諦めてはいない。

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