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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
後日談(ジャーナリズム)
67/88

「それで?」(1/2)


「それで?」


 ベネディクトのその言葉は、これで七回目、いや八回目だろうか。

 さすがに話をしている男の顔も強張っていた。何を言っても「それで」の一言で返されるこの状況では、そろそろ話を続けるのもつらくなってくるだろう。私だったらとっくに引き下がっていると思うが、男はそれくらいでは引けない立場にいるらしい。


「ですから、今夜のパーティには是非ともべラスコさまに出席いただきたい、と公爵様が仰っておられるのです」


 公爵というのがどれくらい偉い人間なのか、私には判別がつかない。ベネディクトにも、きっと理解出来ていないのだろう。こうしゃくという単語をやたらと強調する男に欠片の興味も向けず、彼は、あいも変わらず「それで?」と言った。私はさすがにため息をついたが、男はなおも根気強く続ける。


「屋敷も、馬車を使えば一時間とかからない場所にありますし、べラスコさまもご同行者さまも長旅でお疲れのご様子。たまには息抜きも必要でございましょう。存分にお楽しみいただいた後は屋敷でお休みいただくように、と公爵様もご配慮くださっております」

「それで?」


 ベネディクトはそう繰り返したが、実のところ全く聞く体勢ではなかった。

 触るだけでも汚してしまいそうな真っ白なスラックスをはいて地面に座り込んでいる彼の興味と視線は、もっか地面に列をなすアリの上にある。本人いわく、生物行動学の検証。だが、蟻の行列を遮るように石ころを置いたり、行列の一部をごっそり別の場所に移動したりしている姿は、まるで子供の遊びだった。

 いったい公爵という人間は、なんでまたこんな男を家に呼びたいのだろう。


「もちろん、お部屋は特別室をご用意させていただいておりますし、最高のおもてなしをお約束いたします。公爵様も、是非にと仰っているのです。――いったい、何がお気に召さないのでしょうか」


 最後は懇願の口調である。執事だと名乗った男は、公爵様にベネディクトを連れてくるようにと厳命されているのだろうし、それが果たせなければ公爵の顔に泥を塗ることになるのだろう。私は少しだけ彼に同情したが、ベネディクトは全く聞いてはいなかった。男の話を完全に無視して言う。


「どんなに列を乱しても、すぐに一列に戻ろうとする。蟻というのは実に面白い生き物だな、メーヴィス」

「あなたほど面白い生き物も、なかなかいないと思うけど」


 私がそう言うと、ベネディクトは初めて顔を上げた。土を触った手で顔を触ったのだろうか。白い頬に黒いあとが残っていた。まるで子供である。


「確かに人間というのは知能という点で他の生物と大きく異なるが、魔女ほど特異な生物ではないと思うがな。人間の知能というのは、体のつくりの脆さを補うために発達したものだ。人間よりもずっと環境に適合できる丈夫な体を持った魔女が、人間並みの知能を持っているところは実に興味深い」


 そういうことを言ってるわけじゃない。

 私は嘆息してから、頬を示した。泥がついているわよと言うと、ベネディクトはシャツの袖で頬を拭う。汚れた袖口を見て、彼は思いきり顔を顰めた。こう見えて、彼は外見に気を使うのだ。もう一度、顔を上げた彼に、私は首を横に振ってみせた。


「顔もまだ取れてないわよ。顔も服も、どこかで洗った方が良いんじゃない?」


 私の言葉をしばらく吟味しているようだったが、やがてベネディクトは顔を執事に向けた。そして、当然のようにのたまう。


「風呂に入りたい」

「す、すぐにご案内いたします」


 男はぱあっと顔を輝かせて、ベネディクトの言葉に頷いた。世話の焼けるやつ。


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