「何をしている」(1/4)
また熱を出さなければ良いのだが。
小さく見えるベネディクトを遠くから見下ろして、私はため息をついた。屋敷にいた頃は外に出ないどころか窓の側にも近寄らなかった彼だが、興味があるものがあれば何日でも外にいられるらしい。別に外にいてももっぱら動いているのは手や足ではなく口で、さほど体に負担になっているようには見えないのだが、やはり体は弱いのだろう。何日間か外に出て活動をすると、大抵は倒れるように馬車か屋敷に戻る。
今回は割ともっている方で、ここにいるのは三日目である。そろそろ戻るように声をかけた方が良いかもしれない——そんなことを考えていると、なんとなく気分は恋人というより、もはや母親である。
強い日差しが降り注ぎ、照り返しも強い岩肌のむき出しの土地。にもかかわらず、はじめベネディクトは帽子もかぶっていなければ、どこの舞踏会に行くのだという服や靴を履いて歩いていたのだ。慌てて帽子や通気性の良い服を用意してもらって着てもらい、放っておくと水分や食事の摂取も忘れるようなので、定期的に届けている。
鉱石の採掘か化石の発掘かは忘れてしまったが、なんにせよ大人数で土を掘ったり石を砕いたりしているので、砂埃や土煙もすごい。あまり近寄りたくもない作業環境なのだが、ベネディクトはなんの苦もないかのように側で見入っているし、研究者や作業者たちもみな目を輝かせていて何だか楽しそうではある。
これは世紀の発見だ、などと騒いではいるのだが、私としてはそこから宝石がざくざく出ようが恐竜の化石が出ようがミイラや人骨が発掘されようが、さほど興味はなかった。それより雨でも降って早く砂埃がなんとかならないだろか、などと考えながらぼんやりとベネディクトの姿を見やる。
涼しい木陰を求めて移動してきた私は、採掘場を見下ろせる少し離れた丘にいた。ベネティクトの姿も遠くて顔や表情などは判別つかないのだが、それでも抜群のスタイルと、彼の持つ謎の圧倒的な存在感で、どこにいても一目で彼だと分かる。
「——ねえ、お姉さんは魔女なの?」
いきなり背後から声をかけられて、びくりと体が震えた。
慌てて振り返ると、そこには男の子が二人、並んでこちらに歩いてきていた。
双子だろうか。良く似た背格好で、同じような顔をしてこちらを見ている。その顔に緊張や期待のようなものが見えるのは、魔女を見るのが初めてだからだろうか。
ベネディクトに買われるまでは、黒目は隠しようがないものの、帽子などでせめて黒髪は隠して生活していた。だが、最近は今日のように長い黒髪を下ろしていることも多い。ベネティクトと一緒にいればどうせ目立つし気にもならないのだが、たまにぎょっとした顔を向けられることもあるから、やはり初めて見る魔女に違和感はあるのだろう。
「そう思う?」
そう言って私が首をかしげると、二人は同じように神妙な顔をして、同じタイミングで頷いた。そういえば私は双子を見るのが初めてである。まるで鏡で映したかのようにシンクロした二人が目の前で動いていることに、なにやら自分とは違う不思議な生き物を見ているような感覚を覚えてしまい、なるほど人間にとって魔女はこんな風に見ているのかもしれない、と苦笑した。
「ねえ、魔女さん。僕たちと一緒に遊ばない?」
男の子の一人が急にそんなことを言ったので、目を瞬かせる。
彼らは何歳くらいなのだろう。ずっと大伯母さまと二人きりで暮らしていたし、村にもあまり子供がいなかったから、子供と接した経験があまりない。六歳と言われても九歳と言われても頷くし、その歳の頃の男の子が、初めて見た魔女と遊ぼうと言い出すのが普通なのかどうかも、良くわからない。
「家はこの近くなの?」
「うん」
「なにして遊ぶの?」
