「それで?」(2/2)
さすがに風呂に入るだけで帰るわけにも行くまい。
そのくらいの分別はあるらしく、ベネディクトはパーティに出ることをしぶしぶ了承した。彼はついでに私もパーティに出席させると言ったため、私も浴室を借りた後は女性たちに囲まれ、それなりの格好をさせられるはめになった。貴族の開くパーティがどれくらい豪華絢爛なものかは知らないが、さすがにいつも着ているような服では――ベネディクトが選んだだけあって、どれも庶民には手の届かないような値段の服ばかりではあるが――浮いてしまうらしい。
最新の流行だといわれた化粧をして、黒髪をゆるく巻かれる。そして、レースがふんだんにあしらわれたスカートをはいた私は、自分で言うのもなんだがどこかのお嬢様みたいだった。化粧のお陰でいつもよりもぱっちりとした瞳と、薄く紅を塗られた唇。銀鏡の前でくるりと回ると、白いレースの裾がふわりと舞う。
これで、ベネディクトに少しはつりあう女性になっただろうか。でたらめに外見が良くて華もあるベネディクトは、パーティなどでは抜群の存在感を放つだろう。そんな彼に並べる女性などそうはいないと思うが、せめて近くにいても奇妙ではないくらいに着飾れただろうか。
そんなことを考えていたからだろう。背後からかけられた声に、自分にもびっくりするほどに反応してしまった。
「用意は出来たのか? ソフィア」
聞きなれた、ベネディクトの声。明らかに普段の自分とは違う自分を彼に見られるのは、何だかとても恥ずかしい。内心のどきどきを隠して、出来るだけ平然な顔をして振り返った。私の姿を見て彼がどう思うか。そこが心配だったのだが、ベネディクトを見るとそんな考えは吹き飛んだ。
――相変わらず、格好良いのね。
随分と見慣れてしまった顔だが、やはり格好良いものは格好良かった。体は弱いくせにやたらと姿勢は良いから、細身のタキシード姿が完全にきまっている。透き通る青い瞳に、軽く動きを出したプラチナブロンドの髪。文句なしの美貌は、王宮の広間に飾ってある絵画からそのまま出てきたような、そんな雰囲気を感じさせる。どこかの国の王子様か、王国の盾となる騎士様か。
彼は私の姿を上から下まで見て、青い瞳をかすかに瞠った。
「驚いたな。これだけ似合わない格好も珍しい」
――口を開けば、ただのベネディクトでしかないが。
何かを投げつけてやりたいと思ったが、傍にある鏡台の上には香水が入った小瓶しかない。さすがにそれを投げつけたら大惨事になるという分別を持っている自分に腹が立った。私はこぶしを握って言う。
「服の文句を言うなら、ここの家の人に言いなさいよ。顔の文句だったら、私の母親に言ってくれるかしら」
明らかに怒気の混じった私の言葉に、ベネディクトは少し首を傾げた。何が疑問なのかは知らないが、なぜ怒っているのかが分からないのだとしたら、もう匙を投げるしかない。
「それなら、服の文句を言おう」
ベネディクトはそう言うと、部屋の外に控えていた使用人に本当に文句を言い始めた。この形のドレスはソフィアに似合わないとかこの色は髪の色に合わないだとか散々文句を並べ立て、他のドレスをありったけ集めて仕立て屋を連れてくるようにと命じた。自分の屋敷でもないのに、良くもそんなに勝手に振舞えるものである。
ベネディクトは手早くドレスや装飾品を選ぶと、仕立て屋に私のサイズに合わせさせる。黒や銀色の刺繍やビーズで装飾された、きらきらとしたライトグレーのドレス。ドレスの襟首と袖が無い代わりに、銀のネックレスと二の腕に銀の腕輪を付けられる。着せられているときは、先ほどの衣装よりもずっと派手になったのではないかと思ったが、ドレスの色合いが落ち着いているせいか、意外とすっきりとまとまっている。
先ほどの格好がそんなにひどいとは思わなかったが、悔しいことに、確かにベネディクトの見立ての方が良いと思える。自分でも見違えると思うくらいになったが、彼にはまだ何かお気に召さない点があるらしい。目を細めて私の格好を見ると、まだ不服そうに首を傾げた。私は時計を見上げて言う。
「もうパーティが始まっちゃってるわよ」
「そんなことよりも、髪型が気に食わないことの方が問題だ」
「本末転倒だと思うけど……」
そもそも私は、パーティに出るために着飾らされているのである。
しかし、私の言葉は彼の耳には届かないらしい。それどころか公爵の使いが呼びに来ても部屋を出ようとはしない。一人だった使いが二人になり、三人になり、最終的には五人もの人間が早くしてくださいと懇願している中で、ベネディクトは悠長に私の髪に櫛を入れた。
「急いだ方が良いんじゃないの?」
「どうせ、公爵の狙いは私を見せびらかすことだけだ。多少、遅れても問題ない」
「知り合いなの?」
「いいや。顔を見たことも名前を聞いたことも無い」
もはや言い返す気力もそがれて、私は鏡に映った自分とベネディクトを見る。ベネディクトは髪を左右に一房ずつ残して、残りを丁寧に結い上げていた。器用な指先。本当に何でも出来る人である。時折首筋に触れる指先が、まるでこわれものを扱うかのように慎重で、柔らかい。
「こんなものか」
彼はそう言うと、身振りだけで私を立たせた。
私をくるりと一周回らせてから、出来を確かめるように頷き、もう一周、二周と回らされた。ついでに、あと一周。さすがに目が回ってくる。……遊ばれてるのだろうか、わたし。ただ、何にせよ、彼は満足したらしい。私の髪先を指に絡ませて、そこにそっと唇を落とす。
「明日からは毎日、正装させることにしよう」
「は?」
毎日、こんなに手の込んだ衣装やら化粧やらをされてはたまらない。今日も、はじめに化粧を始めてから実に二時間以上が経過しているのだ。そうは思ったが、いつになく上機嫌な彼を見ていると、水を差す気にはなれなかった。少し嬉しくなり、ついつい聞いた。
「似合う?」
「もちろん。完璧に似合ってる」
真顔で頷いた彼に、私も笑顔を向ける。
「そろそろ、行くか」
彼はそう言うと、私の手を取り。
――私の手首に鎖をはめた。
思わずぽかんとしてしまった私の目の前で、ベネディクトは鎖の先を近くの柱に結ぶ。そしてそのまま、一人で部屋を出て行こうとした彼に、私は慌てて声をかけた。つながれてしまった鎖を引っ張りながら言う。
「ちょっとちょっと、どういうつもり? なにこれ」
「一緒にパーティに出席させようと思ったが、気が変わった」
「……どうして?」
「せっかく綺麗に着飾らせたんだ。人目に晒すのはもったいないだろう」
普通は逆ではないだろうか。別にパーティに出たかったわけではないが、ここまで着飾ったんだからせっかく、という気分はある。というか、パーティに出るわけじゃないなら、そもそも着飾る必要は無かったのだ。
釈然としない表情をしている私に歩み寄ると、彼は軽く私の頬にキスをした。
「すぐに戻る。くれぐれも、他の人間に見られないように注意してくれ」
「……そんなもの、鎖に繋がれたままどう注意しろっていうのよ」
「あぁ、それから、ここから一歩も動かない方が良い。せっかくのドレスと髪型が崩れてしまうからな。じっとしていろ」
はたしてこれは、独占欲だとか愛情だとかと呼べる代物なのだろうか?
本当に背を向けていってしまった彼を見送って、私は長い長いため息を吐き出した。
『それで?』(完)




