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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
後日談(ジャーナリズム)
77/88

「しまった」(6/6)

 

「なぜ寝る?」


 目の前にドアップのベネティクトの顔があり、思わず心臓が口から飛び出しそうになった。寝ていたつもりはなかったのだが、一瞬だけ、意識が遠くなったのは確かだ。自分の部屋にベネティクトの肖像画がたくさん飾られていた気がするのだが、悪い夢だったのか。


「ユハニ王子の部屋にあなたの肖像画が飾られているらしいわよ」


 寝起きについついそんなことを呟くと、ベネティクトは理解ができないような顔をした。いつもはなぜ理解してくれないのかと理解に苦しむところだが、今回ばかりは彼の反応が正しいだろう。


「なんのために?」

「王女様の愛が、彼女の部屋に収まりきれなかったのではない?」

「彼女の部屋は五つある」


 さすがに詳しい。


 五つ全ての部屋にベネティクトを飾ってなお余りあるのであれば、ベネティクトを描くためだけに存在する画家でも抱えているのかも知れない。そんなことを考えながらもあくびをかみ殺していると、彼は首を傾げた。


「殿下相手には、眠くなるような話題を敢えて選んだつもりだったのだが」


 そう言われて、私は目を瞬かせる。


「私にしていた話は、眠くならないつもりの話題だったの?」

「——つもりだったが、話題如何ではなく聞く側の問題のようだな」

「話し手の問題でなく?」

「天文学の発展の歴史を語るのに、起承転結やオチがさほど重要だとは思えないが」


 彼はそう言ってから、望遠鏡を覗き込んだ。


 望遠鏡で対象の星を探すのは思ったよりも難儀らしく、先程からずっと細かい計算をしながら微調整するのを繰り返している。その間に彼は発展の歴史とやらを語っていたのだが、聞いているうちに子守唄に変わり、壁際に座り込んで眠ってしまっていた。


「見てみるといい」


 手招きされて、望遠鏡を覗いた。


 そこには淡く水色に光る星があった。宝石のように綺麗ではあるが、先ほど見せてくれた月のクレーターだとか、土星の輪などと比べて特に目を引くものではない。私は首を傾げる。


「なんていう星?」

「名前はまだない。ソフィアにやるから決めていい」

「は?」


 意味のわからない言葉に声を出すと、思わずすぐそばにあった望遠鏡に頭が触れてしまった。覗いていた筒から星が見えなくなって、慌ててそれを探そうとすると、ひとつため息をついたベネティクトに制止された。


「方角の調整はそれなりに大変なんだ」


 そう言ってまたネジのようなものを回したり角度を変えたりと微調整に戻る。私はヒールを脱いでベネティクトの横に並ぶと、作業を見守った。慣れない高さのヒールにずっと足が痛かったので、靴を脱ぐとすっきりとする。


「星をくれるって?」

「私が見つけた新しい小惑星だからな。名前はソフィアが自由につけていい」

「星に名前なんてつけてどうするの?」


 そんなことを呟くと、ベネティクトは望遠鏡を覗いていた顔を外してから、奇妙な顔をした。


「別にどうもしない。学術論文や星の辞典に追加されて、それだけだな。今後は皆がその名前でその星を呼ぶようになるというだけだ」


 それは結構おおごとなのではないだろうか。


 私は目を瞬かせて窓の外を見る。暗くした部屋の窓枠に切り取られた夜空は、こぼれるような星々の光が瞬いている。それの一つを私にくれると言われたところで、いまいちピンときはしないのだが。


「ベネティクトって名付けたら、ベネティクトって言う名前の星になるの?」

「自分の名前や、恋人や子供の名前をつける学者も多いな」


 なるほど、はるか彼方で永久に輝く星に恋人の名前をつけるというのは、なかなかにロマンティックなのかもしれない。どれか分からなくとも見上げればそこに光があるし、常に自分のことを優しく見守っていてくれる。


 そう考えると、一つだけ、思いついた名前があったのだが、私は首を傾げた。


「せっかくベネティクトが見つけたのに、自分で付けなくてもいいの?」


 彼が自分の名前を星につけようとするとは思えないが、だからといって世紀の発見——かどうかも知らないが——に私が名前をつけて良いものだろうか。


「見つけたのはこれで三度目だ」


 さらりと言われた言葉に、瞬きをする。


「ちなみに、一度目はなんて名前の星にしたの?」

「カピバラ」

「……なにそれ?」

「齧歯類の巨大なネズミだ」

「二度目は?」

「分銅」


 ふんどうとは何だ。眉根を寄せながら彼を見下ろす。


「なんでその名前にしたの?」

「ちょうど目の前にあったからな」


 なるほど——かどうか分からないが、なんにせよ彼にはその星や名前に対する思い入れなどないと言うことはわかった。


「それなら、私が名前をつけてもいい?」

「ああ。今回も目の前のソフィアの名前をつけても良かったが、ソフィアがつけたい名前があるならそれでいい」


 私もネズミやふんどうとやらと同じ扱いか。


 そんなことを考えているとベネディクトは立ち上がり、天体望遠鏡から離れた。示されたので中を覗くと、先ほどの星がガラス越しに揺らいでいる。淡くて青いその色は、とても静かな光だ。


