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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
後日談(ジャーナリズム)
78/88

「なにか問題が?」(1/1)


 どこまでも落ちていきそうな青空に、絵筆で描いたような白い雲。きらきらとした日光は木々の緑をより緑に見せ、あちらこちらに咲く花の赤や黄色や白の色をさらに際立たせていた。暑くも寒くもないちょうど良い気候は、今の季節の特権だろう。澄んだ風が花の香を運ぶ。


 手入れがされているであろう芝生の上に大きな絨毯のようなものを敷いて、私とベネディクトはその上で食事をとっていた。昨晩から別荘のようなところを借りており、ここは建物の目の前にある大きな庭園だった。天気が良いから外で食べる、と言ったベネティクトの気まぐれに合わせて、別荘の料理人が絨毯の上に入りきれないほどの料理を並べてくれていた。


「たまには外で食べるのもいい」


 声がして顔を上げると、少しだけ目を細めて空を見上げる、涼しげなベネディクトの顔があった。


 日に当たると溶けるだの老けるだの病気になるだのと言って、屋敷にいるときにはほとんど外に出なかった男の台詞とも思えない。私はもともと外に出るのは好きだったから、こうして外でピクニックのようなことをするのは純粋に楽しいのだが。


 普通であれば。


「それはそうと、これはいつ外すつもりなの」


 私は手首を持ち上げるようにしていった。繋がれた銀色の鎖が引かれ、その先に繋がったベネディクトの腕も少しだけ持ち上がる。鎖をつけられることに関しては今さら何を言う気もないが——それはそれでどうかと自分でも思うが——短い鎖で彼と繋がれているのは不便でしかない。


 どうやら眠っているうちに繋がれたようで、朝起きた時からこの状態である。


「なにか問題が?」

「問題しかないと思うのだけど」


 長さがないので真横に座るしかないし、食べ物も食べづらい。移動する時も必ず一緒に行動せねばならないし、先ほどお手洗いに行ったときには壊れる勢いで無理やり扉は閉めたが、死ぬほど恥ずかしかったのだ。


「私に問題は思いつかないが、何にせよ外すのは無理だ。鍵は屋敷に向かっているからな」

「どういう状況よ」

「鍵を持った使用人は先ほど屋敷に帰った。開けたいなら我々も帰るしかないな」

「……今から屋敷に戻ったらいつ着くの?」

「明日の昼かな」


 しれっとした顔でそんなことを言われ、思わず立ち上がろうとすると鎖が絡んで腕が痛んだ。ベネディクトが冷静にその鎖をひいたので、私はしぶしぶ座りなおす。


「馬鹿じゃないの?」

「なにが問題だ? トイレには行けただろう。ドアは毎回壊れるかもしれないが」


 何が問題だ、などという男と繋がれているのが問題なのだ。


「これを食べたらすぐ鍵を追って屋敷に戻るつもりなのでしょうね?」

「別荘には温泉を引いているらしいから、入ろうかと思っているのだが」

「……嫌に決まってるでしょう」


 こんなもので繋がれてなければ一人で温泉にというのはとっても魅力的ではあるのだが、今この状況では一緒に入る以外の選択肢は存在しない。


「なにか問題が?」


 同じ台詞が繰り返されて頭がいたくなってくる。


 私はこれ見よがしの大きなため息をついてから、食事に戻った。鍵が開けられないのであればこれ以上騒いでも無駄だし、準備された食事が美味しいのも外の空気が美味しいのも景色が綺麗なのも間違いない。


「美味しい」


 そう口に出すと、それなりに楽しい気分にもなってくる。少し遠くにあったサラダを取ろうとして身を乗り出した時、手首の鎖が料理とワインのボトルにあたって派手にこぼれた。


 咄嗟におさえるが、太ももにかかったスープが熱いしワインが冷たい。慌てていたので袖口も汚れてしまっていた。高そうな絨毯にも大きな染みができている。


「……」


 無言でベネティクトの方を見ると、彼の足元や手元も濡れてしまっていた。ワインのついた手のひらを見つめながら、彼は首を傾げる。


「ソフィアも温泉に入りたくなったか?」

「……この鎖を外してくれるならね」

「服を着替えることはあまり考えていなかったな。シャツを脱ぐのはなかなか大変そうだ」


 彼はそう言うと立ち上がる。手元を引かれて私も立ちながら、眉根を寄せる。たしかにこれではどうあっても着替えることはできない。片腕の袖は抜けても、ベネティクトの手と繋がっている方の腕は抜けないはずだ。


 だが手首についた鎖など全く気にもならない様子で歩き出すベネティクトは、軽い口調でいってくる。


「まあ、切ってしまえば良いか。どうせだいぶ汚れてしまった」

「ちょっと待って、本当に今から温泉に入るつもりなの?」

「なにか問題が?」

「……私は入らないわよ?」


 そう言うと、ベネティクトは足を止めて私を見下ろしてきた。何を言うつもりかと身構える私に対して、彼はしばらく考えるような顔をする。やがて、真剣な顔をして言ったのは、想定外のことだった。


「そういえば、服は切れば脱げるが、今度はどうあっても着れなくなるな。私は別に上半身は裸でも構いやしないが、それはそれで問題かな?」

「……ねえ、なんでそんな大事なことに気づかずに鍵を先に帰しちゃうの?」


 彼が日頃から飽きずに詰め込んでいる無駄な知識や学問は、こういうときにこそ使うものではないだろうか。少し考えるようにしている彼を見上げていたが、やがて彼はまた歩き出す。


「まあいい。着る方はあとから考えるか」


 かけらも良くない。建物に入ろうとする男の鎖を引っ張り、首を思いきり横に振る私に、呆れたような顔を見せた。


「このままの格好でいる気か?」

「汚れてても裸でいるよりは何倍もマシと思うけど」

「私は裸の方がいいな」


 そう言うと、建物の中にいた使用人に声をかける。


「悪いが、鍵を呼び戻してくれないか?」


 唐突にそんなことを言われた男は「は?」と言って固まった。急に鍵と言われて何も想像できまい。ベネティクトは詳細に彼に指示を与えると、油断していた私の手を取り建物の中に入れた。


「これで夜か明日の朝には鍵も戻ってくるだろう」

「……それまで裸でいる気なの?」

「風呂に服で入る方がおかしいと思うがな。裸で馬車に乗って屋敷に帰るのは確かに違和感はあるが、裸で二人で寝室にこもるのは別におかしなこととは思えない」


 そんな台詞を堂々と吐いた彼をじろりと見上げると、彼は可笑しそうに笑った。


「——なにか問題が?」


次回更新はしばしお待ちを……。

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