「あっちにね、僕たちの秘密基地があるんだ。格好いいんだよ、見たい?」
そんなことを言って小さな手のひらを二人して差し出され、私は少しだけ迷う。
ベネディクトはあまり離れるなよ、などと言っていたため、初日はおとなしく彼のそばにいたのだが、昨日は土煙と暇さに耐えきれずに一日中、周囲を探索して周っていた。近くに村のようなところを見つけたのだが、そこの住民の視線があまり好意的なものに見えず、慌てて戻ってきたのだ。魔女は土地によっては忌み嫌われる存在だ。彼らがその村の住民なら、子供たちは良くとも彼らの親や家族は魔女と交流があるのを嫌がるかもしれない。
「ごめんね、もう帰らないといけなくて」
そう言って立ち上がる。
口実ではあるが、全くの嘘というわけでもない。そろそろベネティクトたちに水を持っていってもいい時間である。だが、またねと振ろうとした手を、両側から男の子たちに掴まれる。
「お願い、すぐそこだから」
「お願い、見るだけでいいから」
二人の幼い可愛らしい声が重なって、思わず笑みが出る。弟がいたらこんな感じなのだろうかなどと考えながら、彼らの指さした方向を見る。
「すぐそこって?」
「ほら、あっちの森のところ。大きな木が見えるでしょう?」
そう言われたが、そもそも森には木しかないしどれもそれなりに大きい。どれがその木だと首を捻っていると、まだ何も返事もしていないのに、彼らは私の手を引いて歩き出した。
「もう、戻らないと」
そう言ってはみたが、二人に同時に悲しげな顔を向けられて少し心が痛む。二人はまだ私の手を握ったままで、無理矢理にでも振り解けない訳ではなかったが、それをするのも可哀想だろうと思った。周囲に人気のないことを確認してから、頷いた。
「じゃあ、ちょっとだけ。あなたたちの秘密基地を見せてくれる?」
そう言うと、とたんに目を輝かせた。きらきらした目で見つめられて、私は唇に指を当てる。
「でも魔女と遊んだことはみんなに内緒ね? 内緒にできる?」
「もちろん!」
「もちろん!」
飛び上がりそうなほどによろ込んだ子供たちは、私の手を引きながら足取り軽く森の中に入っていく。白けた大地は暑く乾いていたが、森の中はひんやり涼しく少し湿った気配も心地よい。
しばらく歩いていたが、予想外に歩かされて首を傾げる。
「秘密基地はどのあたりなの?」
もうちょっと、と言われるが、あまり何も考えずについてきていたので、そろそろ帰り道すら怪しい。背後を振り向くが、鬱蒼と木々が茂っていてもといた場所は見えなかった。真昼だというのに薄暗く、先ほどまで聞こえていた採掘場の石を割る音なども何も聞こえない。
なんだか嫌な予感がして、一度、足を止めた。
「……ねえ、本当に戻らないと行けないんだけど」
「もうちょっと、ほら、もう見えるよ!」
そんなことを言った男の子二人が指さす方向を見ると、木の隙間からたしかに何かが見える。少しだけ足を進めると、それは小屋のようなものに見えた。古くていまにも朽ち果てて落ちそうな小屋。だがその前に人が立っているのが見えて、思わず私は立ち止まる。
「イザイアさん、魔女を連れてきたよ!」
そんなことを叫ばれて、ぞっとした。
しかも男が斧のようなものを持っているのが見えて、心臓が凍りつく。男が大股で近づいて来たので、咄嗟に逃げようとしたのだが、男の子二人が両側から抱きつくように制止してくる。驚いて振り払おうとすると、足場が悪く、木の根が何かに躓いて三人で盛大に転んでしまった。
足の痛みを覚えると同時に、男の子の一人が自分の下にいるのに気づく。慌てて彼の上からどいて思わず大丈夫かと問いかけようとした時に、真横で足音が聞こえる。
男の足と大きな斧の先が見えて、私は息を止めた。