「なんという名にする?」

「アルマ」

「それは?」

「亡くなった大伯母さまの名前。小さい頃からずっと育ててもらったの」


 母は年に一度ほどしか姿を見せなかったから、彼女は私のほぼ唯一の家族だった。優しくていつも微笑んでいた大伯母が死んで、一人になった時の押し潰されるような孤独と不安は、今でも昨日のことのように思い出せる。ほとんどやけくそで村を飛び出したところを人間に捕らえられ、ベネディクトに買われたのだ。彼と一緒にいると寂しいとか悲しいとかいう感情が引っ込む反面、ふと、その時の気持ちを思い出して、途方にくれることがある。


 ——ベネディクトもいつかいなくなってしまうのだろうか。


 彼がどんなに長生きしたとしても、魔女である私はそれ以上の時間を一人で生きていかねばならないのだ。


「分銅よりは呼びやすくて良い名前だな」

「……ふんどうが何かもわからないけど、それと比べないでくれる?」


 楽しそうに笑う彼を見上げながら、もしかしたら今日は、私にこの星をプレゼントしてくれるために天文台に来たのだろうか、と思う。


 彼はいつも私の部屋に色々なものを置いていくのだ。からくりを解かないと開かない箱だとか、純度の高い水晶だとか、葉っぱの化石だとか、鮫の歯だとか、機械式の時計だとか、私からするとよく分からないものばかりでいつも反応に困っている。のだが、もしかしたら彼は私が喜ぶと思って置いていっているのだろうか。


「ありがとう」

「何がだ?」

「星」

「ああ」


 素っ気なくただ頷いただけの彼を見上げる。


「ベネディクトは何か欲しいものはないの?」

「ほしいもの?」


 彼はそう言って首をかしげた。服や宝石やよく分からない化石などもいつも与えてもらっているが、私から彼に何かをプレゼントしたことはない。


「いま欲しいのはラフレシアかな。庭に植えようと思っているのだが、なかなか手に入らない」

「らふれしあってなに?」

「直径が1メートルを超える花で、強烈な匂いを発する寄生植物だ」


 どんなものか全く想像ができない。


 というか、ベネディクトが入手できないものを私が手に入れられるはずもないし、そもそも私は買い物をする手段もお金も何も持ち合わせてはいない。何かがほしいと言われたところで、彼にあげられるものなど何もないのだ。少しだけそれに落ち込んでいると、どうした、と声をかけられる。


「星のお礼に私に何かできることはない?」

「ソフィアにできることとは?」


 そんな風に首をかしげられて、さらに落ち込んだ。それが分からないから聞いているのだと言いたいところだが、私にできることなど無いとでも言いたいのだろうか。そういえば先日も実験を手伝わせてもらって、危うく部屋を燃やすところだった。


 そもそも彼にはお礼とかギブアンドテイクとかいう概念はないのかもしれない。自分は自分で好きに動いているのだろうし、相手に何かを期待しているとは思えない。


 そう思っていたのだが、予想外に彼は要求を口にした。


「——それならばキスを」

「は?」


 冗談かと思ってぽかんと彼を見たのだが、そこには意外に真面目な顔のベネディクトがいる。


「……それなら、さっき人前で散々してなかった?」

「したが、ソフィアからされたことはないな」


 急にそんなことを言われて赤面する。


 たしかに、いつも彼がキスをしてきて私はそれを受けていた。それだって未だに心臓が痛いくらいにドキドキするのに、自分から彼に口付けるなどハードルが高すぎる。


「……他のお礼はどう?」

「ヌードデッサンをしたいんだが」


 さらりと、とんでもない単語が出た。


 本気のセリフなのか、そうでないのかが判断できないところが彼の恐ろしいところだ。彼の画力では裸なのかどうかというか、生物なのかすら不明の物体が出来上がるだろうから証拠は残らないだろうが——いやいや、そういう問題ではない。


 そんなことを言われるとキスくらいなら、という気にもなるので恐ろしい。


 もしかしたら確信犯なのではないだろうか、とも思いつつ、覚悟を決める。立ち上がって彼のところまで歩いてから、思いついて脱いでいたハイヒールを履きに戻る。靴を履くと、いつもは遠い彼の顔が近くなった。長いまつ毛とか綺麗な弧を描く眉とか、憂いを帯びたような青い瞳とか、薄く色づいた唇とか。改めて見ても、見れば見るほど麗しい顔がそこにある。


「……キスが本当にお礼になるの?」

「ああ」


 ぎこちなく彼の首に手を回すと、ベネディクトは少しだけ顎を引いた。たしかにこの靴はキスをするには楽でいい。私は敢えてそんなどうでも良いことを考えながら。


 震える唇を彼のそれに重ねた。


何か思いつけば番外編でも足そうかと言って、一年ほど連載中のまま放置しておりました……何かすみません。お付き合いくださった方、ありがとうございます! 思いつけばーなんて言ってたらまた放置になりそうなので、あと何話かあげたらまた完結に戻そうと思います。

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