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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
後日談(ジャーナリズム)
74/88

「しまった」(3/6)

 

 彼女が私を見てどんな反応をするかとびくびくしていたのだが、予想に反して王女はにっこりと余裕の笑みを見せた。


「まあ。あなたが、アルフレド様の魔女さんね」


 こちらに歩いてこられたので、ピンと背筋を伸ばす。だがそうすると、ヒールを履いていることもありもともと小さい彼女をさらに見下ろす格好になった。それはそれでどうすれば良いのだろう。膝をつけば良いのか頭を下げれば良いのか、教養など持ち合わせていない私には正解がわからない。


「ありがとう」


 急に両手をとられてそんなことを言われ、は?、と思わず口が開いた。小さな手はひんやりと冷たく、なんとなく自分の手のひらはじっとりと汗をかいている気がして、胃が痛くなる。


「わたくしとアルフレド様のために協力いただき、感謝します」

「協力?」

「あと四年、わたくしのアルフレド様に虫がつかないようによろしくお願いしますね」


 四年、という数字に頭の中で疑問符を浮かべる。


 にっこりとした笑顔は花が咲いたようだったが、宝石のような翠の瞳はなんだか笑っていないようにも見えてとても怖い。彼女はくるりと背を向けた。それから馬車の近くで控えていた王子様のような男性に声をかける。


「ユハニ様、魔女さんのエスコートをお願いしますね」

「喜んで」


 きっと本来であれば、王子は王女様のエスコート役なのではないかと思うのだが、彼はなんら屈託のない表情で言葉どおり快諾した。


 ファンディーヌ殿下は改めてベネティクトのところに歩を進めると、彼の腕をとった。王女に触れると死刑だなんだと言っていた気はするが、触れられるのはセーフなのだろうか。


「ソフィアさんは丁重にユハニ様が天文台までお送りくださるそうです。アルフレド様、わたくしはあなたの馬車に乗せてくださいます?」


 ベネティクトはそれには応えずに、じっと私を見ていた。何かを訴えている顔ではあるのだが、そもそも彼の思考は予測できないし、魔女とはいえ読心術など使えるはずもない。


 その間にユハニと呼ばれた男性が歩み寄ってきて、優雅な礼をされる。手を差し伸べられて、私はどうすればよいのかと固まった。


「ソフィアさま、こちらへどうぞ」


 固まっている私にユハニは笑った。それはこちらを下に見たり魔女に偏見を持っているようにも見えず、意外にも好感の持てる笑顔だった。それに少しは安心したものの、だからと言って手は出ない。彼はそんな私の手を恭しく持ち上げて、彼らが乗ってきた馬車へとエスコートしてくれる。


「——くれぐれも丁重に」


 そばを通るときに、ベネティクトが男に対してそう口にしたのでどきりとする。だが返事をしたのはユハニではなく、王女の方だった。


「もちろん。さあ、わたくしたちも参りましょう?」


 王女がベネティクトを引っ張って行ったのは、彼女らが乗ってきた馬車の裏だった。そこにはベネティクトの馬車が停めてあり、二台で完全に道を塞いでしまっている。激しく邪魔なのだが、通行人たちも競うように大きく豪華な二台の馬車をぽかんと見ているだけで、文句を言えるものなど存在しないようだ。


 私はユハニ様とやらに案内されるがままに、王女様の馬車に乗る。


「とても綺麗な瞳ですね」


 きらきらとした青い瞳に覗き込まれ、私は少しだけ体を引いた。黒髪に黒目というのは魔女にしか存在せず、違和感や嫌悪を覚える人間もいる。だが、彼の言葉は皮肉や世辞には聞こえなかった。魔女の外見に魅了される人間も一定の割合ではいるらしいから、彼もその物好きの一人なのかもしれない。——ベネティクトはきっと私の目の色が何色だろうが、気にもしていないのだろうが。


 というか、近い。


 見渡せるほどに広い馬車の幌の中で、ふかふかのソファも何人がけか分からないほど幅広い。にも関わらず、端に腰掛けた私のすぐ隣に、彼は座っていた。真横から顔を覗いていた彼から視線を外すタイミングをうかがっていると、指先に何かが触れて驚く。


 視線を落とすと、彼の手が私の爪に触れている。ベネティクトが暇つぶしに磨いた私の爪は、自分のものとは思えないほどに綺麗だった。


「あの……?」

「ユハニ・スティーグ・ルトストレームです。一応、私の父は他国で国王をやっているのですけれど」


 そんなことを言われて、はあ、と言う。


 王子様然とした彼は本物の王子さまらしい。本当であれば驚くべきところなのだろうが、なんだか先ほどまでの王女さまの印象が強すぎて感情がさほど動かなかった。そんな私を見て、王子さまは軽く笑った。


「ファンディーヌ殿下がその気になれば踏み潰せるくらいの小国ですけれどね。あなたも僕では物足りませんか?」

「はい?」

「ファンディーヌ殿下もあなたも、僕のことなど全く視界に入っていないようですからね。これでもそれなりに女性に気に入られる自信はあったから、少し傷つくな」


 そんな言葉に何を言えと言うのだろう。


 たしかに彼も王女様に負けず劣らず、美しい王子様だった。ベネディクトに比べると年と身長は足らないが、彼が全く持ち合わせないきらきらとした瞳や笑顔がとても魅力的ではある。白馬に乗って颯爽と現れ、悪漢からでも救い出してもらえれば、ほぼ全員の女性が運命を信じるはずだ。


 普通であれば、私も一目で恋に落ちているかもしれない。


 ——とは思うが、いかんせんベネディクトの理解のできない行動に日々振り回され、普通からは遠ざかっていく一方である。毛先の一本まで計算され尽くしたように整えられた彼の髪形に、身支度にどれくらいの時間がかかったのだろう、などと要らぬことを考えてしまう。


 王女はともかく、初対面の魔女に気に入られてどうすると言いたいのだが、王族侮辱罪は他国の王族に対しても有効なのだろうか。


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